第19話 結末に、悔しさと驚きを添えて
不意にパリン、とガラスが割れるような音が聞こえた。
それまでただボーっとしていた僕は。
そこでようやく、自分がバトルに負けたということを思い出した。
「あっ……」
パリンパリン、と僕の目の前にあったフィールドが割れていく。
その上に乗っていたカードも、パラパラとフィールドの欠片と一緒に落ちていく。
重くなった手を伸ばして、置き去りにしていた自分のデッキに触ろうとする。
けど、それよりも早く、
「……っ!」
パリン、と。
僕のデッキが乗っていた最後のフィールドが、音を立てて崩れていった。
(デッキが……カードが……)
伸ばした指が空を掠める。
置き場がなくなって。
散らばった僕のデッキが地面に落ちて、一枚一枚バラバラになっていく。
ゆっくりと、だけど、すぐにしゃがんだ僕は、その中から一枚のカードを拾った。
そして、そのカードを僕は目にした。
「炎獣……イグニ……」
その名前を見て。
そこに書かれたカッコいい炎の獅子を見て。
それから――僕の目は一瞬で見えなくなった。
「う……うぅ……ゴメンね……ゴメンね、イグニ……」
ゴメンね、と言いながら。
ポタポタと、僕の目から熱い何かが落ちていく。
炎の鬣が書かれた絵に小さな水が何個も何個も落ちていく。
(僕が……僕が弱かったから……!)
ゴメンね、という言葉が僕の口から止まらないで溢れてくる。
ついには地面に膝をついて、少し濡れてしまった『炎獣イグニ』のカードを胸に抱いて。
その時に初めて、僕は知った。
――負けること。そして、負けた悔しさを。
☆☆☆
うっうっ、と声を堪えながら泣き崩れたアルス君。
それを見ながら、僕はその場に立ち尽くしていた。
(アルス君……)
負けてがっかりしている姿は何回も見た。
なんだったら、つい最近も見ている。
けれども。
負けたからといって、あんな風に泣き崩れる姿を僕は見たことがなかった。
(……それだけ、本気だったってことかな)
ただひたすらに。
咽び泣くアルス君を見ていると、僕のところにさっきバトルをしていた女の子が歩いてくるのが見えた。
その顔には少しだけ、申し訳なさそうな色が浮かんでいた。
「ごめんなさい。ちょっといい?」
「どうかしたかい?」
「いえ、私、ちょっとやりすぎたのかなって思って……」
そう言って女の子――確か、メリアという名前だったかな――は、アルス君のことを見る。
確かに、彼女からは自分がやり過ぎたせいで泣いているように見えるかもしれない。
そう思った僕は、少し苦くなってしまったけども、笑いながら答えてあげた。
「大丈夫。泣いてるのは君のせいじゃないよ」
「あっ、えっと、あなたは……」
そういえば、彼女の顔を見るのは僕も初めてだ。
彼女の方を見て、僕はにっこりと笑った。
「改めまして。僕はここで店員をしてるレオ・アーキブルです。皆からはレオさんって呼ばれてるよ」
「そう……私はメリア・サーシュトリアよ。よろしく、レオさん」
「こちらこそよろしくね」
本当は支店長なんだけどね。
これでようやく彼女、いや、メリアちゃんとも面識ができた。
それから僕はメリアちゃんに話しかけた。
「アルス君は、きっと自分のことで泣いてるんだと思うよ」
「そうなの……?」
「そうだよ」
少し、落ち着いてきただろうか。
アルス君の泣く声もさっきより静かになって、今は肩が上下に揺れるだけ。
ふと壁に掛けた時計に目を向ければ、時間はすでにお昼近く。
そろそろ子供たちもやってくる時間だった。
「ここじゃなんだし、そこのテーブルにでも座ったらどうかな」
「でも……」
「大丈夫。あの子はこんなことでへこたれるような子じゃないから」
そうは言ってみたけども。
中々メリアちゃんは動かない。
そんなメリアちゃんの背中を押して、さあさあと空いてるテーブルに連れて行く。
(……クロハル君はまだかな)
空いてる席には座ってくれた。
しかし、メリアちゃんは相変わらず難しい表情をしたままで、どこか納得できていないように見える。
そんな姿に溜め息を吐いた僕は、まだ来ない少年の姿を思い浮かべた。
☆☆☆
あれから、どれくらい泣いたんだろう。
ドアの開く音がして、子供たちが来るのが見えた僕はすぐに目をこすると、散らばったカードを拾った。
