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『キング オブ マスターズ』  作者: 大和大和
~スタートカラーズ・セットアップ~
11/70

第11話 敢闘賞と貸し





 あれから、奇跡の大逆転……などが起こるはずもなく、バトルはつつがなく終わりを迎えた。

 結果はもちろん、俺の勝利だった。


「あーあ、負けちゃったぁ。やっぱり、クロハル君は強いね」

「そうでもないぞ。俺だって途中で『火炎少女エリナ』を出された時は流石にヤバイ、って思ったからな?」

「本当?」

「あぁ」


 こんなことで嘘言ってどうなるよ。

 ガックリと肩を落としたアルスは、しかし、「次こそは負けない」とすぐに立ち直ると、散らばったカードをデッキへと戻していく。

 俺も同じようにカードを集め、それらを整えてデッキに戻した。


(……あ、そうだ)


 綺麗にまとめたデッキをケースに仕舞う。

 それから、俺は使えそうだと分けておいたカードの中から二、三枚のカードを抜いた。


「アルス、これいる?」

「え、なになに?」


 丁度デッキを整え終わったアルスが、俺の手からカードを受け取る。

 そして、渡されたカードを見るや否や、目の色を変えた。


「こ、これ、クロハル君が当てた珍しいカードじゃん!? いいの!?」

「まあ、頑張ったで賞って感じかな。色々と俺も助けてもらったし」

「本当に!? 本当にいいの!?」

「俺からのお礼ってことで。ありがたく使ってくれ」

「やったー!」


 さっきまでの落胆ぶりはどこへやら。

 カードを受け取り、一気に有頂天になったアルスはすぐにデッキを広げた。

 精々悩みたまえ。

 それもカードゲームの楽しみの一つだ。


(俺も昔はあんな感じだったな……)


 あれじゃないこれじゃない、とカードを抜き。

 やっぱ違う、と抜いたカードをまた入れる。

 そうやって試行錯誤するアルスの姿に、ふと始めたばかりの頃を思い出した。


 ……あの時の俺も、ああいう風にデッキ一つ作るのに物凄く悩んでたな。

 かつての俺の姿をアルスに重ねた俺は少しだけ。

 本当に、少しだけ笑みがこぼれそうになった。




 ☆☆☆




 アルスがデッキ作りを始めてからしばらくして、閉店の時間になった。

 外は夕焼けが黒くなりつつあって、もうすでに店内に人気はない。

 カウンターの前に立ち、俺とアルスは揃ってレオさんに頭を下げた。


「今日はありがとうございました」

「ありがとうございましたー!」


 俺は知らずに箱を強請(ねだ)ってしまった謝罪を含めて。

 アルスは特に深い意味もなく、別れの意味を込めて。

 それを受けたレオさんは朗らかに苦笑した。


「どういたしまして、って言えばいいのかな?」

「いいのかな? って俺たちに言われましても……」

「明日また来てもいいですか?」


 俺とアルスの反応が違いすぎるッピ!

 でも、レオさんはすでに答えを決めていたようで。


「ありがとう、と言いたいのはこっちかな。君たちのバトルは見てて面白かったからね。明日も是非来て欲しいな」

「そ、そうかな?」

「俺に聞くなよ……」


 レオさんの言葉に俺とアルスは顔を見合わせる。

 そんなに変なバトルでもしていたのだろうか。

 心当たりはないんだが。

 そんな俺たちの姿を見て、レオさんはおかしそうに笑った。


「ははっ、二人揃ってそんな不思議そうにしないでよ。あんなにドキドキするようなバトルはここの店じゃあ初めてだったからね」

「はぁ、なるほど」


 いかん。

 相槌が適当になってしまった。


「今度はさ、子供たちの相手もしてあげて欲しいな。みんな君たちのバトルが気になってたようだからね」

「それはもちろんですよ。な、アルス」

「うん!」


 俺はどうだかわからない。

 とりあえず、子供たちを相手にする時は多少の手加減くらいはしてもいいだろう。

 アルスは初心者同然なので、子供たち相手でも問題なくバトルできると思う。


「じゃあ、俺たちは失礼します」

「また来まーす」

「そうかい。なら、明日も楽しみにしてるよ、二人共」


 レオさんが笑顔で送ってくれる。

 店内の自動ドアの前。

 そこで立ち止まった俺たちはその場で振り向くと、改めて頭を下げたのだった。




 ☆☆☆




「ねえねえ、クロハル君。今日は楽しかったね!」

「そうだな」


 帰りの道中。

 街灯の明かりが強く感じる程に暗くなった街の中を、俺とアルスは並んで歩いていた。


「さーて、これから僕は宿を探さないと。クロハル君は?」

「……え?」


 アルスの言葉に、ピシリと俺の思考が止まった。

 宿。

 宿。

 ……宿?


(あっ、そうだ! ここは日本じゃないじゃん! 俺の家ないじゃん!)


 失念していた。

 というか、キンマスをやるのが楽しくてすっかり忘れていた。

 そうだ。

 ここは日本じゃない。




 ――この世界に、俺の家はない。




(ど、どうしよう)


 この世界では日本円は使えないだろうし。

 寝る場所や食べ物など、必要なものは全て自分の力で用意しなくてはならない。

 そんな自分の現状を、今、思い出した俺は、心の中でがっしりと頭を抱えた。


(うわあ、ヤバイ。マジでなんも考えとらんかった!)


 フッと湧き出た不安が、一気に俺の心に流れ込んでくる。

 俺はどうすればいいのだろう。

 頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。

 その時だった。


「ねえ、クロハル君。大丈夫?」

「……んえ?」


 立ち止まった俺の顔を、アルスが覗き込んでくる。

 そこで俺は、不意にあることを閃いた。


(そうだ! 今の俺には友達がいるじゃないか!)


 念のために言っておくと、日本にいた頃も友達はいた。

 なんなら女の子の幼馴染もいた。

 が、困ったときの友達ほど、心強い存在はいない。

 ならば、頼ろう。

 覚悟を決めた俺は、一歩離れ――手を合わせながらアルスに頭を下げた。


「すまん! 俺も宿に連れてってもらえないでしょうか!」

「えぇ?」


 突然のことに、アルスも動揺していることが手に取るようにわかる。

 でも、こうしなきゃいけないんだ。

 なにせ、今の俺は家無し。

 そう。

 ホームレスみたいなものなのだから。


「お金が必要ならなんとかして返すから!」

「えっ、お金なら大丈夫だと思うけど」

「…………そうなの?」

「うん」


 お父さんとお母さんからいっぱい貰ったから、と。

 そう話すアルスの顔が、何故か、天使の顔のように俺には思えた。


「今日だけでいいので俺も一緒の宿に泊めてもらえないでしょうか! お願いします!」

「わ、わかった。じゃあ一緒に行こう! クロハル君!」


 ありがとう。

 本当に、ありがとう。

 それしか、言葉が見つからない。


「今回のことは貸しにするから! 絶対に返すから!」

「わ、わかったよ! わかったってば!」


 困惑するアルスに向かってただ頭を下げ続ける俺。

 もうアルスに足を向けて寝られないし、頭を上げることもできないだろう。


 こうして。


 その日。


 俺は、自分の現状――『キング オブ マスターズ』の存在が当たり前の日本じゃない世界に来てしまったことを思い知らされたのだった。




2022/7/30 少しだけ修正しました。


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