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『キング オブ マスターズ』  作者: 大和大和
~スタートカラーズ・セットアップ~
36/70

第36話 それぞれの思惑





 勝負が、決まった。

 ライフがなくなり、パリンと激しい音を立てて受付嬢のフィールドが割れていく。

 その瞬間、


「うおおおおおおおおお!?」

「うわっ!?」


 いつの間にこんなに人がいるんだよ!?

 気が付けば、俺たちを囲むように大勢の人たちがそこに立っていて。

 急に、何かとんでもないものを見たかのように騒ぎ始めた。


「すげえ! すげえぞあの子! あのコリートに勝ちやがった!」

「嘘だろ!? あのコリートが負けるなんて!」

「あの子はナニモンだよ!? コリートに勝つなんてタダモンじゃねぇぞ!?」

「しかも何だよあのすっげえ勝ち方は!? 一気に相手のライフを0にしたぞ!?」

(な、なんかすげぇことになってる……)


 なんか、もう。

 うん。

 本当にとんでもない騒ぎなってて逆に笑えないんだが。

 俺、なにかやっちゃいました?

 とか思っていると。


「あっ」


 まだ人たちが騒いでいる中、受付嬢が俺の方に向かって歩いて来た。

 思わず身構えた俺だったが、


「いやー、お疲れ様でしたー」

「ど、どうも……」


 その顔にはホワホワとしたいつも通りらしい表情。

 怒らせていた肩を静めて。

 俺は受付嬢と向き合った。


「良いバトルでしたねー。楽しかったですよー」

「そ、そうですね。俺も楽しかったです」


 本当は楽しいなんて思う暇はなかったけどね。

 どこかの誰かさんのせいで気が気じゃなかったからな!


「そうだ。お名前を聞いてもいいですかー?」

「は、はぁ。自分はクロハルですけど……」

「クロハル君ですかー。私はコリート・メルフィークと言いまーす。よろしくでーす」

「あっ、はい。よろしくお願いします」


 いきなり手を差し出されたので、ほとんど反射的に握手してしまった。

 やべっ、ちょっと手汗が。

 あの、すいません。

 本当に、すいません。


「また機会があったらバトルしましょうねー」

「アッ、ハイ」


 そっちの方はちょっと、考えさせてほしいかな。

 ただ、


(あの人……最後に笑ってたよな?)


 思い出すは、『絶望龍ベルギア・クライム』の咆哮に飲まれる直前。

 俯いていたので、はっきりと見たわけではなかったけども。

 それでも、口が小さく弧を描いたのが、少しだけ見えた――気がする。

 まあ、気がするだけだから深くは考えないようにしよう。

 でも、だ。


(あの恐ろしい圧さえなければ喜んで、って感じなんだけどなぁ)


 すごく複雑な気分だ。

 この受付嬢――いや、コリートさんは俺が知る中でもダントツで強いマスターだ。

 だから、そんな人とバトルできるのはかなり嬉しいはずなんだけど。


(あの恐ろしい圧はなんだったのかな……)


 お互いに手を離すと、コリートさんがクルンと背を向ける。

 多分、散らばったカードを拾いに行くんだろう。

 体中が冷たくなったあの感覚が忘れられなくて。

 その後ろ姿をジッと見つめていた俺は、ふと誰かが俺の方に来ていることに気付いた。


「クロハルくーん!」

「おっ、アルスじゃん」

「私もいるわよ」

「あれ、メリルもいたの?」

「ちょっとね」


 アルスはともかく、メリルもいたのか。

 てっきり一階で待ってるものだと思ってたんだけど。

 そのことに疑問を抱いた俺は、それとなくメリルに聞いてみた。


「何でメリルもここに?」

「いえ、なんだか凄腕のマスター同士が激しいバトルをしてるって聞いたからどんなものかと思って見に来たのよ」

「えっ」


 なに、一階にまでそんな話が届いてたの?

