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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋慕と執着の一冊

作者: 霞秋霞

拝啓 お会いすることも叶わぬ貴方へ

 

 わたくしは後悔しています。ほんの気まぐれで、貴方様の著書を手に取ってしまったことを。かつての私は学もなく、かろうじてひらがなを読むのが精一杯でございましたが、貴方様の著書を読むために必死に勉強してついにはこうしてお手紙を書くこともできるようになりました。

 長い時間を費やしました。いったいどれほどの涙を流したことでしょう。貴方様の著書の美しさ、心に響く内容だけではありません。どうしても、貴方様の生き様と、命を落とすことになった原因と、そして今現在お会いすることもできないのが、諦められないほどにむず痒く、苦しいのです。

 貴方様の著書の一読者でいられたならば、どれだけ楽だったことでしょう。

 

 貴方様は、わたくしの中で特別な人になってしまいました。

 

 時を戻すことができない事を恨み、信じてなどいなかった神に悪態をつき、貴方様を手にかけた既に亡き人物に呪詛を吐くようなこの感情を、わたくしは恋とは呼びたくはなかったのです。

 ああ、文豪である貴方様であれば、無学なわたくしと違いこんな感情も美しく、もしくは刃物のような鋭さに、その文字によって形作ってくれたことでしょう。ますます、同じ時代に生を受けることができなかったことが悔やまれます。

 文頭では後悔していると申しましたが、感謝の気持ちもございます。

 高校進学すら危ぶまれたわたくしが、貴方様の著書がきっかけで沢山の本を読み、勉強をし、ついには大学進学まで決まったのですから。

 貴方様にはいくら祈っても出会うことのないこの世界でも、もう少しだけ、貴方様の生きた痕跡に触れる機会があるのならば、生を諦めずに済むかもしれません。

 

 もしも黄泉の世界というものがあるのならば、近いうちに貴方様とお逢い出来ることを祈ります。

 

  敬具

 

 貴方様の100年後を生きていた女学生より



―――


「それで。姉さんの遺体が大切に握りしめていたというのはこの手紙なんですね?」

「ああ……悲惨な話だよな。会ったこともない人間の後追い自殺か」

警察官は眉ひとつ動かさずに言い切った。慣れたもんだ、と言わんばかりである。

僕はどうも納得がいかなかった。

「そんな、本を読んだだけで命を投げ打つだなんて。姉さん余程の馬鹿だったか、本に呪いがかかっていたとしか思えない」

「おや、君はこの本の呪いにかかったと思うのかい、君の姉さんは?」

「それは、だって───」僕は口篭った。

登校拒否をし、本など読めず、引きこもっていた姉。その姉が突如取り憑かれたように、辞書を片手に文学書を読み漁り始めた時は相当驚いたが、その様子は確かに「幸せ」を感じている顔だったからだ。

「幸せが、人を殺すのですか……?」僕はやっぱり納得いかなかった。

「ははははは!!!」警察官は突然笑いだした。なんて不謹慎なやつなんだ、と僕は警察官を睨みつける。

「ま、まあまあ、そう怖い顔をしないでくれよ、弟くん。ただね、ちょっと考えて欲しいんだ、僕はこの事件を担当する警官だよ?まさかまさか、被害者が『幸せ』だったなんて、口が裂けても言えないさ。ただね」

急に声を潜めた警察官につられて、僕も小声になる。

「ただ、なんです?」

警察官は、ぽつりと言った。

「彼女が絶対に叶わぬ恋を叶えるため、唯一の活路を見つけた結果がこれならば、彼女をただ憐れむのも違う気がしてね」

僕はもう何も言い返せなくなった。彼女が幸せだったとは口が裂けても言えない、などと言いながら、遺族に対してこんな話はするのか。まったくデリカシーというものはないのか。という怒りはもちろん、姉の心からの恋慕を死へ誘う本の呪いだと思い込んでしまっていた自分への羞恥が渦巻いた。

「僕、姉さんの部屋、片付けないとなので」

それだけ絞り出すと、僕は家路を急いだ。後ろから警察官がなにか言っていたようだが、振り返る余裕もなかった。姉さんの馬鹿。なぜ死んだ。そう聞くことが出来ない今の自分は、絶対に会えないものへの執着は、

「それでもやっぱり、これは呪いだ」

人は生きていく限り、きっと様々な呪いに晒されて生きていくことになるのだろう。

僕もたった今、呪われた。姉を殺した本を、その作者を、既に復讐も叶わぬ亡き相手をどうにかしてやりたいというどうしようも無い呪い。

たとえそれが姉さんにとっては幸福な結末だったとしても、僕は許せないというどす黒い執着に支配されていた。

姉さんにかかった呪いよりも、相当呪いらしい呪いではないか。僕はもう、どこにいるかも分からない。恋慕の呪いと執着の呪いが行く先で、きっとまた、あの文豪の著書を思い出すだろう。

初めまして。霞秋霞かすみ しゅうかと申します。

本作は初執筆のオリジナル短編小説でございます。

皆様は、本を読んで、あまりに大きな感情を持て余したことはございますか?

または、実際に足掻いて足掻いて、フィクションの世界に近付こうとして、燻り続ける欲望に胸を焦がされたことは?

本作は、短編ながら、一冊の本に取り憑かれる2人を描きました。少しでも、彼らの心情を伝えられたら……また、皆様にかかる呪いが幸せなものであることを祈って、初作のあとがきとさせていただきます。

お読みいただき、ありがとうございました。

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