第14話 来訪者、現る
この世界に来て、随分と長くなった。
相変わらず俺はアルスと一緒にバトル三昧の毎日を過ごしている。
自分で言うのもなんだが、この街にもかなり馴染めたと思う。
その証拠に、最近は街の人たちが俺のことを『マネーハンター』なんて呼ばれているくらいだ。
「よう、マネーハンター」という感じでいつも人たちから話しかけられている。
最初の頃はあんまり気に入らないあだ名だったけど、金の亡者なんて呼ばれるよりはマシか、と割り切った。
ただ、最近は「お金持ってるけどバトルするかい?」といった感じの人が増えた。
なんだかペット扱いされてる感じがしなくもない。
「じゃあ、俺は少し行ってくるよ」
「わかった。気を付けてね、クロハル君」
「おう」
俺はカードを漁るアルスに別れを告げ、拠点にしている店の出口へと向かう。
目線を合わせたヤツは一人たりとも逃がさん。
宿代や食事代、カード代やその他の生活費。
それのために今日も元気にマネーハントしなくちゃあならない。
そう決意した俺は、いつものように街に繰り出した。
☆☆☆
クロハル君が店を出てからしばらく経った。
朝のカードショップはやっぱり人が少ない。
店員であるレオさんは商品を整理したり、デッキの調整をしたりといつもの仕事をやっている。
カードを漁り終わった僕は空いていた席に座ると、テーブルの上に自分のデッキを広げた。
「うーん……どうすればいいのかなぁ」
いつもならば、一緒にいるクロハル君にデッキを見てもらって。
それでデッキを改良したりしている。
けども、クロハル君はお金のために外に行ってしまった。
今日は僕一人でデッキ作りをしなくちゃいけない。
(あれも入れたいけど……これも入れたいなぁ……)
うんうん、と頭をたくさん捻らせる。
だけど、そうすればそうするほどに頭の中がグルグルとこんがらがってしまう。
そんな僕のところに、レオさんがやってきた。
「やあ、アルス君。今日は一人でいるなんて珍しいね」
「あ、レオさん。おはようございます。クロハル君ならバトルしに行っちゃいましたよ」
「あぁー、今日のクロハル君はマネーハンターなんだね」
レオさんがクロハル君のもう一つの名前を言いながら苦笑する。
(マネーハンター、かぁ)
ちょっとだけかっこいい。
「で、アルス君は何をしてたの?」
「あ、えっと、デッキを強くしたいなって思ってたんですけど……」
「なるほど。良かったら少し手伝おうか?」
「えっ、いいんですか!?」
レオさんは店員さんだから他のお仕事もあるはずなのに大丈夫なのかな。
そんな僕の心配を余所に、レオさんはにっこりと笑った。
「僕は大丈夫だよ。この時間はまだ子供たちも来ないからね」
助け船だ。
助け船が来てくれた。
僕はよろこんでその船に乗り込むことにした。
「ならよろしくお願いします!」
「はいはい」
僕の前にレオさんが座る。
それから、レオさんはジッと広げられた僕のカードを見た。
「ううん……コストのバランスも悪くないし、ユニットとスペルのバランスも悪くない、か。としたら……」
「ど、どうですか?」
悔しい。
けど、僕はデッキを作ったり、改良したりするのが苦手だ。
だから、今は他の人に助けてもらいながらやっていくしかない。
しかし、レオさんの顔は少しだけ難しそうな顔になっていた。
「うーん。今のところは特に大丈夫そうに見えるけどねぇ」
「そうですか?」
「まあね。いつもクロハル君に見てもらっているんだろう?」
「は、はい」
「なら、大丈夫じゃないかな。あの子はかなり『キング オブ マスターズ』に詳しいからね」
正直、僕以上じゃないかな、とレオさんが笑う。
その言葉を聞いた僕は、やっぱりクロハル君はすごい、と思った。
クロハル君と初めて出会ったのは、森の中だった。
街に行く途中の道で、知らない男の人にバトルを挑まれた。
だけど、僕はお父さんからデッキを貰った嬉しさで興奮したまま、何も知らずにバトルしてしまった。
その結果。
僕はその男の人に負けて、大事なデッキも取られてしまった。
もうダメだ。
そう思った時、そこに現れたのが他でもない。
クロハル君だった。
――おい、バトルしろよ
あの言葉は、今でもよく覚えている。