「あー! アルス兄ちゃんがカード落としてる!」
「うわわ!」
「俺が拾っちゃうぜー!」
「あっ、大丈夫だよ! 僕が拾うから!」
「ね、ねぇ、アル兄? カード落ちてたよ」
「あっ、うん。ありがとう!」
「ど、どういたしまして!」
泣いた顔を見られたくない。
そう思った僕は、急いでカードを集める。
あ、でも、最後の女の子は顔が少し赤くなってたけど風邪かな。
大丈夫かな。
なんて思っているうちに。
子供たちが手伝ってくれたおかげですぐにカードを集め終わった僕は、すぐにメリアさんを見つけた。
「ゴメンね。僕もこっちに座ってもいい?」
「え? あ、うん。いいわよ」
「えへへ、ありがとう」
メリアさんの反対側にどっさりと座る。
それから、まだバラバラになっているデッキを綺麗にしないといけない。
僕はテーブルの上にカードを散らばすと、そこから一枚一枚整えながら集める。
そうしながら、頬杖を突いてこっちを見ていたメリアさんに僕から話しかけた。
「メリアさんってすごく強いんだね」
「……まあね。私、プロのマスターを目指してるから」
「えっ、プロのマスター?」
それは何だろう。
初めて聞いた言葉に、手を止めた僕は思わず顔を上げてメリアさんを見た。
メリアさんは、その怖そうに見えた目をパチパチと丸くしていた。
「なに、知らないの?」
「うん! だって僕、まだ始めたばかりなんだ」
「そう……って、えっ、えっ、始めたばかり!?」
「うわあ!?」
急に立ち上がったメリアさんに、僕も驚く。
あっ、集めたカードがまたバラバラになっちゃった。
「うそでしょ!? 始めたばかりであんなに動けるの!? 信じられない!」
「えっ、いや、そんなに驚かなくても……」
「驚くわよ!」
あんまり驚かれると、ちょっと怖い。
「私なんて小さい時からやってたっていうのに!」
「そうなの?」
「そうよ!」
なんか、随分と怖い。
そう思った僕はどうどう、とメリアさんを落ち着かせる。
鼻息荒く、でも、落ち着いてくれたメリアさんはどっさりと音を立てて椅子に座った。
「まさか、始めたばかりの人を相手に本気になっちゃうなんて……」
「あー、えっと、でも、メリアさんは凄く強かったよ?」
「…………そうじゃなかったらプロなんて目指さないわよ」
なんだかわからないけども。
急に悔しそうな顔をしたメリアさんは、ムスッとしたまま僕に話しかけてきた。
「ねえ、えっと、あなたは……名前なんだったかしら?」
「あ、僕の名前はアルス・アルバートだよ。よろしくね、メリアさん」
「そう、アルスね。よろしく……じゃなくって」
あれ、違うの?
「ねえ。アルスはさ、もしかしてクロハルって人からバトルを教えてもらったりしたの?」
「うん、そうだよ! あとは、レオさんからも教えてもらったよ!」
「ふーん……」
今度は指の上に顎を乗せてうんうん、と難しそうな顔をしている。
そういえば、と思った僕はさっきのことをメリアさんに聞いてみることにした。
「そういえば、何でメリアさんはクロハル君のことを探してたの?」
「えっ? あー、それは……」
なんだろう。
ちょっと言いずらいことなのかな。
と、思っていたけど、違ったらしい。
メリアさんは普通にその理由を教えてくれた。
「別に大したことじゃないわ。クロハルっていう強いマスターがいるって街の人に聞いたからバトルしに来た。それだけよ」
「そうだったんだ……」
なんだ、そういうことだったんだ。
クロハル君が何か忘れ物でもしたのかな、と思っていたけどそうじゃなかったんだ。
安心した。
パッパッパッ、とデッキをまとめた僕はそれをデッキケースに戻す。
それから、一つ。
気になったことがあった僕は、メリアさんにそれを聞いてみた。
「ねえ、メリアさん。プロのマスターって何?」
「なに? アルスも知りたいの?」
「うん!」
「そう。……なら教えてあげるわ!」
そう言って。
僕にプロのマスターが何であるかを話しながら、メリアさんが笑う。
初めて見たメリアさんの笑う顔は、とても楽しそうな顔だった。
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