第15話 それぞれの一手
『カード、スタンバイ!』
僕と少女――メリルさんの声が重なる。
瞬く間に展開されたフィールドが僕とメリルさんの間を真っ二つにした。
(まずはマリガン、だったよね)
目の前に並べられた五枚の中から二枚のカードを選ぶ。
それを送ると、お返しとばかりにデッキから二枚のカードが飛んできた。
(よし! これならいけるかも!)
思い出すのは、男の人とバトルするクロハル君の姿。
相手の実力は未知数で、どんなデッキを使って来るかもわからない。
でも、負けるつもりはない。
僕とメリルさんの視線がぶつかる。
それだけで、全ての準備ができたということがわかった。
「「バトル、スタート!」」
二人揃ってそう言うと、僕の左手にマナが一つ浮かんで来て、左手の甲に『20』の数字が現れる。
ゆっくりとデッキに指が添えた僕は、今か今かとその時を待った。
(うぅ、緊張する)
ヒリヒリと、空気が痺れているような感じがする。
そんな僕の心に答えるかのように。
一つのデッキが、先行を教える薄い光を放った。
先行を取ったのは――メリルさんだった。
(取られた!)
「先行は貰ったわ! 私のターン!」
メリルさんが手札にジッと目を落とす。
その中から一枚のカードを選ぶと、メリルさんはそれをバトルゾーンの中央に置いた。
「私は1マナを使って、ユニット『川流れのハッチ』を召喚!」
カードが光る。
そこから出てきたのは、水浸しになった黒い髪の少年だった。
メリル
マナ1→0
手札5→4
『川流れのハッチ』
コスト1/水属性/アタック1/ライフ1
【効果】
『ガード』
「み、水属性!?」
水属性だ。
確か、水属性のことはクロハル君がこの前教えてくれたはず。
僕はそのことを思い出そうとした。
(えっと、水属性は……)
ある日、教えて貰った属性ごとの特徴。
クロハル君から教えて貰ったそれをなんとか思い出そうと、必死に頭を回転させる。
けど、
(な、何だったっけ? 忘れちゃった!)
ダメだ、全然思い出せない。
頑張って思い出せたのは、水属性のカードは青色ということだけ。
あと少しで出てきそうなのに、全然出てこない。
僕はそれが悔しくてグッと歯を食いしばった。
(もういいや! このままバトルしよう!)
「攻撃はできない。これで私はターン、エンドよ」
ちょうど僕の思考が止まった時に、メリルさんがターンを終了させる。
デッキが光り、ターンが回って来たことに気付いた僕は勢いよくカードを引いた。
「僕のターン、ドロー!」
アルス
マナ1→1
手札5→6
手札が増えて、僅かに伸びた指がピタッと止まる。
しかし、すぐに動きを取り戻した僕の指は、一枚のカードに触れた。
「僕は1マナを使って、『ファイヤーボーイ・ゲキ』を召喚!」
マナ1→0
手札6→5
『ファイヤーボーイ・ゲキ』
アタック1/ライフ1
『速攻』
選んだのは、僕の好きなカードの一つである『ファイヤーボーイ・ゲキ』。
バトルゾーンに出したカードから少年の形をした火が飛び出た。
「『ファイヤーボーイ・ゲキ』は『速攻』持ってるから召喚してもすぐに攻撃できる! 僕は……『川流れのハッチ』に攻撃するよ!」
「……そう」
『ファイヤーボーイ・ゲキ』
アタック1/ライフ1→アタック1/ライフ0
『川流れのハッチ』
アタック1/ライフ1→アタック1/ライフ0
メリルさんの目が、少しだけ怖くなる。
その先では『川流れのハッチ』に、『ファイヤーボーイ・ゲキ』が飛びついていた。
攻撃に驚いた『川流れのハッチ』が『ファイヤーボーイ・ゲキ』と同時にカードの中へと吸い込まれていく。
そして、その二枚のカードはまさに川を流れるかのようにそれぞれのドロップゾーンへと飛んでいった。
「僕はこれでターンエンド! メリルさんのターンだよ!」
「言われなくても! 私のターン、ドロー!」
メリル
マナ0→2
手札4→5
メリルさんがデッキから一枚、カードを手札に加える。
すると、その口にフッと小さな笑みを浮かべた。
「ラッキーね。私は2マナを使って、『無名の釣り人』を召喚するわ!」
(知らないカードだ……)
笑う理由がわからない。
戸惑う僕を前に、メリルさんのバトルゾーンに麦わら帽子を目元まで深く被った男が現れた。
マナ2→0
手札5→4
『無名の釣り人』
コスト2/水属性/アタック1/ライフ1
【効果】
①このユニットがバトルゾーンに出た時に発動できる。自分のドロップゾーンからコスト2以下の水属性ユニット1体をノーコスト召喚する。
「『無名の釣り人』の効果を発動! 自分のドロップゾーンからコスト2以下のユニットを1体ノーコスト召喚できる! 私は『川流れのハッチ』をノーコスト召喚するわ!」
「えぇっ!?」
メリルさんがそう言ったかと思うと、『無名の釣り人』が手に持っていた釣り竿の針をドロップゾーンに向かって投げた。
そこから一枚のカードを引っ掛けると、それを自身の隣に引っ張り上げた。
こうして、僕の前に再び水浸しの少年――『川流れのハッチ』が現れた。
『川流れのハッチ』
アタック1/ライフ1
『ガード』
「せっかく倒したのに!」
「残念だったわね。これで私はターンエンドよ!」
こんなにすぐ出てくるなんて。
がっかりした僕を見て、メリルさんは気分が良さそうにターンを終わらせる。
その時だった。
「あっ」
相手のバトルゾーンに並んだ二枚の青いカード。
それを見たことで、僕はようやく思い出した。
ガバッと顔を上げて、僕のターンを宣言してからデッキの上をめくる。
その中で、僕は、何回も何回も思い出したことを忘れないように頭の中で繰り返した。
(そうだ! 水属性が得意なのは――たくさん召喚することと、たくさんドローすることだ!)