 それはそれで話が違うんだけど。

 思わず顔を引きつらせると、それを見たメリルが小さく溜め息を吐いた。


「これからどうするの?」

「えっ、どうするって……」


 どうしよう。

 これってこのまま帰ってもいいのかな。

 そういえば、アルスの方はどうなったのだろうか。


「アルスは?」

「えっ?」

「アルスはこれからどうすんの?」

「なんかバトルしてください、って言われたからバトルすると思うんだけど……」


 そうだった。

 コイツも俺と一緒にライセンスを貰いに来たんだったな。

 すっかり忘れてたよ。

 なんて思っていると、


「失礼。少しよろしいでしょうか?」

「あっ、どうも」


 こんにちわ、と頭を下げる。

 やって来たのは、さっき俺の手続きを進めてくれた男の人だった。


「この人は?」

「さっき手続きしてくれた人」

「何でそんな人が?」

「さあ?」


 小声で聞かれたので小声で言い返す。

 そういうのは俺に聞かれても困る。

 でも、ちょうど良かった。

 色々と聞きたいことがあったんだ。


「あの、これでもう終わり、ってことでいいんですか?」

「そうですね。少し、ライセンスを出してもらってもよろしいですか?」

「アッハイ」


 言われた通りに。

 ポケットからライセンスを取り出して、それを男の人に見せる。

 すると、男の人は眼鏡をクイッと上げてから、ライセンスカードをポンポンとタッチした。

 その瞬間、


「うおっ!?」


 すげえ。

 ライセンスカードからすごく透明なメニュー画面みたいなものが現れた。

 けど、男の人はひどく落ち着いたままメニュー画面を操作して一つの画面を開いた。


「ふむ……えぇ、大丈夫そうですね。これでライセンスカードの発行は終了となります。お疲れ様でした」

「あっ、はい。ありがとうございます」

「ライセンスカードの使い方は先ほどお渡しした冊子に書いてありますので、よくお読みになってください」

「わかりました」


 もう一度、ありがとうございます、と頭を下げる。

 男の人は「それでは」と。

 それだけを言ってどこかに行ってしまった。

 まあいいか。

 細かいことは薄い本を読めばいいらしいし。


「じゃあ、次はアルスの番だな」

「うん! 僕頑張るから見ててよね!」

「おう」


 職員らしき人に呼ばれたアルスがトテトテとコートの方に走っていく。

 その姿を見て、メリルと顔を合わせた俺は、二人揃ってやれやれと肩を揺する。

 アルスのバトルはそれからしばらくしてすぐに始まった。




 ☆☆☆




「コリートさん」


 静かで無機質な階段。

 カンカンと乾いた靴の擦れる音だけが鳴っていたその場所に、男の声が響く。

 足を止めた女性――コリートはゆっくりと振り向いた。


「あらー? ウェルさんじゃないですかー。どうかしましたかー?」


 ゆっくりと振り向いて、長い栗色の髪がふわりと浮く。

 ウェル、と呼ばれた男は階段の踊り場からその姿を見下ろしつつ、クイッと眼鏡を持ち上げた。


「いえ、珍しいものを見たので」

「珍しいもの……さしずめ、さっきのバトルのことですかねー?」

「そうですね」


 言い訳をする必要もない。

 一歩ずつ。

 階段を降りたウェルは、コリートの目を見つめながら口を開いた。


「しかし、本当に驚きましたよ。まさか、あなたがバトルで負けるとは」

「そうですかー? バトルで負けることくらいは普通だと思いますけどねー」

「『あなた』が――ですか?」


 ウェルの言葉に、コリートの眉が少しだけ下に傾く。

 全体的に防音機能の施されているマスター協会の中は、壁を隔てると外からの音はあまり聞こえてこない。

 しばしの無音が続いて、


「……あんまり意地悪されると私も困っちゃいますよー」

「ですが……」

「第一ですねー。あのクロハル君でしたっけー? 彼、中々強かったですよー?」

「……つまりは巷に流れている噂通りだったと?」

「そうですねー。それについては間違いないんじゃないですかねー」


 それは意外だ。

 信じられないような話に驚き、目を開いたウェルが口を開こうとして。

 それよりも早く、コリートが言葉を紡いだ。


「まあ、最もー。彼の実力に関しては少しちぐはぐな部分を感じましたけどねー」

「ちぐはぐ?」

「はいー」


 その言葉を聞いたウェルが、説明しろ、と目線で訴え掛ける。

 目を細め、適当な彼方に視線をやったコリートは渋々といった調子で口を開いた。


「動き自体は悪くなかったですけどー。体感としてはデッキと実力が合ってない、って感じがしましたねー」

「デッキと実力が合ってない、ですか?」

「はいー。確か三ターン目あたりでしたかねー。あの子は3マナも使えたはずなのに、1マナだけを使ってターンを終わらせていたんですよねー」

「……それはただのプレイングミスというものでは?」


 ウェルとてマスターの端くれ。

 バトルに対する理解はそこそこある、とは自負している。

 だからこそ、訝しむウェルの姿に。

 コリートは可笑(おか)しそうに笑った。


「こればっかりは実際にバトルしてみた方が早いかもしれませんねー」

「そうですか……」


 もうそれで終わり、とばかりにコリートが一歩を踏み出して階段を降りる。

 それを見ながら、ウェルは顎に指を添えた。


(……これは報告した方が良さそうですかね)


 街中での野良(ストリート)バトルとはいえ、無敗を誇る戦績に。

 コリートにさえも打ち勝つマスターとしての実力。

 あのクロハルという少年を。

 そのまま一介のマスターとして遊ばせておくには惜しい、とウェルは思った。

 そこでふと。

 あることを思い出したウェルは「あっ」と声を上げた。


「そうでした。コリートさん」

「はいー?」


 再び足を止めたコリートが見上げる形で振り向く。


「随分と楽しかったみたいですね」

「急にどうしたんですかー?」

「……あの頃を思い出したんじゃないですか?」

「はてー? 何でそんなことを」




「――殺気、出てましたよ?」




「……」


 その言葉を受けた瞬間。

 コリートの冷たくなった視線が、ウェルの体を貫いた。

 だが、


「まあ、そうですねー。少しだけ昔の頃を思い出しちゃいましたねー。あの子にはちょっと申し訳なかったかなー?」

「コリートさん……」


 ウェルは、コリートとは腐れ縁の仲だ。

 仕事で知り合った間柄であるがゆえに、彼女の過去を知っている。

 だからこそ、ウェルはコリートのことが心配であった。

 しかし、


「でも、次があったら是非『本気のデッキ』でやりたいですねー」

「……そんなに、ですか?」

「それはそうですよー。……あっ、そうだー。ウェルさーん、あとで食べたいお菓子があるんですけどー」

「自分で買いなさい」

「えー! 私もうお小遣いがないん」

「自分で買いなさい」

「うえーん」


 どうやらいつも通りに戻ったらしい。

 相変わらずなマイペースっぷりに、ウェルは頭を抱えたのだった。





ミスや感想など何かありましたらよろしくお願いします。

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