第7話 シトラシティのカード屋さん
森を抜け、しばらく草原の光景を眺めつつ、歩き続けた俺たちを街が迎えてくれた。
「やっと着いた! ここが街だよ!」
「へぇー、……すごいな」
ゆっくりと流れながら、少しづつ風景が変わっていく。
明らかにアスファルトやらセメントやらを流して作ったであろう道路。
高層、とまではいかないが、あちらこちらに建てられたコンクリート造りの家々。
さらには、街中の所々に街灯が立っており、電気が通っていることがわかる。
(いや、めちゃくちゃ近代的だな!?)
ここは日本とは別の世界、つまりは異世界だ。
そこから、街はヨーロッパとかにあるようなレンガだらけの風景だろうと予想していた俺は、かなり驚いた。
しかし、車などを見かけないところを見ると、そこまで科学技術が発達しているわけではなさそうだ。
と、街並みを見ながら歩いていた俺は、ふと足を止めた。
「ん? ……『シトラシティ』?」
俺が見つけたのは看板だ。
『ようこそシトラシティへ』と書いてあるようだ。
あまり見覚えのない文字だが、そこに書いてある内容が何となく頭に入ってくる。
どうやら本当に、不思議な世界へと俺は来てしまったらしい。
そんなことを考えていたら、一緒に立ち止まっていたアルスが不思議そうな表情で俺に尋ねてきた。
「どうしたの?」
「なあ、アルス。この街の名前ってシトラシティなのか?」
「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」
「いや何でもない。途中で止まってすまん」
「ううん、大丈夫だよ」
俺に合わせてくれるとか、本当に優しいなこいつは。
とりあえず、もう一度謝った俺は、街を散策しながらどこかいい場所はないか、とアルスに聞いてみる。
すると、アルスは待ってました、とばかりに嬉しそうな表情で教えてくれた。
「この街にはね、カードショップがあるんだよ!」
「はっ? カードショップ?」
「うん! 『キング オブ マスターズ』のカードがいっぱいあるんだよ! 僕のデッキもカードショップで買ってもらったんだ!」
マジかよ。
この世界ではそんなレベルで『キング オブ マスターズ』が浸透してるとは思ってなかった。
「じゃあ、これからそこに行くか。案内は任せた」
「うん! 僕に任せてよ!」
アルスが大きく頭を振って答えてくれる。
本当に笑顔が似合うヤツだ。
少しばかり、期待に胸を膨らませた俺は、思った。
いったい、そのカードショップではどんなカードが売られているのか、と。
☆☆☆
結論から言うと。
カードショップを見つけるまでに、そこまで時間は掛からなかった。
「着いたー!」
「おおっ、中々良さそうな店じゃん」
俺たちが着いたカードショップは、実にカードショップらしい外見をしていた。
こう、言葉で説明するのは難しいが、一目見たら「あ、カードショップだ」と思うくらいにはカードショップだった。
(『カードオフ』シトラシティ支店、か。覚えておこう)
名前が色々な意味で覚えやすくて助かる。
アルスの後に続き、自動ドアを潜り抜けた俺は、すぐさまその内装に目を向けた。
「おーおー、色々売ってるし色々やってるな」
「すごいね!」
「だな」
店内では、俺たちと同年代っぽいヤツや俺よりも小さな子供たちが、所々に置かれたテーブルを使って遊んでいた。
他にも、右側の壁にはカードが一枚一枚置かれたショーケースもある。
(なるほど。価格の高いカードはショーケースに置いてバラ売り、と。そこら辺は変わらないんだな)
あまりの親近感に、ここが異世界であるということを忘れそうだ。
なんてことを考えていた俺は、ふと奥の方に目を向けた。
そこにはカウンターがあり、人の良さそうな若い男の店員がカウンター越しに幾人の子供たちと楽しそうに談笑しているところだった。
(すごいな。めちゃくちゃ雰囲気が良い)
あちこちから「うわー」だの、「やったー」だのと楽しそうな声が聞こえてくる。
「くそがっ」だの「はい雑魚ー!」だのという言葉はどこにいったのだろう。
そんな俺の荒んだ心を知ってか知らずか。
こちらに気付いた店員が子供たちとの会話を切り上げると、俺たちの方に顔を向け、ニッコリと笑い掛けてきた。
「いらっしゃい。ここに来たのは初めてかな?」
(えっ!?)
