第45話 真髄にして真骨頂
「私は3マナを使い、手札からスペル――『封印シール』を発動」
「『封印シール』……?」
「そ、それはっ!」
「っ!?」
美少女が発動させたスペルに。
思わず声を上げ、チャラ男がそれに反応する。
だが、美少女は微笑みながらも淡々と。
妖しく、艶やかな声で言葉を続けた。
「『封印シール』の効果。ライフ4以下の相手ユニット1体を選び――『裏向き』にする」
「う、裏向き!?」
チャラ男が声を裏返して狼狽するが、もう遅い。
美少女の手からフィールドへ。
スペルゾーンに置かれ、三つのマナを受けたそのカードは強い光を放ったかと思うと、
「私が選ぶのは――『火炎少女エリナ』かな」
「ま、まっ……!」
カードから現れたのは大量の細長いテープ。
それを見たチャラ男が待ってくれ、と叫ぶよりも早く。
空を覆うかのように解き放たれた黄色のテープが『火炎少女エリナ』へと襲い掛かった。
「か、『火炎少女エリナ』!」
チャラ男が悲痛な声を上げる。
しかし、美少女の発動したスペルは、まるでその様をあざ笑うかのように。
手を。
足を。
首を。
顔を。
胴体を。
隙間という隙間がなくなるほどに、『火炎少女エリナ』へ次々と絡み付いていった。
(うっわぁ、この絵面は結構ひどいな……)
やがて。
テープの上にテープが絡み付き、『火炎少女エリナ』の面影は微塵も残らずに消え去る。
そこに残ったのは、寂しく裏向きにされた一枚のカードだけだった。
美少女
マナ5→2
手札5→4
「『裏向きになったカードはただのカードとして扱う』――まずは一丁あがりかな」
「そ、そんな……」
美少女の言う通り。
『裏向き』になったカードは、もうユニットでもスペルでもなく、ただのカードとして扱われる。
かつて『火炎少女エリナ』が立っていた場所に残された裏向きのカードが一枚。
あまりにも凄惨な光景を見せられたチャラ男は、そのカードを見つめたまま呆然とするばかり。
だが、それを見た美少女は、
「私は2マナを使い、手札からスペル『セイバー・スラッシュ』を発動」
「っ!」
冷酷にも、バトルの続行を選択した。
「『セイバー・スラッシュ』の効果。ライフ5以下の相手ユニット1体を選んで破壊。その後、自分のライフを3回復。私が選ぶのは――『炎の闘士レイガイス』」
「や、やめ……」
きっと。
やめてくれ、と言いたかったのだろう。
けれども、美少女の放った光の一閃は容赦なく『炎の闘士レイガイス』を斜めに引き裂いた。
美少女
マナ2→0
手札4→3
ライフ11→14
「れ、レイガイス!」
「これで。私はターンエンド」
――さあ、どうぞ
マナを使い果たし、自身のターンを終わらせた美少女が、艶やかに微笑みつつ静かに細い手を差し伸ばす。
それと同時に。
美少女のデッキから光が消え、チャラ男のデッキが光る。
チャラ男のターン――先行の六ターン目が始まった。
「お、俺のターン! ドロー!」
チャラ男
マナ0→6
手札4→5
「くっ……お、俺は6マナを使って、手札から『紅蓮の戦士ガイシア』をしょ、召喚する!」
マナ6→0
手札5→4
『紅蓮の戦士ガイシア』
コスト6/火属性/アタック4/ライフ3
【効果】
『速攻』
①このユニットがバトルゾーンに出た時、自分の手札を1枚捨てて発動できる。カードを2枚ドローする。
「俺は召喚した『紅蓮の戦士ガイシア』の効果を発動! 手札を1枚捨てて」
手札4→3
「デ、デッキからカードを2枚ドローする!」
手札3→5
「いいね。私も引きたいかな」
「ア、アタックフェイズ! 俺は『紅蓮の戦士ガイシア』で相手のライフに攻撃する!」
「どうぞどうぞ」
『紅蓮の戦士ガイシア』
アタック4
美少女
ライフ14→10
「……これで、ターンエンドだ」
(…………)
どうやら、チャラ男はさっきのターンでかなりメンタルをやられてしまったらしい。
よくよく見てみるとその手が小刻みに揺れているのがわかる。
おまけにところどころで声が震えているのも聞こえる。
(……この感じだと勝負はあったな)
今の状況だけを見るとチャラ男が有利に見える。
だが、バトルの相手は『あの』光属性だ。
