第28話 ライセンスとか休日事情とか
「さあ、着いたわよ」
「やったー!」
「ほへぇ、ここがなぁ……」
しばらく歩き続けること数十分。
思ったよりも離れた場所にライセンス――いや、『マスター協会』は建っていた。
外観は普通のオフィスビルで、周りには多くの人たちが忙しなく行き交っている。
そんな人たちに混じって。
俺たちはマスター協会の前に立ち止まっていた。
「さっ、中に入りましょ」
「うん!」
「おう」
ウィーン、と聞き慣れた機械音を立てながらスライドドアが開く。
足並みを揃えて中に入ると、まず目に入ったのはシンプルな受付デスクだった。
ねずみ色のオフィステーブル。
その端っこには『受付』と書かれた小さなプラカード。
もう既に並んでいる人たちはいたけども、そこまで多くはなかった。
「なんだ。そこまで人いないじゃん」
「ここはただの受付よ。ライセンスの手続きとかは他のところでやるからそっちに時間が掛かるのよ」
「なるほどな」
メリルの言ったことは本当のことらしい。
前の方を覗き込んでみれば、確かに、受付で何か紙切れを貰った人たちがすぐに建物の奥へと入っている。
とりあえず、このまま並んでおけばすぐにでも中に進めそうだ。
「これならライセンスとかもすぐにゲットできそうだな」
「だね!」
「まだこれからでしょうに……ほら、空いたわよ」
「はいよ」
メリルに急かされて前に一歩を踏み出す。
そんな俺たちを迎えてくれたのはニコニコと営業スマイルを浮かべる若い女の人だった。
「お待たせしましたー。御用件は何でしょうかー?」
「あーっと、ライセンスが欲しくて来たんですけど……」
「ライセンスの発行ですねー。人数は三人でよろしいですかー?」
「えっと、お前もいる?」
「なわけないでしょ。私はライセンスの更新だからいらないわ」
「あ、そうか。じゃあ、二人分でお願いします」
「はーい」
なんだろう。
この人、結構ノリが軽そうというか何というか。
ほんわかとした穏やかな雰囲気を感じる。
間延びした話し方がすごく耳に残る人だ。
いや、変とか悪いとかそう意味じゃなくてな。
「はーい、じゃあこちらどうぞー。この紙を持って三階の情報管理課にお進みくださーい」
「どうも」
受付嬢からすぐさま出された二枚の紙をまとめて受け取る。
相変わらずほんわかとした営業スマイルに苦笑いを返した俺はその紙を持ったまま建物の奥に進んだ。
☆☆☆
エレベーターで三階へと昇り、ドアを抜けた先にあったのは長そうな通路。
だが、メリルは勝手を知っているのか慣れた調子で進んでいく。
なので俺とアルスは黙ってその後ろをついて歩いていた。
「マスター協会の中ってこんな風になってるんだ。すごいね!」
「アルスはこういうところは初めてなのか?」
「うん! 僕の家は村にあったからこういうでっかい建物に入るのは初めてだよ!」
「そうか」
典型的な田舎者のアルスは何やら興奮した様子で通路を見回している。
基本的には扉だけがポンと付いているところもあれば、中が見えるようにガラス張りの部屋もある。
そういった部屋では何かボードみたいなものを背にしながら人たちと話しているのが見える。
これがあれかな。
テレビとかでたまに見た小会議室とかいうヤツか。
まあ、俺はまだ十六歳だからそういうのとは無縁だろうけどな。
なんてことを思っていると、不意にメリルが俺たちの方に振り向いてきた。
「ほら、着いたわよ」
「うわあ!」
「おぉ」
道なりにまっすぐ進むと、そこには一際大きな空間が広がっていた。
扉とかで区切られているわけではないが、左側には一から六までの番号が振り分けられた受付の窓口。
その反対側には待機席や何か書き物ができるようなスペースが設けられている。
結構人がいるな。
うん、本当に市役所だわ。
内部構造は全然違うけど。
「こっちよ」
「ん?」
メリルに呼ばれて向かった先は窓口、ではなく待機コーナー。
その中でも一番手前側にあったテーブルの前でメリルは俺たちのことを待っていた。
「ここで番号札を貰うのよ」
「ここで?」
ピッとメリルの指がテーブルの上を指し示した。
釣られるように見てみる。
そこには『赤1』『青2』『黒3』『白4』『黄5』『緑6』の六つに分かれた小さな機械がポツンと置かれていた。
「これは……ボタンを押せばいいのか?」
「そういうこと」
試しに、とでも言わんばかりにメリルが黒色のボタンをポチッと押す。
するとその下から細長いレシートのような紙がピピピッと音を立てて吐き出された。
「ざっとこんな感じね」
「ほうほう」
俺の目の前で吐き出された紙がプチッと引き千切られる。
「じゃ、私は先に行くから」
「あれ、メリルは違うところなのか?」
「ライセンスの更新は三番なの」
「そうなのか。じゃあライセンスの発行は……」
「確か六番じゃなかったかしら?」
「六番か、サンキュ。じゃあ、後で合流という形で」
「わかったわ。先に終わったら一階のロビーで待ってるから」
「あいよ」
じゃあ、と手を挙げたメリルはそのまま俺たちを置いて奥のモニターに近い席に向かって歩いて行った。
おいおい、俺ら置いてけぼりかよ。
まあいいか。
「俺たちもさっさとやるか」
「うん!」
六番だから緑色だな。
ボタンを二回押し、二人分の番号札を分けた俺たちは窓口の近い席に向かう。
(これ……何か書いたりしなくていいのかな)
片手にずっと握り続けていた紙をそっと視界に映す。
紙にはいくつかの空白ヶ所があるものの、どうすればいいのか全然わからない。
多分、名前を書いたりする必要はあるんだろうけど、俺は字が書けない。
というと語弊があるな。
違うぞ。
日本語は書けるけどこの世界の文字は書けない。
読めるけど書けないんだ。
「ねえ、クロハル君」
「どうした?」
アルスに呼ばれて顔を上げる。
だが、アルスの顔と、その奥に広がっていた光景が咄嗟に視界に入り込んだ。
それを見た瞬間、俺の口から「ゲッ」とカエルのような声が漏れた。
「人……多いな」
「うん……」
人、人、人。
一面に広がるは花畑に咲く花のように広がる人達の姿。
よく見てみれば、メリルのポニテがモニターから離れた場所で揺れている。
あれは席が取れなかったな。
「……とりあえずどっか座ろうぜ」
「そ、そうだね……」
多過ぎるやろ。
おかしいやろ。
これが休日の力か。
あまりの人の多さに辟易した俺の口からハアッと大きな息が飛ぶ。
互いに目で合図した俺とアルスは、適当な場所を探しにその中へと入るしかなかった。
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