鋭い。
思わず動揺した心を抑えつけ、「初めまして」と切り出した俺は、今さっきこの街に来たばかりであることを告げた。
ちなみに、アルスはカードショップに入るや否や、ショーケースの方に直行した。
分かりやすくて結構なことだ。
相変わらずの素直さである。
「来たばかり、か。大変だったね」
「まあ、そうですね。……ん?」
ふと俺の視界に壁の張り紙が映った。
それが気になり、言葉が止まる。
そのことに気付いたのか、張り紙を一目見た店員は苦笑した。
「あぁ、これかい? これはうちの店での約束さ」
「これが、ですか?」
「そうだね」
左の壁にあった張り紙。
そこには、『店員とのバトルは一日三回まで!』と書かれている。
一体どういう意味だろうか。
疑問に思った俺は、店員に恐る恐る尋ねてみた。
「あの、これってどういうことですか?」
「あー、大したことじゃないよ。ほら、お金がない子とかはさ、パックを貰うためにバトルをしてくるんだ」
初耳だ。
もしかしたら、パックを賭けてバトルできるのだろうか。
「バトル、ですか?」
「そう。何かを賭けて『キング オブ マスターズ』でバトルするっていうのは当たり前のことだからね」
「なるほど……」
これは良いことを聞いたかもしれない。
俺は財布を持っているが、この世界で日本円が使えるとは到底思えない。
……あれ?
(あっ……そうか、今の俺って一文無しなのか。……そうだったな)
まさかの事実に気付き、衝撃が走る。
そんなガックリと肩を落とした俺の姿に何か思うことがあったらしい。
店員が優しい声色で話しかけてきた。
「どうする? バトルするかい?」
「あー。……いいんですか?」
「そうだね、簡単バトルの方だけど」
「イ、簡単バトル?」
何だそれ。
聞いたことのない言葉に首を傾げると、店員は少し驚いた表情を浮かべた。
「あれ、知らないの?」
「え、えぇ、すいません。自分の地元では聞いたことがなくて……」
「そっか」
本当に、この店員は良い人のようだ。
店員は困り顔になりながらも、この世界での『バトル』について教えてくれた。
「えっとね、ユニットが出たりするような派手なバトルのことは知ってるだろう?」
「そうですね。それが当たり前じゃないんですか?」
「うん、まあ、確かに当たり前なんだけどさ。その派手なバトルのことは『立体バトル』っていうんだ」
「立体バトル……」
確かに派手だったけど。
あのバトルの仕方にそんな名前があったのか。
俺は驚いた。
「じゃあ『簡単バトル』は?」
「簡単バトルはね、派手じゃないバトルのことだよ」
ほうほう。
つまり、どういうことだろう。
とか思っていると、店員が次いで教えてくれた。
「違う言い方をするなら純粋にカードで遊ぶことを簡単バトルって言うんだね」
「あー、なるほど。そういうことか!」
要するに、『簡単バトル』は普通のカードゲームのことを言うらしい。
ユニットの登場やスペルを発動した時みたいな演出はない、とのことだった。
なんだ、そういうことか。
ようやく簡単バトルのことを理解できた俺は、
「わかりました。じゃあ、早速で悪いんですけどバトルしてもらってもいいですか?」
「いいよ。でもここじゃちょっと狭いから少し場所を変えようか」
「お願いします」
未だにショーケースに視線を張り付いているアルスを余所に。
近場のテーブルに移った俺と店員は互いにデッキを取り出した。
(狙うはパックじゃない……箱だ!)
そんな野心を胸に秘め。
先行になった俺は、バトルを始めたのだった。
2022/7/30 色々と修正しました。
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