それから始まった知らない男の人とクロハル君のバトルは、すごいという言葉しか出てこなかった。
冷静に相手の動きを見て対応し、隙を見せれば逃さずに攻める。
初めて見る本格的な『キング オブ マスターズ』のバトル。
だけど、僕が一番にすごいと感じたのはやっぱり――クロハル君が最後に見せた『苦鳴の龍ベルギア』を使った大逆転だ。
その時の展開。
その時の動き。
その時の流れは、今でも僕の中に強い憧れとして焼き付いていた。
――僕もいつか、クロハル君みたいな強いマスターになりたい。
その想いを胸に、今まで僕は頑張ってきた。
今日も、そのために頑張ろうと思っている。
だからこそ。
こうしていつもクロハル君がやっているように、僕もデッキを改良してみようとした。
しかし、現実はそう簡単には行かなかった。
「あんまり力になれなくてごめんね、アルス君。僕もデッキ作りが得意だったりすれば良かったんだけど……」
「いえいえ、そんな!」
レオさんが悪い、なんてことはない。
むしろ、ごめんなさいをしなきゃいけないのは、他人に頼ることしかできない僕の方だ。
そう思っていた僕に、レオさんは優しく話しかけてきた。
「クロハル君は他に何か言ってたかい?」
「うーん、クロハル君からはお前はバトルの経験が足りない、って言われたんですけど……」
「なるほど。……確かにそうかもしれないね」
レオさんがうんうん、と頷く。
どうやら、レオさんもクロハル君と同じ意見を持っているみたいだ。
「僕もアルス君のバトルはよく見てるけど、クロハル君みたいな強い子たちに比べたらまだ粗い部分があるからね」
「えっ、そうなんですか!?」
初耳だ。
僕はそのことをもう少し詳しく聞いてみることにした。
「あの、粗い部分っていうのは?」
「そうだなぁ。色々とあるけど、まずはスペルカードかな」
「うっ」
レオさんが言ったこと。
それは、前にクロハル君が僕に言ったことと同じことだった。
「アルス君がスペルカードを使うところはあんまり見たことがないんだよね。だから、スペルカードを上手く使えるようになれば、クロハル君ともいいバトルができるようになるんじゃないかな」
「そう、ですかね?」
「僕はそう思うね」
もう少し、頑張らなきゃいけなさそうだ。
色々とアドバイスをくれたレオさんに、ありがとう、と頭を下げる。
そうやって話が終わった時のことだった。
「おっ?」
「ん?」
不意にドアの開く音がした。
クロハル君が帰って来たのだろうか。
そう思った僕は頭を上げ、ドアの方を見た。
すると、そこにいたのは、
(あれ、誰だろう?)
知らない女の子だった。
僕と同じ、いや、僕よりも身長は少し高い。
怒っているように見える青色の目もちょっと怖い。
だけど、一本に結んだ水色の髪は流れるように揺れていて、少し綺麗だった。
「えっと、君は……」
レオさんも知らないみたいだ。
女の子のことを見ながら、ちょっと難しそうな顔をしている。
そんな僕たちを余所に。
お店の中に入って来た女の子は、あちらこちらと見てから僕に話しかけてきた。
「ここにクロハルって人は来てないのかしら」
「……えっ?」
この子はクロハル君の友達なのだろうか。
いやでも、クロハル君から女の子の友達がいる、なんて話は聞いてない。
そう思った僕は、恐る恐る蒼い女の子に話しかけてみた。
「えっと、その、クロハル君がどうかしたの?」
「あれ。あなたクロハルって人のこと知ってるの?」
「う、うん」
知ってるも何もクロハル君は僕の友達だ。
それを伝えると、そう、とだけ答えた女の子は――いきなりデッキを僕に向かって突き立ててきた。
「私の名前はメリル・サーシュトリア。あなたにバトルを申し込むわ!」
えっ。
「えぇ!?」
まだ、僕のデッキはテーブルの上で広げたままだ。
バトルの準備なんて全然できていない。
と、混乱しそうになった僕は、ふと思った。
(これは、チャンスかもしれない!)
バトルの経験を積むために。
今よりももっと強くなるために。
急いでデッキをまとめた僕は、そのバトルを受けることにした。
2022/7/30 色々と修正しました。
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