第41話 知らない人には要注意
(何でこんなことに……)
帽子を深く被り、小さな溜め息を一つ。
相変わらず、周りからの視線が多い。
でもそれは俺とバトルをしたいから、ではなかった。
「美味しいね、これ」
「お気に召したようで……」
「そうだね。あとでもう少し買っとこうかな」
「さいですか」
間違いない。
人達の目線という目線が集まっているのは――俺の隣を歩いているコイツのせいだ。
白い半袖のシャツに白い半袖のズボン。
そこに重なるはキラキラと輝く金色の髪。
それだけを見れば、夏服姿の清楚な美少女に見えなくもない。
だけど、その口にはやっぱりお菓子。
(本当によく食うな……)
パクパクとお菓子を食べる口は止まる様子がない。
少しばかりではあるけど、一緒にいてわかったことがある。
それは、
「……何食べてんの?」
「バナナチップス。さっき転んだせいでほとんど割れちゃったけどね」
「へ、へぇ……」
そう、何を隠そう。
この美少女――メチャクチャお菓子を食べるのである。
というかさっきからずっとお菓子食べてるんだよ。
本当にずっと食べてる。
一個食べてるのを見て、そろそろ食べ終わるなって思ったらもう違うお菓子を食べてるわけよ。
それどころか服には何故かお菓子のカスが一つも付いていないというオマケ付き。
もう逆にすごいよね。
そんなに食べても太らないのだろうか。
天見黒春は訝しんだ。
「本当にお菓子好きなんだな」
「まあね。この街に来たのも食べ歩きがしたかったからだし」
「えぇ……」
今更だけど自己紹介とかはしてないからこの美少女の名前は全然知らない。
一応美少女ってことにしてはいるけど、流石に声に出して「おい、美少女」なんて呼ぶ勇気はない。
ないったらない。
まあ、確かにさ。
コイツはモデルとかやってそうなくらいに美少女だ。
けども、あんまし騒がれないってことはモデルとかではないらしい。
ちなみに身長は俺と同じぐらいに見えるから多分、百七十センチとかそこら辺だと思う。
とかなんとか考えていると、不意に美少女の足が止まった。
ま、まさか。
「あっ、あのお菓子も美味しそうだね」
「……えっ?」
「ほら、アレだよ。行ってみようか」
「待って」
美少女が指差したのは、お菓子らしきものを売っている出店。
ま、待ってくれ。
お願いだから待ってくれ。
これ以上は、これ以上は俺の財布が死ぬぅ!
「何かな?」
「も、もうお金がなくて……」
「そう? じゃあそろそろ自腹で買おうかな。色々買ってくれてありがとう」
「アッ、ウン……」
美少女の感謝に対して俺の答えは生返事。
絞られるだけ、絞られてしまった。
もう俺の財布も心もすっからかんかんかんだ。
(ああ……財布が軽い……)
ぼったくりバーに引っ掛かった人って、皆こんな気持ちなのかな。
俺の財布には元から大した額は入っていない。
それでも十何種類ものお菓子を買えば、ほとんど貧乏な俺にとっては致命傷だ。
さっきまでならパックを何個も買えるようなお金があったのに。
いつの間にかほとんどなくなってしまった。
試しに財布を開けて中を覗いてみると、
「……150ルーツ……」
残ったのはジュース一本買えば消えるようなお金が少し。
しかも、地味に一パック買える金額でもあるという。
けど、一パックだけか。
悲しい、悲しいなぁ。
(またマネーハント……しなくちゃな……)
意気揚々と歩く美少女の背中を見つめながら。
見えない幻の涙をグッと心に飲み込む。
(気分転換って……何だっけ)
まるで仕事に疲れたサラリーマンのように。
ガックシと肩を落とした俺は、店員と値切り合戦をしている美少女の元へトボトボと歩いて行った。
☆☆☆
それからも、俺はしばらく美少女の食べ歩きに付き添うことになった。
あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
なんてことを何回も繰り返し、ようやく解放された頃にはとっくにお昼が過ぎ越した状態。
お腹は空いていたけど、肉体的な疲労と精神的な疲労プラスアルファで結局ダウン。
少しだけ街の広場で休むことになった。
「ふう。満足満足」
「はぁ……」
「疲れてるみたいだね。大丈夫?」
「逆に聞くけど今の俺が大丈夫そうに見えるか?」
「元気そうでなによりかな」
おい。
なんでお前にはベンチにもたれ掛かるくたびれた姿が元気に見えてんだよ。
おかしいでしょ。
(伝われ伝われ伝われ伝われ伝われ……)
疲れてるぞー。
元から疲れてたけど今はお前のせいだぞー。
と、必死に目で訴え掛ける。
だが、件の美少女はどこ吹く風とばかりにお菓子をパキッと鳴らす。
ちなみに今食べているお菓子は普通のラスク。
うん。
全っ然伝わってないねこれ。
「なあ」
「ん、なにかな?」
「お昼もうとっくに過ぎてるんだけど……腹減ったりはしないのか?」
さっきからずっとお菓子食べてるからお腹減ってるわけがないと思うけど念の為。
俺は腹が減ってますよアピールを続けるためにもう少し言葉を続けようとして、
「そうだね。確かにちょっとお腹空いてきたかな」
「…………えっ?」
「ん?」
ちょっと何を言ってるかわからないですね。
お菓子を今も食べてるのに、お腹が空いたって?
