第46話 黒春、美少女とお食事するってよ
(とんだ災難だったな、あいつ)
「ちくしょう、覚えてろよ」なんて逃げ文句は久しぶりに聞いたよ。
バトルに負け、男泣きしたチャラ男が街角の向こうへと走り去っていく。
今回はナンパする相手が悪かったな。
とか思いつつ。
その後ろ姿をポケーッと見ていたら、いつの間にか美少女が俺のところに来ていた。
「お待たせ。待った?」
「あー、うん。今来たとこ……なわけあるか!」
さっきからずっといたやんけ。
何言わせんだよ。
軽くノリツッコミみたいになった俺も大概だよ。
「それにしても」
「ん?」
「お前……強かったんだな」
「まあね」
俺の質問に答えながら美少女がポンッとお菓子の袋を開ける。
袋には『野菜チップス ベーコン味』の文字。
おいおい。
そのお菓子は一体どこから出したんだ。
というか何だよそのヘルシーさの欠片もないお菓子は。
ツッコミどころが多すぎる。
「さて、遅くなっちゃったけどそろそろ行こうか」
「えっ? 行くってどこに?」
街中に設置されている小型モニターをチラッと見る。
小さい画面の端っこには『15:12』と四つの数字が並んでいる。
時間的にはもうオヤツの時間だが。
「忘れたのかな? 食事をしようって話だったと思うんだけど」
「えっ?」
食事?
あー。
そういえば、そんな話をしたような、してないような。
なんて一人で悶々と考えていた――その時だった。
「あっ」
「おっ」
グウッ、と大きな腹の音が一つ。
うわぁ。
思ったよりすっごい音が出たわ。
メチャクチャ恥ずかしい。
「ふふっ、体の方はちゃんと覚えていたみたいだね」
「うぅ……」
だ、誰か、俺を殺してくれぇ。
いや、そうだ。
穴だ。
どこかに手頃な穴はないだろうか。
穴があったら入りたい。
「とりあえず、行こうか」
「……お店はどうするんだよ」
残念だけど俺はお店とかは全然詳しくない。
知ってるのはいつも行ってる『カードオフ』くらいなんだが。
そこら辺は大丈夫なのだろうか。
「あぁ、お店のことなら心配いらないかな」
「本当かぁ?」
そこはかとなく不安なんだけど。
本当に大丈夫だろうか。
とか思ってたら美少女が鮮やかにウィンクしてきた。
「最近、この近くに新しいお店ができたらしくてね」
「……えっ?」
その文句、どっかで聞いた覚えがあるんですけど。
ま、まさか。
「お店の名前――『サイゼ・リストランテ』っていうんだけど」
それ、さっきチャラ男が美少女に教えてた店じゃねえか!