誤解されないように言っておくと、チャラ男のプレイングは悪くない。
むしろ、引きの良さも含めて中々上手い方だ。
けど、こればっかりは相手が悪い。
俺は静かにチャラ男に向かって合掌した。
「私のターン。ドロー」
美少女
マナ0→6
手札3→4
「私は6マナを使い、手札から『守の枢機卿エルトリオン』を召喚!」
マナ6→0
手札4→3
『守の枢機卿エルトリオン』
コスト6/光属性/アタック3/ライフ5
【効果】
『ガード』
①このユニットがバトルゾーンに出た時に発動できる。相手ユニット1体を選んで裏向きにする。
②このユニットがバトルゾーンにいるかぎり、自分のライフに受けるダメージを-2する。
「うわ……」
光るカードから現れる一人の男性。
真っ白な祭服に身を包んだその姿を見て、俺は思わず声をもらした。
あいつ、決めに来たな。
「召喚した『守の枢機卿エルトリオン』の効果を発動。相手のユニットを1体選んで『裏向き』にする」
「なんだって!?」
『守の枢機卿エルトリオン』の効果に目を剥くチャラ男。
だが、そんなことをしても相手は止まってくれない。
指示を受けた『守の枢機卿エルトリオン』は懐に抱えていた一冊の分厚い本を開く。
それから、ゆっくりと伸ばした右手の人差し指でピシリ、と『紅蓮の戦士ガイシア』を指差した。
「さあ、君の『紅蓮の戦士ガイシア』も『裏向き』になってもらおうか」
「やっ、やめてくれ!」
チャラ男が声を裏返して叫ぶ。
しかし、現実は非常だった。
『守の枢機卿エルトリオン』の指から放たれた一筋の光。
それに直撃した『紅蓮の戦士ガイシア』は、その光に自分の顔を覆いながらゆっくりと姿を消していった。
「が、ガイシア……!」
「これで私はターンエンドかな」
「くっ、俺のターン……ドロー!」
チャラ男
マナ0→7
手札5→6
「俺は……4マナを使って、手札から『瞬撃のバルサ』を召喚!」
マナ7→3
手札6→5
『瞬撃のバルサ』
アタック2/ライフ2
『速攻』
「さらに、3マナを使って手札からスペル『炎の鉄拳』を発動!」
マナ3→0
手札5→4
「『炎の鉄拳』の効果でアタック5以下の相手ユニット1体を破壊できる! 俺が破壊するのは『守の枢機卿エルトリオン』だ!」
「あらら」
(ふむ)
チャラ男が発動したスペルから放たれた炎の一撃。
拳の形をした炎に打ち抜かれた『守の枢機卿エルトリオン』が光となって呆気なく散っていく。
メンタルはやられてもバトルは続ける。
そんなチャラ男を見て、俺は少しだけチャラ男のことを見直した。
(意外とやるな。あいつ)
普通のカードゲーマーだったらそうはいかない。
あいつらは「あ、これダメだ」ってなったらすぐに降参するからな。
負けがわかっててもとりあえずバトルを続けるスタイルは俺的には中々に好感度が高い。
何故なら俺もバトルは最後まで続けるタイプだからだ。
まあ、先が見えてる、なんて言われたらそれはそうなんだけどね。
「アタックフェイズ! 俺は『瞬撃のバルサ』で相手のライフに攻撃!」
「いいね」
『瞬撃のバルサ』
アタック2
美少女
ライフ10→8
「これで……ターン、エンドだ!」
「じゃあ、私のターン。ドロー」
美少女
マナ0→7
手札3→4
「ふむ……」
顎にそっと指を添えて、パキパキとお菓子を鳴らしながら美少女が考え込む。
だが、その逡巡は一瞬だけだった。
「まあ、これかな。私は4マナを使い、手札からスペル『光の結集』を発動」
マナ7→3
手札4→3
「光の……結集……」
「『光の結集』の効果で私はドロップゾーンから光属性のカードを2枚まで選んで手札に加える」
「なっ……ま、まさか!」
そのまさかです。
「私が手札に加えるのは『守の枢機卿エルトリオン』と『封印シール』」
手札3→5
「そして、3マナを使い、今回収した『封印シール』を発動」
マナ3→0
手札5→3
「そ、それは……」
「効果はわかってるよね? さ、『瞬撃のバルサ』も封印しようか」
「うっ……!」
これはひどい。
黄色のテープでグルグル巻きにされる赤フードの青年。
合掌しといてアレなんだけどさ。
うん。
ここまでされたら流石に同情するわ。