お前は何を言っているんだ。
まるで意味がわからんぞ。
あぁ、もしかしてこれが噂の健啖家とかってヤツか。
納得した。
「君はどこか良いお店とか知ってる?」
「いや、全然。食事はいつも適当に済ませてるから正直店にはあんまし詳しくない」
「そうなんだ」
それじゃあ仕方ないね、とか言いつつ。
美少女が残ったラスクの欠片をポポイと口の中に放り込む。
そして、次に取り出したのはうまい棒みたいなお菓子。
どうやらこのうまい棒みたいなお菓子がコイツの大好物らしい。
……なんでこんなことまで知っているんだ俺。
意味がわからん。
などと思っていたら、今度は美少女の方から話しかけてきた。
「せっかくだから奢ろうか?」
「…………えっ?」
今、俺の耳に幻聴が聞こえた気がする。
またの名を空耳。
め、眩暈もしてきた。
でも、吐き気は流石にない。
これはもしかして、夢?
夢なのか?
奢るって聞こえたぞ。
そんなことを言わなさそうな人の口から奢るって言葉が出てきたぞ。
あまりにも驚いた俺は、目を擦ってからジッと美少女のことを見てみる。
美少女は少しだけムッとした表情を浮かべていた。
「そんな信じられない、みたいな顔しなくてもいいんじゃないかな」
「……一体どういう風の吹き回しで?」
「お菓子の礼代わり」
なるほど、そういうことか。
何故かわからないけど納得した。
お金もないし、腹も減ってるしで正直奢ってくれるのは本当にありがたい。
流石は美少女だ。
と、俺の中でコイツの印象が少しだけ良くなった。
「今行く?」
「そうだな。早めに食った方がそっちも楽だろ?」
「ということは決まりかな」
行こうか、と新しいお菓子を口にした美少女がスッとベンチから立ち上がる。
まだ食ってんのかよ。
これから飯だぞ飯。
なんてつまらない心配事をしながら俺もベンチから立ち上がる。
それからさあ出発だ、と気持ちを新たにした――その時だった。
「おっ、君可愛いね」
「ん?」
(えっ?)
気の抜けた返事をした美少女の顔には、狐につままれたような表情。
そんな美少女に話しかけてきたのは茶色い髪にキラキラのピアスをしたチャラそうな男。
(あれ、これって)
俺知ってるよ。
これ、アレでしょ。
流石に止めてあげた方がいいのかどうか。
少し悩んだ俺は結局、成り行きを見守ることにした。
本当に困ってしまったらその時に「すいませーん」とか言って間に入ればいいだろ。
そう。
俺はそう思って見守ることにしたんだけど、
「もしかして今暇だったりする?」
「どうかな。そっちにはどういう風に見える?」
「うーん、俺には暇そうに見えるなー」
「よく言われるかな。やっぱり皆からはそう見えちゃうみたいなんだよね」
「あちゃー、間違えちゃったかー。じゃあさじゃあさ、お詫びとして食事でも行こうよ。君さ、今お腹減ってるでしょ? 俺、この辺の美味しい店知ってるんだよね」
「それは嬉しいね。ちなみにだけどそのお店ってどういうお店なのかな。知ってるお店だったらちょっとガッカリしちゃうから名前だけでも教えて欲しいんだけど」
「えー! しょうがないなぁ。せっかくだから教えてあげるけど他の人には言っちゃダメだよ? 最近見つけたばかりだからさ」
「へぇ、それは楽しみかな」
(す、すげぇ……)
すごい。
ナンパの現場なんて初めて見た。
とか言いたかったんだけどさ。
なんかさ。
ここで一つ、思ったことを言っても良いだろうか。
言うわ。
(俺、いらなくね?)
チャラ男と美少女の話し声を聞き流しながら棒立ちする俺氏。
いや、おかしいでしょ。
この美少女、普通にナンパ慣れし過ぎてて逆に怖いんですが。
ナンパしてる方もすごいけど、されてる方もすごいってどういうことよ。
「うーん、どうしてもダメ?」
「暇……とはちょっと言いずらいかな」
「少し! 少しだけでいいからさ!」
「じゃあ、バトルで決めようか。勝った方の言う事を聞くってことで。そっちの方が早いだろうし」
「おっ、言ったな? その言葉、忘れるなよ?」
「はいはい」
(……ん?)
あれ、おかしいな。
適当に後ろで聞き流していたら、いつの間にかチャラ男と美少女が二人ともデッキを出してた件について。
(いや、おかし! ……くないんだったなそういえば)
そうだ。
困ったらとりあえずバトル。
トラブルの解決は全部バトルにお任せ。
この世界はそういう世界だ。
(……そこら辺はまだ慣れないな)
話し合いで解決すればいいのに。
一際小さな溜め息をホッと一息。
こうなったらどうしようもない。
色々と諦めた俺は、トボトボと美少女のそばに向かった。
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