第37話 その手が掴んだもの
「はあー、疲れたー」
バタン、とベッドに倒れ込む。
ふかふかではないけども、寝る分にはそこまで問題じゃない柔らかさだ。
適当に掛け布団を掴んだ俺は、それを抱き枕代わりにして抱き込んだ。
「やっべぇ……このまま寝そう……」
あれから。
手続きを終え、マスター協会を出る頃にはすでに夕焼け小焼けの空模様。
なので、寄り道することなく普通に解散した俺たちは、それぞれの部屋に戻ってきていた。
(まさか、あんな風になるとはなぁ……)
布団の柔らかさを噛み締めて。
俺が思い返したのは、コリートさんとのバトルだった。
あのほんわかとした雰囲気からは想像できないほどの冷たい眼差し。
震えながらじゃないと指先一つさえも動かせないほどの威圧感。
暖かいモノに抱きついているというのに、その背筋が凍るような錯覚は未だに消えない。
(マジで何者なんだあの人……)
バトルした時のことを改めて思い出し、わかったことがある。
と言っても、はっきりしたモノじゃなくて何となくレベルの曖昧なモノだけどさ。
それが何かというと。
(あの人、本気じゃなかったよな……)
というかあれで本気じゃなかったのか。
思わず、溜め息が大量に口から出ていく。
『スライム』デッキにおける『スライムパレード』は、繋げ方によっては途轍もない広げ方ができる。
それこそ、半端になってしまったあの時の俺のフィールドであれば容易く突破できるような。
そんな動き方ができたはずだ。
だが、その動きをしてこなかったということは、繋げるカードがデッキになかったのか。
それとも、『アークナイト・スライム』で十分だと判断されたのか。
(うわぁ……急に気になってきたわ)
どう考えたって答えなんか出てくるわけがない。
けども、ハッキリできることが一つある。
それは――これだけ意識してしまうくらいには、コリートさんが滅茶苦茶に強かった、ということだ。
「…………」
抱きしめていた布団から、片手を離す。
そして、離した手をゆっくりと前に伸ばした俺は、その手のひらを見つめながらボソリと口を開いた。
「……このままじゃ、ダメだな」
今回のコリートさんとのバトルで、俺は勝った。
でも、その内訳はかなりギリギリな状態での勝利。
しかも、『絶望龍ベルギア・クライム』が来てくれたからこその勝利だ。
もしあの場面で他のカードが来ていたら。
間違いなく。
俺は――コリートさんに負けていた。
(なんか目が覚めたっていうか何ていうか……)
コリートさんから放たれたあの恐ろしい圧を未だに忘れることができない。
たとえ、頭で忘れたとしても、体が勝手に反応してしまう。
もしも。
もしも、だ。
これがテストのための軽いバトルなんかじゃなくって。
いつもやっているような楽しむための普通のバトルじゃなくって。
――自分の大切なモノが賭けられた賭けバトルとかであったなら、どうだろうか。
「……もっと強くならないとダメだ」
コリートさんとのバトルで、俺はデッキ自体の強さに頼ってしまっている自分がいることに気付いた。
その証拠に、コリートさんとのバトルでは色々とプレイングミスをしてしまっている。
始めの動き方も然り、マナの使い方も然り。
カードの使い方も然り。
どれもこれも、改めて思い出せば。
呆れて物も言えなくなりそうなミスばかり。
こんな実力で古参プレイヤーなんて自称していたのか俺は。
デッキの使い方は知っていても、デッキを使いこなすことはできていない。
(……どうりで予選敗退とかするわけだよ)
もう、一ヵ月以上は過ぎただろうか。
カードゲームが、俺の好きな『キング オブ マスターズ』の存在が当たり前のこの世界に飛んできて。
随分と長い時間が経った、と思う。
それでわかったことは、この世界ではカードバトルが物凄く重要なモノである、ということだ。
些細な喧嘩での決着から、大企業による商標の奪い合い。
果てにはお互いの気持ちを伝え合う手段として。
何だったら実際に、街中でカップルがプロポーズ代わりにバトルをしているのを見たことだってある。
ほとんどの物事がカードバトルの勝敗一つで決まってしまうような世界なんだ、この世界は。
もちろん、法律だってある。
でも、それがどれくらいの強制力を持っているのかもわからない。
下手をすれば。
法律なんかよりもカードバトルでの決着の方が強制力が強い可能性だってある。
「……色々とやり直してみるか」
初めてデッキを手にしたあの時から。
俺のデッキは大きく姿を変えた。
ただ闇属性のカードを集めただけのデッキから、ロクに使いこなすこともできていない『死皇帝』デッキに。
それはまるで、俺の心を表しているかのような。
そんな気がしてならない。
初めてこの世界に来た時はバトルをするだけでも楽しかったように思える。
けど、いつの間にか俺は勝つことでしか楽しめなくなっていた。
強いデッキを作ること自体は悪くない。
悪いのは――その強さに甘えていた俺だ。
そのことを。
コリートさんとのバトルのおかげでようやく気付くことができた。
「まずはデッキからだな」
もう一度、初心に帰ろう。
プレイングだけじゃない。
心も全部強くしなきゃいけない。
俺は、成長しなくちゃあいけない。
だから。
『死皇帝』デッキを解体して、闇属性のデッキを作り直す。
あとは、もう一度ルールの確認もしておこう。
基礎の基礎から、全てやり直す。
そうでもしないと、多分、俺は何も変わることができないと思うから。
「……取り敢えず寝よう」
きっと。
いつもと変わらない一日が、明日も懲りずにやってくる。
明日は明日の風が吹く。
伸ばした手を引っ込めて、もう一度布団を抱きしめる。
カード――だけじゃない。
強さ――だけでもない。
それ以外の大切な何かを。
いや、それらも全部ひっくるめた大きな何かを。
知らないうちに、俺の手は掴んでいたのだった。
ようやく一区切りつきました。
これからも頑張って書いていくつもりなのでよろしくお願いします。
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