第38話 日常に、お知らせ一つを添えまして
ライセンスを無事にゲットしたあの日から、早くも一週間が過ぎた。
いつものように。
『カードオフ』に足を運んだ俺は、カウンターに近い席でカードの山とにらめっこしていた。
(うーん、どれがいいかなぁ)
カードに関しては、パックをちょこちょこと買っていたのでウルトラレアが少ないこと以外に問題はない。
「いち、にー、さん、しー……四十三。三枚多いか」
『キング オブ マスターズ』のデッキは四十枚まで。
もう一度中身を確認し、断腸の思いで三枚のカードを抜き取る。
それから、デッキをシャッフルして、ポンとテーブルの上に置く。
「まずは手札を五枚引いて、っと」
デッキからカードを五枚ドローして、手札を作る。
「序盤でいらないのはー……これとこれかな」
最初の手札を見て、その中からいらないカードを弾く。
その後に、デッキから弾いた分のカードを引いて、
「んー……微妙!」
弾いたカードをデッキに戻して適当にシャッフル。
ショットガンシャッフルはカードを痛めるぜ。
「じゃあ、バトルスタートして――スタートフェイズ」
スタートフェイズ。
最大マナを一つ増やして、使用可能マナを全て回復。
横向きのユニットがいれば、マナを回復した後に縦向きに戻す。
「ドローフェイズっと」
スタートフェイズの次は、ドローフェイズ。
デッキからカードを一枚引くだけ。
「で、メインフェイズ」
ドローフェイズが終わったら、メインフェイズ。
ユニットを出したり、スペルを発動したり。
攻撃以外のことを自由にやって、と。
「アタックフェイズ」
メインフェイズで準備を整えてから、アタックフェイズ。
ユニットで攻撃するだけ。
「最後にエンドフェイズ、っと」
アタックフェイズが終わったら最後にエンドフェイズ。
基本的にエンドフェイズで出来ることはほとんどない。
あってもカードの効果を発動したりくらいだ。
(っま、基本中の基本だな。自分でやっといてあれだけど)
こうやってルールの再確認をするのは、やってみればわかるけど意外とおもしろい。
いや、おもしろいじゃなくて楽しい、って言うべきかな。
どっちでもいいや。
とにかく。
深く考えなくていいので、お手てが暇なときにやると丁度良い感じに暇潰しになるんだよな、これが。
「……まあ、悪くはないか」
同じような動きを何ターンも繰り返し、作ったデッキの基本的な動き方を確かめる。
今見た感じだと概ね大丈夫だとは思う。
けど、
(一回誰かとバトルでもするか?)
やはり、デッキの完成度を確かめるにはバトルするのが一番手っ取り早い。
別に俺が戦闘狂だからって理由じゃないからな?
なんて考えていると、ふと俺の目の前に影が差した。
人の気配もする。
誰かと思い後ろを振り返ってみると、そこには、俺のよく見知った人が立っていた。
「やあ、調子はどうだい?」
「レオさん!」
急に俺の後ろに立つな。
怖いじゃないか。
「どうしたんですか急に。ちょっとビックリしたんですけど」
「あはは、ゴメンね。何だかすごく集中してるみたいだったからさ。つい悪戯してみたくなったんだ」
「えぇ……」
子供かよ。
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ」
「えっ、怖い顔してました?」
「うん。と言っても少しだけどね」
……どうやら俺は鬼の形相をしていたらしい。
ゴメン、レオさん。
流石にそれマズイだろ。
そう思った俺は両方のこめかみを押さえ、グイグイと持ち上げる。
でも、レオさんはそんな俺の姿を見て面白かったのか、クツクツと肩を揺らしながら笑った。
なにわろてんねん。
「そんな笑います?」
「クロハル君はたまに変なことをするよね」
「えっ」
「えっ」
えっ、と俺とレオさんの声が重なる。
何でだよ。
そんなに俺って変なことをしてただろうか。
全くもって解せぬ。
誠に遺憾である。
と、顔の表情だけで訴える。
それを見たレオさんは笑いを潜めながら謝ると、懐から一枚の紙を見せてきた。
「これは?」
「いつも来てくれるからね。そのお礼みたいなものかな」
「はぁ」
お礼か。
一体、何だろう。
恭しくレオさんからその紙を受け取る。
はてさて。
どんなことが書いてあるのか。
紙を受け取った俺は、じっくりコトコトとその内容に目を通した。
「『カードオフ主催の公認トーナメント大会開催のお知らせ』…………えっ?」
嘘だろ。
そう思い、もう一度その内容に目を走らせる。
「開催日は八月の十三日金曜日……会場は『『カードオフ』シトラシティ支店』…………」
うせやん。
ということは公式に認められた正式な大会がここで開催される……ってコトォ!?
「マジか……」
おっと。
つい本音が口から出てしまった。
よく見てみると、他にも支援する企業の一覧や参加条件に注意事項。
プロっぽい人のコメントや会場までのアクセスなど。
色々なことが丁寧な構図で印刷されている。
(マジじゃん……)
これ、マジなヤツだよ。
参加できる人数は少な目だったが、それでもショップ大会の規模としては破格なのは確かだ。
だって、支援している企業の数さ、普通に十個、いや、十五個以上も超えてるぞ。
むしろ規模がデカすぎる。
こんなんじゃ会場は観客だらけになって参加者が入れなくなるんじゃないか、とさえ思うくらいだ。
やりすぎだ、って言っても過言じゃないぞ、これ。
「クロハル君はどうかな?」
「どうって、何がですか?」
「ん? 大会だよ、大会。参加するのかい?」
「あー……」
心なしか、レオさんの目がキラキラとダイヤモンドのように輝いている気がしなくもない気がする。
だけど、そのことを訊かれた俺は、思わず返す言葉を喉に詰まらせた。
(大会、かぁ)
その言葉を脳内で一人繰り返しただけで、ヒュッと俺の体が締まる。
ううん。
どうやら本当に最後に参加したあの大会の結果が俺の心に響いているらしい。
とりあえず無難に答えておくか。
「まだ参加するかどうかまではわからないです」
「そっか。まあ、開催までは時間があるからゆっくり考えるのもいいかもしれないね」
「そうですね」
ちょっと素っ気なくなってしまったかな。
それでも、レオさんは答えが聞けて満足したらしい。
俺に「それじゃあ」とだけ言い置くと、落ち着いた足取りで店の奥へと姿を消した。
「……大会、ねぇ」
正直言うと、今は大会に参加するつもりはない。
だけど。
もしかすれば、何かしらのことがきっかけで参加する可能性もなくはない。
そう思った俺はフウッ、とレオさんからもらった大会の告知チラシを見ながら溜め息を吐いた。
(ま、なるようになるだろ)
深く考えたってしょうがない。
ここは流れに任せよう。
と、半ば投げやりに思考を切り捨てた俺は再びデッキに手を伸ばす。
それから、大会のチラシを片手に嬉しそうにアルスが来たのはしばらくして後のことだった。
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