第31話 受付嬢の実力
「じゃあ、さっそくやりましょうかー」
「お願いします」
お互いに、ケースからデッキを取り出す。
そしてそれを、向かい合わせるように突き付けた。
『カード、スタンバイ!』
俺たちの掛け声と共にデッキが小さな光を帯び、目の前にフィールドが展開される。
最後に、飛んで来た五枚のカードから二枚のカードを入れ替えた俺は、相手の方に目を向けた。
「こっちは終わりました。そっちは?」
「大丈夫ですよー」
「わかりました」
両者の準備が整った。
ならば、やることは一つ。
俺は目の前に浮かぶカードたち、それから、対戦相手である受付嬢を見据える。
受付嬢のほんわかとした視線と俺の目線が鋭く交差した。
『バトル、スタート!』
☆☆☆
まず1ターン目。
先行を取ったのは、
クロハル
マナ1→1
手札5
「よし!」
俺のデッキが薄く光を放ち、左手から小さな光の玉が一つ浮かび上がる。
久しぶりの先行だ。
嬉しさを噛み締めつつ、俺は手札から一枚のカードをスライドさせた。
「俺は1マナを使い、手札から『死皇帝の愛猫』を召喚!」
スライドしたカードが真ん中のバトルゾーンに留まる。
そして、光を放ったカードから一匹の黒猫がぬらりと起き上がるように現れた。
マナ1→0
手札5→4
『死皇帝の愛猫』
コスト1/闇属性/アタック1/ライフ1
【効果】
①このユニットはドロップゾーンから召喚できる。
②このユニットがバトルゾーンに出た時、このユニットを破壊して発動できる。デッキからコスト5以下の闇属性ユニット、または、『死皇帝』ユニット1体をドロップゾーンに送ってからデッキをシャッフルする。その後、自分のライフに2ダメージ与える。
「俺は召喚した『死皇帝の愛猫』の効果を発動! このユニットを破壊して、デッキから『死皇帝の家臣』をドロップゾーンに送る!」
「あらー?」
受付嬢の惚けたような声が聞こえてくる。
俺の言葉と同時に、足元から噴き出た闇に飲み込まれた黒猫は一瞬にして俺のバトルゾーンから消えた。
「最後に『死皇帝の愛猫』の効果で自分のライフに2ダメージを与える!」
クロハル
ライフ20→18
出だしはまあ、悪くないと思う。
左手の甲を見れば、しっかりとライフが『20』から『18』に減っている。
『死皇帝』デッキが本領を発揮できるのはドロップゾーンのカードが増えてから。
なんとか自分のライフを減らしつつ、必要なカードをドロップゾーンに落とさなくてはいけない。
「これで俺はターン、エンドです!」
残りの手札は四枚。
ライフは『18』。
フィールドはガラ空きだが、一マナでできることは少ない。
さあ、どう来るだろうか。
期待を胸に秘めながらターンを明け渡す。
俺のデッキから光が消えた。
「うわー、すごいですねー。私のターンでーす」
受付嬢
マナ1→1
手札5→6
ドロー、と気の抜けそうな声で受付嬢がカードを引く。
「じゃあー、そうですねー。私は1マナを使って手札から『スライム』を召喚しまーす!」
(ほう?)
マナ1→0
手札6→5
『スライム』
アタック1/ライフ1
スライム、ということは水属性のデッキだろうか。
相手のバトルゾーンに現れた水色のわらび餅を見ながら、思考を巡らす――その時だった。
「ここで私は手札からスペル『スライムの分裂』を発動しまーす!」
「なっ、それはっ!?」
マジかよ!?
そのカードを使う、ということはまさかだ。
「『スライムの分裂』は私のバトルゾーンに『スライム』ユニットがいればノーコストで発動できまーす。私は『スライム』を選んで破壊しまーす。それから、同じ名前のユニットを二体までデッキかドロップゾーンからノーコスト召喚しまーす」
「げぇっ」
手札5→4
『スライム』
アタック1/ライフ1
『スライム』
アタック1/ライフ1
間違いない。
相手のバトルゾーンに並んだ二つのわらび餅。
それを見た俺は戦慄した。
(これは……まずい!)
『スライムデッキ』――それは『スライム』という名前のユニットやカードを中心としたテーマデッキの一つだ。
スライムと言えば、色々な作品の影響で日本ではもはやどこぞのコイと並ぶ最弱の象徴になっている。
だが、この系統はやはりというかそこそこ人気がある。
そのためか、毎回新しいカードや新しい能力が出れば『スライム』系カードも一緒に作られることが多かった。
確かにさ、弱いと言えば弱い。
けども、イラストが可愛らしかったり、何だったら『スライム』みたいなカードを使いこなせればカッコいいみたいな感じで使う人がかなり多かった。
俺もその内の一人だったしな。
そんな『スライム』デッキの特徴はただ一つ。
それは――純粋な水属性をも超える程の展開力と、それを利用した人海戦術。
攻撃力も、防御力も並のデッキよりも低い。
しかし、やられる前にヤる。
『スライム』デッキはまさにそれを地で行くようなテーマデッキというわけだ。
「さらに手札から『カップルン・スライム』の効果を発動でーす」
「うわっ、マジか……」
これは、負けるかもしれん。
「『カップルン・スライム』は自分のバトルゾーンに『スライム』ユニットが二体以上いればノーコスト召喚できまーす。私は手札から『カップルン・スライム』をノーコスト召喚しまーす」
手札4→3
『カップルン・スライム』
コスト2/水属性/アタック1/ライフ1
【効果】
①このユニットは自分のバトルゾーンに『スライム』ユニットが2体以上いれば手札からノーコスト召喚できる。
②このユニットが破壊された時に発動する。ドロップゾーンからコスト1のカードを1枚手札に加える。
(うっわぁ……)
まだ、後攻の1ターン目。
だというのに、相手のバトルゾーンには既に三体のユニット。
(これはまずいな……)
思わずげっそりとしてしまう。
デッキパワーだけを見れば確実に俺の方が上ではある。
ただ、『スライム』デッキは最大の特徴である展開力を止めなければ話にならない。
だのに今の俺の『死皇帝』デッキでは『スライム』デッキの展開力を止められるとは到底思えない。
だからこそ、俺は頭を抱えるしかなかった。
「これで私はターンエンドでーす」
ほんわかとした声が俺の耳を突き、デッキが薄く光を放つ。
デッキからカードを一枚めくり、それを手札に加える。
そして、
(いやこれキッツいなぁ……マジでキッツいなぁ……)
俺は目の前に並ぶ手札を見つつ、一際大きな溜め息を吐き出した。
2022/7/30 大幅に色々と修正しました。
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