人狼騎士×少女 / 王宮
■12 変身■
「ほぉ~こりゃ、馬子にも衣裳って奴だな」
「ちょっとそれどういう意味?」
「その通りの意味だ」
サラの持ってきた、シンプルな白ドレスに袖を通したライラは、自分の姿に顔を赤らめた。一年前に、王宮で開かれた音楽会の為にしつらえたものだという。
「似合っているわよ」とサラは微笑むが、農村育ちの彼女は、このような華奢な服など着たことが無かった為、着ているとなんだか背筋がぞくぞくしてきた。それに、自分より数歳も年下の子の服がぴったりと合うというのも恥ずかしかった。
「これ、ほんとに着てかなきゃダメなの?」
「あぁ、ドレスコードってやつだよ」
「でもダンはコートで行くんでしょ?」
「俺の場合は、このバッチがドレスコードだ」
そう言うと、彼はスーツの襟に着けた騎士の証である金色のバッチを見せた。
人を小馬鹿にしたような彼の態度にムカッときたライラは、意地悪そうにグローブを頬に付けると「包帯はドレスコードじゃなくって?」と彼に訊ねた。
しかし、ダンはそれを鼻で笑うと、足元の荷物の中から一枚の紙を取り出して、彼女に手渡した。
「なにこれ?」
それは、どうやら騎士団員募集の張り紙のようだ。
そして、その右下には……キャッチ―にデフォルメされた狼の顔が描かれていた。
「残念だったなライラ。この街じゃ、俺の顔のことを知らない奴は居ねぇ。なんたって、俺は王都騎士団の広告塔だからな」
「へ?」
目を点にして固まってしまったライラを尻目にダンは得意げに語り始めた。
彼が人狼になってしまったのは、十年ほど前。当時の王国は現在よりも治安が悪く、都から離れた東部山岳地方や南部砂漠地方では、諸侯同士の小競り合いが度々起きていた。そして、騎士であるダンは、紛争を止めるために何度か中央から出兵していた。
しかし、ある戦いのさなか、敵兵に居た魔法使いに呪いをかけられ、人狼の姿に変えらてしまったのだという(ちなみに、ダンいわく、呪いと魔法の違いは、魔法辞典に記載があるか否かだそうだ)。
人狼に成れ果てた彼は、しばらく騎士団を休隊すると、王国各地を廻って呪いを解く方法を探し回った。
一向に解呪法が見つからない上、世間から軽蔑と奇異の目に曝され、精神も肉体も疲弊していった彼が諦めかけたその時、友人の一人が彼に言った。
「自分の姿を変えられないのなら、周囲の意識を変えてしまえばどうだ?」
友人の言葉を聞いた彼はすぐに騎士に復帰すると、付き合いの長かった当時の副団長に「この姿でも、人々の為にできることはないか」と相談したそうだ。
「丁度その頃は騎士団員が不足していて、騎士を増員する必要があったんだ。副団長は何かインパクトのある宣伝方法は無いかと、悩んでいる途中でな。タイミングが良かった」
「それが……これ?確かにインパクトはあるけど……」
ライラが当時の副団長の判断に懐疑的な態度を示すと、それに答えたのは、十年前は未だ騎士団に居たサラだった。
「ま、何もしないよりはマシだってね。まさか、こんなに市民が受け入れてくれるとは、思わなかったけど」
「俺が一番驚いてるよ」
ダンが肩を竦めると、卓で朝食を食べていた娘のエレナがと何かを思いだしたように「あ!」と声をだした。
「父さん。父さんが人間だった頃って、どんな顔だったの!?」
「どうしたんだいきなり」
「だって、私、その顔のお父さんしか見たことないもん。どうなの?かっこよかった?」
「そりゃあ、男らしい美丈夫さ。なぁ、サラ?」
同意を求めた彼に対し妻は顎に手を当ててしばらく考え込むが、やがてぽつりと「やだ。思い出せないわ……」と呟いた。
予想外の反応に眉を垂れ下げて困り顔になるダンの肩をライラが叩いた。