「これで私はターンエンド」
「お、俺のターン! ドロー!」
チャラ男
マナ0→8
手札4→5
ついに先行の八ターン目まで来た。
マナも十分にあり、手札も十分。
ここまで来れば大体のことはできるんだけど、
「くっ……どうすれば……!」
チャラ男が自分のバトルゾーンを見つめながら歯を食いしばる。
(それはそうなるよなぁ……)
チャラ男のバトルゾーンには裏向きのカードが三枚。
そして、バトルゾーンに出せるユニットの数は五体まで。
要するに、バトルゾーンの半分以上が『封印』によって無力化されたカードで埋まってしまっているのだ。
これではどんなにマナと手札があっても――動けない。
(流石、『支配』属性なんて呼ばれただけはあるな)
『ガード』とライフの回復を併用した鉄壁の如き防御。
『封印』ともう一つの『ある効果』を利用した徹底的な盤面のコントロール。
このことから当時、キンマスプレイヤーの間では光属性にあだ名のようなものが付けられていた。
その名は、
――『支配』属性。
盤面。
バトルの流れ。
相手の動き。
その全てを――『支配』する。
無論、このあだ名は一時的なもので、広く浸透したわけではない。
けれども。
当時の光属性にはそれができるくらいの力があったし、キンマスプレイヤーたちもそのことを恐れていた。
このあだ名はその時のことをよく現した名前だったというわけだ。
それは、このチャラ男とのバトルを見てもよくわかることだろう。
「くそっ……! 俺は6マナを使って、手札から『紅蓮の戦士ガイシア』を召喚!」
チャラ男
マナ8→2
手札5→4
『紅蓮の戦士ガイシア』
アタック4/ライフ3
『速攻』
「そして! 召喚した『紅蓮の戦士ガイシア』の効果を発動! まずは手札を1枚捨てて」
手札4→3
「デッキから2枚ドロー!」
手札3→5
一気に手札を回して、ケリをつけてしまおう。
という感じかな。
「さらに! 俺は2マナを使って手札から『火炎のメーラ』を召喚!」
マナ2→0
手札5→4
『火炎のメーラ』
アタック1/ライフ1
『速攻』
「アタックフェイズ! 俺は『紅蓮の戦士ガイシア』と『火炎のメーラ』で相手のライフに攻撃する!」
『紅蓮の戦士ガイシア』
アタック4
『火炎のメーラ』
アタック1
美少女
ライフ8→3
「へえ、やるじゃない」
「くっ、そ……これでターン、エンドだ」
ここでついに、チャラ男のターンが終わった。
次に始まるのは美少女のターンである後攻の八ターン目。
デッキが光り、その上に指を添えた美少女はカードを一枚。
優しく撫でるようにめくった。
「私のターン。ドロー」
美少女
マナ0→8
手札3→4
「私は6マナを使い、手札から『守の枢機卿エルトリオン』を召喚」
マナ8→2
手札4→3
『守の枢機卿エルトリオン』
アタック3/ライフ5
『ガード』
「そして、『守の枢機卿エルトリオン』の効果を発動。相手の『紅蓮の戦士ガイシア』を封印」
「くっ……」
これで封印されたカードは四枚目。
残ったのは『火炎のメーラ』ただ一人。
「あとは、残った2マナを使い、手札から『使い走りのエルルゥ』を召喚」
マナ2→0
手札3→2
『使い走りのエルルゥ』
アタック1/ライフ2
「召喚した『使い走りのエルルゥ』の効果を発動。この子を破壊し、自分のライフを2回復する」
「ぐぐっ……」
美少女
ライフ3→5
「これでターンエンドかな」
本当に、容赦がない。
大型の『ガード』ユニットとダメ押しのライフ回復。
これは流石に……。
「お、俺のターン……」
声に覇気をなくしたチャラ男が、デッキの上に手を乗せる。
だが、デッキを覆うようなその乗せ方は、カードをドローするためのものではない。
ということは、だ。
「……………………」
長い沈黙を経て、
「降参…………する…………!」
チャラ男は、その顔を俯かせたままボソリと一言。
こうして。
色々なモノが賭けられたバトルは、寂しく決着を迎えたのだった――
強いコントロールはエグイ(震え声
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