(マジか……。えぇ……)
この世界に来て。
というか、今までこうして生きて。
この時に、俺は初めて思った。
(女って、怖え……)
「さあ、行こうか」と長い金髪を揺らして美少女の背中が向ける。
その後ろを、俺は子犬のように小さく震えながら追いかけた。
追いかけることしか、できなかった。
☆☆☆
「どじゃーん。到着、かな」
「ここか……」
美少女の案内を元に。
到着した店は、随分とオシャレな店だった。
明るい色の外装で。
中には人、人、人。
「いや、人多いな!?」
「だね。流石にこれは予想外だったかな」
お昼はとっくに過ぎているというのに店は満席じゃないか、と思えるくらいに人が多い。
しかも、だ。
(もしかして、これ……ほとんど、カップルじゃ)
よくよく見れば、客のほとんどが男女で仲睦まじく食事をしている。
中には親子の人とかいるかもしれないからはっきりとは断言できない。
でも、俺の中では男女で楽しそうにしてたらカップル認定です。
例外はありません。
爆発しろ。
「まあ、多いのはしょうがないね」
「あ、あぁ……」
あれ。
そういえば、俺も美少女の二人きりじゃ。
「いらっしゃいませー。お客様は二名様でしょうか?」
「えぇ。窓際の席は空いてますか?」
「窓際ですか? すいません。少々お待ちください」
「恐れ入ります」
(ほへぇ……)
棒立ちする俺の横で店員と美少女のやり取りが勝手に進んでいく。
さっきのチャラ男とのやり取りでも思ったけどさ。
こいつ、本当にすごいな。
なんでこんなにポンポンと話を進められるんだか。
そのコミュ力、少しくらい俺にも分けてもらえないだろうか。
「お待たせしました。窓際の席にご案内します」
「ありがとうございます。……じゃ、パパッと行こうか」
「お、おう……」
店員さんが慣れた足取りで人の多い店内を歩いて行く。
その後ろを美少女は堂々と。
俺はいそいそと付いて歩く。
「こちらです」
「どうも」
「あ、ありがとうございます」
窓際に空いた一つの小さなテーブル。
そこに案内された俺たちはそれぞれ店員さんにお礼を言ってから席に着いた。
「ようやっと落ち着けたね」
「ああ、うん。そうだな……」
席に座るや否や。
ふう、と美少女が溜め息を吐く。
そんなアンニュイな姿の中で、適当に相槌を打っていた俺はふとあることに気付いた。
「あれ。そういえばお菓子は?」
「ん? お菓子?」
足を組み、リラックスする美少女。
だが、その姿のどこを見てもさっきまで持っていたはずのお菓子がない。
(まさか、もう全部食べたのか……?)
確かにさっき見た野菜チップスの量はそんなに多くなかった。
でもさ。
あれを歩きながら十数分のうちに全部食べる、ってマジ?
そう思って聞いてみたんだけど、
「あー、お菓子ね。こっちにあるよ」
「えっ」
ほら、と腰のポーチから取り出したのはさっきまで持っていた野菜チップスの袋。
しかし、肝心の袋は厚みがないぺったんこ。
その上、これまた綺麗に折り畳まれている。
つまりは、うん。
そういうことらしい。
「もう全部食べたのか!?」
「ふふん」
ドヤ顔やめろ。
「まあまあ。そんなことより早く注文しようか」
「そ、そうだな」
適当な雑談もほどほどに。
渡されたメニュー表に目を通す。
(……やばい、どれが良いとか全然わからん)
未だに理由は不明だが、この世界の文字は相変わらず理解できる。
読めるわけじゃないんだけど理解できるってのが何とも言えない感じだ。
「そっちはもうメニュー決めたのか?」
「うん。私はもう決めたよ」
「早いな」
「あとは君だけかな」
さいですか。
いや、どれも美味しそうだから悩むんだよな、これ。
がっつりとハンバーグも食べたいし、ソースたっぷりのスパゲティとかも普通に食べたい。
「どうしよう。メチャクチャ悩む」
「別に選ぶのはゆっくりでも良いかな。お金なら気にしなくていいからさ」
「えぇ……」
なんでそんなに太っ腹……じゃなくて男前なの。
そう言ってくれるのは嬉しいけど、残念だったな。
俺は父さんから「奢ってもらう時は五百円単位で安くなるように考えろ」と言われているのだ。
だから俺は奢ってもらう時は安いモノを選ぶんだぜ。
「じゃあ、この『アーリオスパゲティ』で」
「はいはい」
色々じっくりと考えて、ようやく食べたいモノが決まった。
俺が選んだのは一番安かった『アーリオスパゲティ』で。
価格は大盛にして丁度五百ルーツ。
なんでも焦がしニンニクとオリーブオイルを使った素朴な味がウリなのだとか。
うん、シンプル・イズ・ザ・ベストが好きな俺にピッタリの一品だ。
「店員呼ぶぞ?」
「良いよ」
お許しが出たので、テーブルに備え付けてあったボタンをポチッとな。
すると、しばらくして俺たちのテーブルにさっきの店員さんが来てくれた。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
「『フライの盛り合わせハンバーグ』のライスセット一つと『スペシャルスパゲティ』を一つ。あと、『ホットチキン』一つと『クリームピザ』を一つ。以上で」
(……んん?)