振り向くと、彼女が笑いをこらえている。
「ぷふふ、美丈夫……ねぇ?」
「う、うるさいな」
彼は膨らんだライラの頬を強く掴むと、罰が悪そうに「さっさと行くぞ!」と椅子を立った。
「痛い痛い!放してよ!」
家を出る二人を見送りながら、エレナは母に訊ねた。
「本当にお父さんの顔、覚えてないの?」
「さぁ?……でも、まぁ、男らしかったのは本当かもね」
■13 ジジィ■
都の玄関口、汽車駅から伸びる大通りを西へ進むと、小高い丘の上で市街地を見下ろすように建てられた王宮に突き当たる。
白い大理石で造られた王宮が持つのは、王の邸宅という役割だけではない。官庁や学校、庭園といった公共施設を備え、朝から夕までの間で千人以上が出入りしている。
番兵に挨拶をして荘厳な正門をくぐると、水と緑が美しく配された庭園がライラの目を輝かせた。この庭園からは、市街を囲う城郭が見えない造りとなっており、開放的で清々しい気分になる。
絨毯のように広がる芝生、左右に彫刻像が並んだ大水路、噴水を設けた泉水を横に見ながら進んで十数分、やがて二人は王宮の入り口へとたどり着いた。
田舎の大自然に囲まれて育ったライラは、着慣れないドレスで洗練された庭園を歩き、どうにも落ち着かない感じを覚えていた。
「ダ、ダン。大丈夫かしら、私、変な風に見られないかな?」
「あん?……別に変でも無いが」
「そ、そうかな?なんか、通り過ぎる人の視線を感じるんだけど……」
「俺だろ」
「……あ、うん。そうだった」
二人が王の執務室へ向かって廊下を歩いていると、背後からダンを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、そこには砂漠の上空で彼と別れた騎士・ユートが手を振っていた。先に王都に着いていた彼は、今はもうコートを脱いで軽装に身を包んでいる。
「よう、待ってたぞ」
「ああ、すまん。ジジィは?」
「中庭だよ」
「中庭? 何故?」
「さぁな。あの人の考える事なんて分からんよ」
すると、ユートは、ダンの背に隠れて物静かに佇む黒髪の少女に気づいた。ダンにも娘は居るが、髪の色も何もかも記憶と全く違う。
「その子どもは? 知らん顔だが」
「昨日、砂漠で保護した子どもだ」
「え? なんでそんなのを王宮まで連れてきたんだ? さっさと憲兵に引き渡して、そこで終わりだろ?」
「事情が変わったんだよ」
「なんだよ事情って」
「……ジジィに報告する時、一緒に話すよ」
そう言ってダンは歩き出す。ユートは首を掻きながら、横に居る白ドレスの少女に、なんとはなしに話しかけた。
「あー……お前……平気か? アイツのことだ、色々あったろ」
「え? まぁ。うぅん、このドレスは気持ち悪いけど」
「いや、そういう事じゃあ、無いんだけどな。人狼には驚かないのか?」
「ええ、犬って可愛いじゃない?」
「……ん? アイツが?」
「うん。 顔だけだけど」
「……ホントに、平気か?」
「ちょっと、どう言う意味よそれ」
王宮には泉を中心として緑と水で幾何学模様を描いた中庭があり、関係者の憩いの場となっている。
まだ朝も早く人はほぼいなかったが、ダンは噴水の近くに佇む三人の影を見つけた。
鮮やかな青空色の衣を纏った白髪の老人。
女性用の軽装備を着た眼鏡の女性。
栗色の髪と赤い瞳を持った褐色肌の男児。
ユートとダンが老人の側に寄ると、彼も気づいたようだ。
二人は身を正し、凛とした態度で彼に敬礼をした。
「ダン、およびユートの二名、ただいま特務を終え帰還いたしました」
「お主らか。任務ご苦労、待っていたぞ」
浅く焼けた顔に皺を作って柔和に笑う彼こそ、
民や諸侯には名君。親しい者には変人と呼ばれる、
ヒューム朝当主・マナ王国国王、イシュである。