第27話 シトラシティの道中で
時間はちょうどお昼が近くなってきた頃だろうか。
この世界の季節がどうなっているかは知らないが、暖かさ的には今は春の時期なのかもしれない。
なんてことを考えながら歩く中、俺の隣ではアルスとメリルが何かを話し合っていた。
「ねえねえ、メリルさん」
「ん、何?」
「マスター協会ってどういうところなの?」
何だ。
良さげな話をしてるじゃないか。
俺は我関せずの平然を装ったままこっそりと耳を近づけた。
「そうね。ライセンスを作ったりとか、マスター同士のトラブルを解決したりとか色々なことをやってる……わね」
「へー、そうなんだ」
「まあ、私もそんなに詳しく知ってるわけじゃないんだけど……」
(へぇ)
聞いた感じでパッと思いついたのは市役所だった。
どうやらマスター協会とやらは市役所みたいなものに似ているらしい。
と言っても市役所なんて親に連れられて一、二回ぐらいしか行ったことないけど。
そこでふと疑問が浮かんだ俺も二人の輪に入って話しかけることにした。
「ライセンスってすぐに貰えるのか?」
「うーん、どうかしら。ライセンスを貰うだけならそこまで時間は掛からないと思うわよ」
「貰うだけなら?」
「ええ。今日は休みの日だから人が多いはずなの。そうなると手続きを待つのに時間が掛かるかもしれないわね」
「なーるほどなぁ……」
うん。
市役所だよそれ。
休日に人が多くて待つのに時間が掛かる。
俺のイメージしてる市役所と全く同じやんけ。
「もしかしてだけどマスター協会は他の街にあったりもするのか?」
「他の街にもあるけど……なに、クロハルって実はマスター協会のこと知ってるの?」
「あっ、いや、知ってるというか何というか……似たようなところを知ってるだけ、だな。うん」
「そう」
メリルの切れ長の目がスッと俺の横顔を捉える。
どうやら似ているらしい、じゃなくてマジで市役所だった。
政府とか何とかは聞いたことないけどこの分だとそういったモノもありそうな気がしてきた。
文部科学省とか農林水産省とかあるかな。
文部科学省と言えばこの世界に学校とかはあるのだろうか。
あったら何を教えたりするのか凄く気になる。
やっぱりキンマスのこととかも教えてるのかな。
(やべっ、意外と気になること多いぞ!?)
車とか自転車などは見かけないけど洗濯機とか冷蔵庫なら見たことがある。
というかテレビみたいなモノも色んなところにあるし、そうなると流石に車の一つや二つはあると思う。
せっかくだからそのことも少しメリルに聞いてみよう。
「なあ、メリル。車とかって聞いたことあるか?」
「車? 聞いたことがある、っていうか普通にあるわよ」
「あっ、そうなの?」
「そうなの、って。……もしかして、クロハルって田舎に住んでたの?」
「あー、うん。そんな感じ」
「そんな感じって……」
本当は都会です。
トウキョウとかいうめっちゃくちゃ大都会なところに住んでました。
車なんてそこら中で走ってたし、なんならインターネットとかいう遠くの人ともすぐに繋がれるようなモノもありました。
なんてことを話しても別の世界のことだから素直に信じてもらえるとは思えない。
……当分は俺の地元はキンマスしか栄えていない田舎ってことにしておこう。
「あれ、でもクロハル君の地元ってマスターがたくさんいたんだよね?」
「まあな。みんな『キング オブ マスターズ』しかやってなかったぞ」
「へ、へぇ、あなたの地元って変わってるのね……」
「よく言われるよ」
よく言われねえよバカ。
キンマスの立体バトルしかやってない村とか。
自分で言っておいてあれだけど、どう聞いてもただの世紀末な村にしか聞こえない。
これじゃあドン引きされても何にも言い返せない。
隣から見てくるメリルの顔を見ながら、俺は口角を引きつらせた。
「ど、どうりで強かったのね……」
「強い……ってほどでもなかったけどなぁ」
「えっ?」
「えぅえぇ!?」
メリルの呟きにボソッと答えたら、二人から驚きの視線を向けられた。
おい、アルス。
お前なんか驚き過ぎて変な声になっとるぞ。
なんでや。
「クロハルが……強くない……?」
「そ、そうなのクロハル君!?」
「お、おう」
こいつらになら、俺のことを少しは話してみても大丈夫かな。
思ったよりも心に深く残っていたその傷跡。
その信じられないような未練深さに。
俺は心の中で自分に向かって呆れた。
「実はさ、俺の地元でも大会とかやってたんだよ。それで俺もその大会に参加したんだけど……」
「したん……」
「だけど……?」
ゴクリ、と誰かの喉から何かを飲み込む音が聞こえた。
俺が出した音なのだろうか。
それとも、メリルかアルスのどっちかが出した音なのか。
わからない、けれども。
俺は、急に重くなった口をゆっくりと開いた。
「俺――その大会の予選で負けたんだ」
「えっ!?」
「……?」
不意に、歩いていた俺たちの足が止まった。
アルスは大会のことがわからないらしく、怪訝な目で首を傾げる。
だが、逆に知っているらしいメリルはもの凄い形相と剣幕で俺に迫ってきた。
「う、嘘でしょ!? クロハルが本戦にいけないくらいの大会だったってこと!?」
「そう……なるな。うん」
「あ、ありえないわ!」
「えっと、大会とか本戦って何?」
「アルスはちょっと黙ってて!」
「は、はいっ!」
「あとで教えてやるよ」
「あ、ありがとうクロハル君……」
ちょ、怖いぞメリル。
急にどうしたんだ。
あまりの勢いに押された俺は萎縮してしまったアルスに小さく声を掛ける。
それから、思わず持ち上げた両手をメリルと自分の間に挟んだ。
そうしたおかげだろうか。
メリルは落ち着きを取り戻すや否や、シュンと身を引いてくれた。
「……ごめんなさい、アルス。ちょっと言い過ぎたわ」
「あ、うん。僕は大丈夫だよ」
「ありがとう」
メリルが小さく頭を下げて、アルスがそれに苦笑しながら答えた。
いつも思っていたけどアルスって本当に大らかなヤツだよな。
この前なんか俺が喉にモノを詰まらせて飲み物を吹いた時も「大丈夫だよ!」って言いながら笑ってたし。
本当にさ。
コイツは、俺なんかにはもったいない。
そんな優しさのある友達だよ。
「でも、クロハル。私から見ればあなたはかなり実力のあるマスターのはずよ。そんなあなたが本戦入りできないほどって……正直、考えられないわ」
「そうだな。俺も……予選落ちするとは思ってなかったんだよ」
あの時は何も感じなかったけども。
今になってその時を思い返してみたら、思ったよりも苦味のある思い出として深く残っていた。
(……これ以上はやめとくか)
少しだけ暗くなった雰囲気に。
嫌気が差した俺は終わり、という一言で話を切った。
メリルは不満気な表情だったが、渋々といった感じで引き下がってくれた。
あとは、そうだな。
アルスに大会のことでも話しておくか。
再びマスター協会を目指して歩きつつ、俺はメリルと一緒にアルスへ大会のことについて説明したのだった。
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