「はい、かしこまりました。『フライの盛り合わせハンバーグ』につきましては少々お時間を頂きますがよろしいでしょうか?」
「えぇ、大丈夫です。お願いします」
「かしこまりました。では失礼いたします」
あれ、なんか俺の知らないメニューが注文されてない?
注文を受けた店員が恭しく頭を下げて立ち去る。
その姿を見てから、俺はこっそりと美少女に話しかけた。
「ちょいちょい」
「何かな?」
「今なんか変なスパゲティ注文しなかったか? 何を注文したんだ?」
「『スペシャルスパゲティ』。この店で一番高いスパゲティだって」
「おぉい!?」
何してんだお前ぇ!
急いでメニューを開いて値段を確かめる。
美少女が注文したのは、っと。
「うっわ……えぇ……」
思わず声が出てしまった。
一皿千二百ルーツってマジ?
この店のメニューの中でトップクラスに高いヤツだったんやが。
ホワイトソースがたっぷりで、お肉やら野菜やらがいっぱい乗っかっている。
量も多い。
普通に美味しそうだけど、これ、あとで何かされたりしないよな?
もうそろそろ俺、内臓とか売らなきゃダメだったりしないよな?
大丈夫だよな?
「ほ、本当に良いのか?」
「せっかくだしね。美味しく食べようじゃないか」
び、美少女の顔が、天使の顔のように見える。
「お、恩に着ます……」
「それはちょっと大げさかな」
声を震わせる俺に、美少女が困ったように苦笑する。
何気に困り顔は初めて見たかもしれない。
そんなこんなで。
俺たちが注文したメニューはしばらくしてすぐにやって来たのだった。
☆☆☆
「美味しかった……」
「お粗末さまでした、っと」
あれから、ゆったりとした時間を過ごした俺たちは店から出ていた。
え、なに。
『スペシャルスパゲティ』はどうだったかって?
普通に美味しかったです。
はい。
「奢ってくれてありがとな。正直助かったよ」
「どういたしまして。でも、私も今日は楽しかったからおあいこかな」
「さいですか」
俺は色々と振り回され過ぎて未だに意識がどこかフワフワしたままだけどな。
……まあ、でも、美少女と一緒にいれて楽しかったのも事実だ。
そこそこの気分転換にはなったと思う。
「じゃあ、今日はこの辺でお開きにしようか」
「おっ、もう帰るんだ」
「あれれ、君はもうちょっと一緒にいたかったのかな?」
「違ぇよ!」
帰ろうとしてる女の子を引き止めるような度胸、俺にはないです。
「ふふっ。本当に面白いね、君は」
「っ!」
サラサラと、金色の髪が小さく揺れて。
優しく微笑む美少女の顔が向けられる。
あまりそういうことに慣れてない俺は自分でも顔が熱く、赤くなったのがわかった。
「あっ、顔が真っ赤になった」
「あ、暑いだけだから」
「そういうことにしておこうか」
もうヤダです……うぅ……。
美少女ってだけで俺には何でも効くんだよ、ちくしょう。
「まあいいかな。今日は本当に楽しかったよ。ありがとね、クロハル」
「お、おう、気をつけて帰れよ。じゃあな」
「そっちもね。じゃ」
互いに軽く手を振って、何事もなく離れていく。
疲れたり、嬉しかったり。
その時は俺の心にたくさんの感情が複雑に入り混じっていた。
有体に言ってしまえば、有頂天、ってヤツだったんだと思う。
だからだろうか。
――その時、美少女が名乗ってもいない俺の名前を呼んだことに、俺は気付くことができなかった。
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