ユニットを召喚すれば召喚するほど、水属性のデッキは強さを発揮する。
そう言っていたクロハル君の言葉を思い出した僕は、ひたりと背中に暖かくない汗を感じた。
(こ、このままたくさん召喚されたら……)
危ないかもしれない。
負けるかも、しれない。
そんな弱気になった心を、無理矢理に振り払う。
ならば、と僕は自分を奮い立たせた。
(とにかく、ユニットをいっぱい倒せば大丈夫なはず!)
僕の使う火属性のデッキは攻撃とバトルが得意な属性だ。
やるだけのことはやろう、と自分の手札を見ながら僕は決意した。
「僕のターン、ドロー!」
アルス
マナ0→2
手札5→6
「僕は2マナを使って、『火炎のメーラ』を召喚!」
マナ2→0
手札6→5
『火炎のメーラ』
アタック1/ライフ1
『速攻』
「そして、『火炎のメーラ』でもう一回『川流れのハッチ』に攻撃だ!」
『火炎のメーラ』
アタック1/ライフ1→アタック1/ライフ0
『川流れのハッチ』
アタック1/ライフ1→アタック1/ライフ0
『ガード』の効果がどういうものかは、クロハル君とのバトルでもうわかっている。
だから、僕は帰って来た『川流れのハッチ』をもう一回ドロップゾーンに飛ばした。
バトルによってライフの少ない『火炎のメーラ』も飛んでしまった。
けども、
「よし! 相手のユニットをバトルで破壊した!」
僕はこの時をずっと待っていた。
『火炎のメーラ』がいなくなってから、手札のカードを相手にも見えるように表向きにする。
そうしてから、僕はカードの効果を発動した。
「僕は手札にある『炎の導師マーズ』の効果を発動するよ!」
「『炎の導師マーズ』……?」
知らないカードだったのかな。
メリルさんがこてん、と不思議そうに首を斜めにする。
だけど、僕は嬉しい気持ちを我慢しながら、そのカードを自分のバトルゾーンに召喚した。
手札5→4
『炎の導師マーズ』
コスト5/火属性/アタック3/ライフ3
【効果】
①自分ユニットが相手ユニットをバトルで破壊した時に発動できる。このユニットを手札からノーコスト召喚する。この効果は相手のターンでも発動できる。
②このユニットがバトルゾーンに出た時に発動する。自分のバトルゾーンにいる全てのユニットのアタックを+2する。
「このユニットは相手のユニットをバトルで破壊した時に、手札からマナを使わないで召喚できるんだ!」
「な、なんですって!?」
「さらに、『炎の導師マーズ』の効果を発動! このユニットがバトルゾーンに出た時に、自分のバトルゾーンにいる全てのユニットのアタックを+2できる! この効果は『炎の導師マーズ』にも使えるよ!」
僕のバトルゾーンに出た赤いローブを着た眼鏡をかけた若い男の人――『炎の導師マーズ』がその手に持っていた赤い本を開く。
すると、その本から出た赤い光が、『炎の導師マーズ』の体を包み込んだ。
『炎の導師マーズ』
アタック3→アタック5
「い、いきなり、強いユニットを出してくるなんて……」
「これなら、どんなユニットを召喚されても怖くない! ターン、エンド!」
僕のターンが終わって、メリルさんのターンが始まる。
(負けたくない……!)
強いユニットをバトルゾーンに出せた。
でも、僕の心はバクバクと激しく動いたままだった。
2022/7/30 大幅に色々と修正しました。
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