第30話 手に入れるために
それからも色々と必要なことを代筆してもらった。
「所属などはございますか?」
「所属、ですか?」
「どこかとスポンサー契約を結んでいるですとか。あとは、どこかのチームに属しているとかですね」
「あー」
それってプロとかがやるヤツだよな。
生憎と俺はプロでも何でもないただのマスターだ。
「いえ、特には」
「わかりました」
そう聞いた男の人はスラスラと最後に何かを書いた。
そして、持っていたペンをカチッと押してからタンタンと紙を小突いた。
これは終わり、ということだろうか。
多分、そうだよな。
性別とか年齢とかは普通に答えて、それ以外に答えづらいものは適当にぼかしたけど大丈夫だろうか。
などと思ったその時だった。
「そうですか。あなたがクロハルさんでしたか」
「……えっ?」
あれ、この人は俺のことを知ってるのか?
俺は知らないんだけど。
頭に疑問符を浮かべる俺に、男の人は眼鏡の奥に映る目をニッコリと細めた。
「えぇ、噂はかねがね聞いておりましたので」
「あー、そうか……」
マジか。
メリルが危惧していたように俺はかなり悪目立ちしていたらしい。
流石にお役所さまにそんなことを言われたらどうしようもない。
俺は素直に観念することにした。
「えっと、俺がやってたことって流石にダメでしたかね?」
「んー」
男の人が目を細めたまま顎に指を添えて首を傾げる。
答えはすぐに返ってきた。
「率直に言いますと黒よりの白でしたね」
「うぐっ」
これもメリルの言ってた通りだな。
もしかしたらいつの日か本当にしょっ引かれていたかもしれない。
まだ十六なのに前科持ちなんて嫌だよ。
ライセンスのことを教えてくれたメリルにはマジで感謝しよう。
今度お金があったら美味いもんでも買ってやろうと思う。
「……俺って捕まったりしますかね?」
「いえ、今はまだそういった話は出ていませんね。こちらとしてはクロハルさんの事情を把握していましたので様子見をしていた、というところですね」
「そ、そうでしたか……」
それを聞いた俺はかなり安心した。
けども、心の底から安堵することはできなかった。
……多分だけど私服警官とかもいたんだろうな。
他に何かお金を手に入れる手段があればいいんだけど、今はまだ何も良い案が思い浮かばない。
ただ、今後は賭けバトルは控え目にしよう。
そうしよう。
そのように俺が胸を撫で下ろす中、男の人は記入した用紙を持ったまま席を立つと後ろの事務スペースに下がっていった。
それからしばらくすると、男の人は一枚のカードを持って俺のところに戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがライセンスカードになります」
「あっ、ハイ。ありがとうございます」
差し出されたカード――『マスターライセンス』を恭しく受け取る。
あ、地味にキラキラしてる。
すごい。
もしかしてこれってコピー防止用のアレかな。
「では、これでライセンスの発行は完了ですね」
「ありがとうございます!」
カードを両手で抱えながら小さく頭を下げる。
これは大切にしよう。
マジで大切にしよう。
そう思いながら席を立つ。
だが、
「あぁ、そうだ」
「?」
男の人がコホンと咳払いを一つ。
帰ろうとした俺の足を止めたその人は、そのまま俺を見ながら言葉を続けた。
「最後に一つよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。何ですか?」
まだ終わってなかった。
ライセンスをポケットに仕舞い、急いで椅子に腰を下ろす。
俺が座ったのを見てから男の人は言葉を続けた。
「実はライセンスの発行にあたっては一度バトルをして頂きたいのです」
「えっ、バトル……ですか?」
証明書を発行するのにバトルをしなくちゃいけないらしい。
そこら辺のこともよくわからないので、とりあえず話を聞いてみることにする。
「はい。最後にライセンスカードがしっかりと機能しているか確認するために発行の際にはバトルをお願いしているのですよ」
「は、はぁ。その機能っていうのは……」
「ライセンスには立体バトルをした時に対戦の様子や結果を記録する機能がありまして、その確認のためですね」
「な、なるほど」
そんな機能があったのか。
俺の場合はたまに試合を見直したい時があるからかなり嬉しい機能だ。
「他に知りたいことがありましたらこちらの冊子をお読みください」
「あ、どうも。ありがとうございます」
ついでに渡された薄い本も貰った。
「対戦相手には連絡しておきますのでクロハルさんは先に四階のバトルスペースでお待ちください」
「四階ですか?」
「はい」
「わかりました」
どんな相手が来るのだろうか。
オラ、ワクワクすっぞ。
席を立って、小さく一礼。
そして、そのままクルンと身をひるがえした俺は四階へ向かうべくエレベーターのある方に歩いて行った。
☆☆☆
「ほお、ここはこんな風になってたのか」
思わず溜め息が零れる。
エレベーターに乗り、四階に来た俺はあちらこちらと周囲を見回していた。
「結構やってんだな」
男の人が言っていたように、四階は文字通りのバトルスペースだった。
テニスコートのような広いスペースが三つ、いや、四つ。
二つのスペースは既に人がいて楽しそうにバトルしている。
よく見れば端の方に休憩スペースみたいな場所もあった。
ベンチもあるし、テーブルもあるし、自動販売機もあるな。
……えっ、自動販売機?
「マジか……自販機もあるんか」
一番端っこにあったバトルスペースへ向かいながらジーッと自動販売機を見つめる。
遠目からにはなるが、中身はドリンクだけがあるシンプルな並びになっているようだ。
その上、ところどころ赤いランプみたいなものが点いているのも見える。
俺も後で飲み物でも一つ買っておくか。
「さーて、相手は誰かなぁ」
名前も声も知らない。
そんな相手を待ちわびつつ、念の為にデッキの調整をしようとパチンとケースを開ける。
(こんなことなら適当に入れ替え用のカードを持ってくるべきだったなぁ)
スリスリとカードを右から左へスライドさせながら、ちょいとばかり反省。
デッキ自体はそれなりに形は整いつつあるけども、まだ完成形にはほど遠い。
何ならまだこのデッキでバトルをしたりもしていないので、少し不安もある。
今度からは予備のカードもしっかりと持ち歩くことにしよう。
と、ちょうどデッキをケースに戻そうとしたその時だった。
「すいませーん。お待たせしましたー」
「いえ、そこまで待ったわけでは……えっ?」
エレベーターの方からスーツ姿の女性がトテトテと走りながらアワアワとやってくる。
その人の顔に見覚えがあった俺は、思わず声を上げていた。
「あれ、あなたは……」
「あっ、どうもー。さっきぶりですねー」
ポワンとした呑気な話し方で俺に笑い掛けてくる。
ライセンスを賭けたバトル。
その対戦相手として現れたのは、
――受付で対応してくれた受付嬢、その人だった。
少しタイトルを変更しました。
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