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駅のトイレには注意が必要

作者: 天野建

 これはまだJRが国鉄と呼ばれている頃の話。

 駅は今とは違い、構内はどこか薄汚れて、改札は改札鋏(かいさつはさみ)で切られた切符の破片が何千と巻き散らかされている時代。


 当時、ゆり子は小学3年生だった。

 今時期のお盆の頃、田舎にお墓参りに行くのが毎年の行事だ。

 今年も例にもれず、千葉の田舎へと向かう為、最寄りの新小岩駅へとやって来た。

 ゆり子の田舎はここの駅から快速で2時間かかる。

 その為、駅で必ずトイレに行ってから電車に乗るようにしていた。


「お母さん、トイレに行ってくる」


 この日もいつものように母親の手を放し、1人トイレに向かった。


「トイレ、トイレ」


 南口改札から階段を下りた左側の通路にある、いつものトイレ。

 勝手知ったる場所。ゆり子は大きなつくりの階段3段を駆け上がった。


 いつもならそのまま、個室が空いていれば、躊躇なく足を進め、用を足す。

 しかしその日、ゆり子はトイレの入り口でぴたりと足を止めた。


 真っ白なタイルで作られたトイレ。個室は3つ。手洗い場は2つ。

 この駅のトイレはここ1つ。いつも誰かしら利用しているのに、今はいない。


(おかしい)


 実はゆり子には両親や兄、その他の人が視えないものが視えた。今までもそれで怖い思いをしていた。

 その自分が入るのを躊躇ってしまう。

 それはつまり。


(すごくすごく嫌な感じ)


 異様に白さを感じるトイレを眺めつつ、ゆり子は悩んだ。


(絶対何かいる)


 電車に乗り込む前の最後のトイレでなければ、即逃げ出すだろうレベルの嫌な雰囲気。

 しかしここでトイレに入らなければ、ずっと電車内でトイレを我慢しなければならなくなるかもしれない。


(やっぱり入ろう!)


 背に腹は代えられない。

 ゆり子は悩んだ末、勇気を出してトイレに足を踏み入れた。

 そして念のため個室一つ一つ、異常がないか確認した。特に何もいず、異常はなかった。

 が、背筋を駆け抜ける警告は強まるばかりだ。


(でも、我慢するのはいやだ)


 その思いから、ゆり子は真ん中の個室へ入った。

 そしてスカートの下から素早く下着を下げて、和式便座にしゃがみ込む。

 その間も周りからの気配は強まって行く。


「やだやだ」


 ゆり子は泣きそうになりながら、個室の天井を見回す。

 隣から覗き込んでいるものもいない。


(いない)


 気配はあるもののそれに安心して、ゆり子はしゃがんだ顔の前にある白いタイルの壁に視線を戻した。


 瞬間。

 目と目が合う。


 ぎょろりぎょろりと動く目玉。


「ひっ!!」


 思わず漏れた悲鳴。


「けへへへへへ!!!!」


 壁の顔が低く笑う。


 ゆり子は最速で立ち上がると、乱暴に下着を上げて、個室を飛び出した。

 がくがくする足を叱咤し、懸命に出口に向かう。

 とそこに、3歳年上の兄が階段を上がって来た。


「ゆり子、遅いから迎えに来たぞ」

「兄ちゃん!」


 ゆり子は、泣きそうになりながら、兄の胸に飛び込んだ。

 兄に会えてこれほど嬉しかった事はなかった。

 ゆり子は、兄の胸にしがみつきながら、ほうっと息を吐いた。


 しかし次の瞬間、ゆり子は、身体を強張らせた。


(今日田舎に行くのは、私とお母さんだけじゃなかった?)


 兄は所属する野球チームの試合がある為、父と後から来る事になっていた筈だ。


(じゃあ、今私を抱いているのは、誰?)


 ゆり子の全身に鳥肌が立った。

 それでも最後の力を振り絞り、兄まがいの者を、思い切り突き飛ばした。


「放して!」


 相手も不意打ちだったのか、戒めは簡単に解けた。

 しかし反動でゆり子の身体も後ろに大きくよろめいた。

 ゆり子は足を踏ん張り、体制を立て直し、すぐにトイレの出入り口に目を戻した。


 しかしそこに誰の姿もない。

 ゆり子は忙しく視線を動かす。

 右、左、上、下。


(いなくなった?)


 確認すれど、いるのはゆり子だけ。

 再度確認するが、いない。

 それがわかって、どくどくと鳴る心臓を手で押さえた。


「よかったあ」


 と、安心した刹那。


「ざあんねえん。ひひひひひひ」


 そう耳元で囁く低い低い男の声。


「ひ!」


 再び硬直する身体。

 聞こえた右耳に視線だけ動かせど、誰もいない。

 ゆり子は全身冷や汗をかき、立ち尽くした。

 逃げろと思えど、もう足が動かない。


(もうだめ!)


 ゆり子は絶望に震えた。




 けれど、その時間は長くは続かなかった。

 なぜかはわからないが、急に場が緩んだ。

 それと同時に、人が1人2人とトイレに入って来る。

 呆然と立っているゆり子を余所に皆個室に入って行く。

 それはいつもの光景。いつもの雰囲気に戻っていた。


「はあ」


 ゆり子は、それに本当に安堵した。

 そして。


「早くしなきゃ」


 当初の重要な目的を果たすべく、個室へと再び入った。


「ふう」

 

 ゆり子は階段を駆け下り、トイレを振り向いた。


「駅は繋がりやすいのかも。注意しよう」


 そう呟きつつ、ゆり子は母親の下へと駆け出した。


最後はほっとするように、少しほのぼの要素を入れたつもりですが、上手くいったでしょうか。

少しでも気に入って、評価やブクマ、ポチっとしてくれましたら、すごくすごく励みになります。

よろしくお願い致します!

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