第21話 下準備
あれから、結局。
楽しい時間はワイワイとパック開封をしたり、ああだこうだとデッキ改造したりして消えていった。
それから迎えた閉店時間。
適当に挨拶をして解散した俺とアルスは、もう一つのシトラシティの街角にある宿に来ていた。
メリルは別の宿に泊まっていたらしく、そっちの方に行った。
ちなみに、ここの宿の名前は『ハウス・へーベル』。
間違っても名前を入れ替えて読んではいけない。
見た目も中身も日本にあるようなごく普通のホテルだ。
すごい。
「うーん……どうすっかなぁ……」
シャカパチと。
ベッドの上に広げたカードを好き放題触りながら思案する。
ここに広げてあるのは、今日、開封したパックから出たものだ。
要するに、俺のベッドの上は今、カードたちに占領されている状態だった。
「そこそこ良いカードも当たったし、使ってみたいけど……おっ?」
色んなカードを見る。
その中から、とあるカードを目に留めた俺はそれをひょいと目の前に持ち上げた。
これは。
このカードは。
「マジか! ってことは……」
まさか、と思いカードの海を泳ぐ。
すると。
「おお、あるじゃん。おっ! これもあんじゃん!」
探せば探すほど。
出るわ出るわで胸がワクワクし始める。
おかげで、明日。
メリルとのバトルで使うデッキが俺の中で決まった。
「よぉし! 早速作るか!」
これらのカードがあれば、完全ではないけども『あるデッキ』が作れる。
そのデッキは、俺がまだ日本にいた時に好きで使っていたデッキの一つで。
「今夜は寝られねぇな!」
なつかしさと、嬉しさ。
少しばかり日本のことを思い出してしまったけども。
それでもやっぱり嬉しい。
ケースからデッキを出した俺は、ただ、明日のバトルに期待を膨らませながらデッキ作りに励んだ。
☆☆☆
そして、翌朝。
ホテルのロビーでいつものように待ち合わせた俺とアルスは、まっすぐに『カードオフ』へと向かう。
「ねえ、クロハル君。今日はメリルさんとバトルするんでしょ?」
「おう。そのつもりだけど、どうかしたのか?」
俺も人のことは言えないが、アルスは妙にそわそわとしている。
きっとこいつも今日のバトルが楽しみだったのだろう。
とか、思っていると、ちょいとばかり不安そうな表情で俺のことを見てきた。
「メリルさんは本当に強いよ? 昨日、僕がバトルしたんだけど……」
「あー、ストップだ。アルス」
「えっ?」
アルスの言葉をさえぎって、それ以上は言わせないようにする。
こいつ、ネタバレしようとしやがったな。
やめとけ。
ネタバレは憲法で禁止されているんだ。
死刑にされても文句は言えないぞ。
「こういうのは相手のことを知らないでバトルするから楽しいんだ」
「……そうなの?」
「当たり前だろ」
俺の言葉に、アルスが不思議そうに首を傾げる。
まあ、知ってる相手とバトルするのも一味違って面白い。
けども、今回はアプリの『キング オブ マスターズ』にあった『ランクマッチ』に似たような状況だ。
知らない相手。
知らないデッキ。
そんな対戦相手から一勝をもぎ取るために全力を掛ける、この緊張感。
(はぁー、緊張する。……めっちゃ勝ちてぇ)
流石に今回は対戦相手が誰だかわかっている。
けれども。
――どうしても、勝ちたい。
――どうやっても勝ちたい。
そんな感じの緊張感が。
ドクドク、と激しくなるこの鼓動が。
俺は、どうしようもなくたまらなかった。
「なあ、アルス」
「なに? クロハル君」
絶対に勝てる。
とは、思っていない。
何故なら、勝負に絶対なんてものはない。
そのことを俺はよく知っているつもりだから。
だが、
「よく見とけよ。絶対に勝ってやっかんな」
「うん! わかった!」
どうしても言いたくなってしまう。
それだけ今回のバトルは本気でやりたい、ということだ。
そんなことを話していると、
「あっ、メリルさんだ」
「早いな、おい」
ついに見えてきた『カードオフ』の看板とドア。
その前に立つ、青いポニテ娘が一人。
「来たのね。随分と早かったじゃない」
「そっちもな。……ていうかちょいと目元黒くないか?」
「えっ? ……あっ、ホントだ! ちょっとだけ隈ができてるよ、メリルさん」
「うっ」
隈じゃねぇか。
これ隈だよ。
隈だね。
うっすらと、しかし、目を凝らして見れば、少しだけ黒くなっているのがわかる。
それを言ってやると。
ポニテ娘ことメリルは、ほんのりと顔を赤くしてそっぽを向いた。
「き、昨日はよく寝れなかったのよ……」
「今日のバトルが楽しみだったからだろ」
「……そうよ。悪い?」
「いんや、全然」
やはり、と俺は思う。
こいつは一見、クール系に見えるけど実際はクールぶってるポンコツ系娘だ。
おーい。
隠しきれないポンコツが見えてるぞー。
「店には入らないのか?」
「……ドアが開かなかったのよ」
「なるほどな」
早く来すぎだろ。
小学生の時の俺かよ。
なんて。
楽しく雑談をしていると、
「あっ、ドアが開いたよ!」
「やっとか」
「早く入りましょ」
「うん!」
ウィーン、と自動ドアが開いた。
どうやら時間になったことで反応するようになったらしい。
アルスとメリルが店内へと入っていく。
俺も一緒に中へ入ると、丁度カウンターに座っていたレオさんが苦笑いで迎えてくれた。
「いらっしゃい。早いね三人とも」
「おはようございます」
「うん、おはよう。メリルちゃん」
「レオさん、おはよう!」
「おはよう、アルス君。今日も早いね」
「どうも、お世話になります」
「クロハル君もいつも通りだね」
三者三葉の挨拶を、一つ一つ捌いていくレオさん。
まあ、ここだけの真面目な話。
レオさんには色々とお世話になっているからな。
店に入り浸っても文句一つ言わないでくれるし。
レオさん様様である。
「さて」
俺たちがいつも使っているのは店の隅に置かれたテーブル。
そこを陣取り、アルスを間に立たせると、俺とメリルは対峙するように向き合った。
「バトルは『簡単バトル』でいいか?」
「構わないわ。私はバトルさえできればそれでいいから」
「そうか」
なら話は早い。
テーブルの上に俺のデッキを置き、その上から五枚のカードを手前に並べる。
「言っとくけど、俺、今回はガチのデッキにしたから強いぞ」
「問題ないわ」
手前に並べたカードを一斉にめくり、内訳を確認する。
(これは……こいつとこいつだな)
まずは、マリガン。
カードを二枚を選び、手札から抜く。
そして、新しく二枚のカードを加えてから、抜いたカードを入れてデッキをシャッフルする。
「そっちはどう?」
「ばっちりよ」
ちょうどメリルもデッキをシャッフルしていた。
やがて。
互いにデッキを混ぜ終わり、マナの代わりとなる適当なカードを横に置く。
(いよいよだな……)
デッキから手を離す。
それから、グッと右手を握り締めた。
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