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少女×人狼騎士×家族 / 王都

■10 サラ■


 汽車を降りた二人は、その足でダンの家へと向かう。

 

 ウリム島沿岸に位置する城郭都市である王都。

 

 壁に守られた都の内側には煉瓦造りの建物がひしめき合っており、開放的なカラデシュの港と比較すると、どこか窮屈な感じがある。

 

 しかし、建築物や道路は非常に奇麗に整備されている上、その町並みは対称性と秩序を持って造られ、この街を計画した王の几帳面さが如実に現れている。


 王都の玄関口である駅から、まっすぐ一本伸びるメインストリート。その先にあるのが、マナ王国の主イシュ・ヒュームの王宮である。


「わぁ……大き……くは無いわね」


「王都の中にしちゃでかい家だ。ど田舎と一緒にするな」


 さて、ダンの家は大通りから少し外れた居住区域にあった。

 

 広大な畑を持つ農家のライラからすれば、その家はうさぎ小屋のように小さく思えるのも無理はないかも知れない。

 

 しかし、王都には共同住宅に暮らす者も多く、庭なし2階建てでも彼の家は平均以上の大きさなのだ。


 ダンが玄関ドアに括られた鐘を鳴らすと、ドタドタと階段を降りる音の後、エプロンドレスの婦人がドアを開けて二人を迎えた。


「はいはい。こんな朝早くどちら様……」


 少し寝ぐせのついた金色の髪を整えながら応対した彼女は、ダンの姿を見ると目を丸くした。

 

「あれ、あなた!?嘘、今日だったっけ?」


 この碧眼の女性こそダンの妻・サラ。張りのある声と、快活な雰囲気をまとう女性だ。

 

 女性にしては筋肉質な体つきをしているが、それは彼女が元々騎士だったからである。


「あぁ、手紙出しただろ。エレナはまだ寝てるのか?」


 ダンはむしろ娘に早く会いたいといった態度で妻に訊ねる。

 

 しかし、彼女は神妙な顔で口を噤んだまま押し黙っていた。

 

 まるで、見てはいけないものを見てしまったような。

 

 妻の不思議な態度に、ダンは頭の毛をかいて笑った。

 

「ん?どうした?久しぶりの再会に言葉も出ないのか?はっは」


「……誰の子?」


「え?」


「その黒髪の子は誰の子よッ!この浮気者ぉッ!」


 彼女はそう叫ぶと、勢いよく扉を閉めた。


「ちょ、ちょっと待った!誤解!誤解だ、サラぁ!!」



■11 エレナ■



 朝の王都はとても静かだ。

 

 海岸に打ち付けるさざ波は大きな壁に消されてしまうし、物流の関係上この街では大規模な朝市は開かれていない。

 

 ここは王都、まさしく王の街なのだ。王が活動を始める頃に街も動き出し、王が職務を終える頃、街も眠りにつく。


 そんな王都の朝に、珍しく賑やかな笑い声が響いた。


「はっはっは!そうだったのなら、そうだったで、最初に言ってくれればいいのに!」


「言う前に玄関を閉めたのは誰だよ……」


 誤解から不倫を疑われたダンであったが、その後、扉を挟みながら現状を説明し、宥め、謝り、褒め倒すことで、なんとか妻のご機嫌を回復させたのであった。


「それで、この子が、その攫われたって言う子ね……」


 ライラの話を聞いたサラは、言葉に詰まりながら「辛かったでしょう」と目を潤ませると、彼女を抱きしめ、乾燥して汚れた彼女の頬を優しく拭うと、彼女を家へと招き入れた。


「さぁ、入って頂戴。大丈夫よ。私と夫があなたを守ってあげるから。それに、この街はとっても安全なのよ?」


 黙って頷いたライラはリビングへと連れていかれると、そのまま木の椅子に座らせられた。サラはすぐに濡れた布巾を用意してきて、彼女の顔と手足を拭って汚れを落としてやった。

 

 ライラが少し照れ臭そうに礼を言うと、「お礼なんていいわ」と彼女は笑った。

 

 彼女はその顔に故郷の母を重ねた。小さい頃私の母も畑の土で汚れて帰ってきた私を布巾で優しく洗ってくれたと。


 そう言えば、母と父は今、何をしているだろうか。既に日が出て時間が経っているし、もう綿畑に出て作業している頃だろうか。

 

 父母は、学は無いが純朴で誠実な農民である。多くを望まず、代々の畑を守り、それを継いでゆくことを使命とする、平凡な農民である。

 

 彼らは、最初に『教育大臣の部下』が来た時、ライラを都会の学校に通わせることに消極的だった。もちろん、畑仕事の手が減るというのも理由の一つだが、それ以上に、娘の身が心配だったのだ。

 

 しかし結局、ライラは故郷を発った。一団の代表を名乗る伊達男の軽妙洒脱な話術の所為でもあるが、一番の理由は、彼女がそれを望んだからであった。田舎の子どもは、得てして都会の空気に憧れを抱くものなのである。

 

「都に着いたら、手紙を出してね」と母は言った。まさかライラが誘拐され、国を越えているとは夢にも思っていないだろう。自国の学校に通っていると信じているだろう。そのまま信じたままでいて欲しい。彼女はそう願った。

 

 彼らが真実に気づいて悲しみを味わうことになる前に帰るのだ。父母は純朴で誠実な農民だ。そんな彼らが不条理に遭っていいはずがない。

 

 騙されたのは自分だから、尻拭いも自分でする。そう思って彼らの手中から必死に逃げてきたのだ。しかし……


 彼がいなかったら、今頃私は、どうなっていたのだろうか?ライラは隣で身体を拭うダンを見た。


 すると視線を感じたのか、ダンは鼻先をライラに向けると、何かを思い出したように、声をあげた。


「そうだ。サラ、押し入れにエレナの服があっただろう?ライラをこれから王宮に連れて行くんだが、それなりの服を用意しないといけなくてな」


 確かにそうね、とサラは頷いて、布巾を絞りながらライラに微笑みをかける。


「アナタ背が小っちゃいから、探せば多分丁度いいのあるわよ」


「エレナって?」


「娘の名前。ちょっと待ってて、持ってくるから」


 バケツを持って部屋を出て行くサラを見送る彼女の目が少し輝く。

 

「なにか変な事考えてないか?」


「いいえ?……なんにも?」


 汽車に乗っていた時から、彼女は密かに期待していたのだ。


 人狼の娘は、一体どんな姿なのだろう?どんな物語も、大抵人狼は男として書かれており、想像ができない。

 

 それに、ダンは首から上が完全に狼なのだが、エレナという子も、同じなのだろうか?

 

 狼娘なのだろうか?

 

 どんなモフモフが!やってくるのだというのか!?

 

 胸を弾ませる彼女の下に、遂にその時がやってきた。

 

 階段を降りてくる小さな足がちらりと見えた。

 

 その足の主は、ダンの姿をみると、ドタバタと音を立てる。

 

「お父さん!おかえり!」


「おぉ、エレナ!ただいま!」


 親子の二年ぶりの再会である。ダンは走り寄ってくる娘のエレナを抱きかかえて喜んだ。先ほどまでの仏頂面が嘘のような腑抜け顔である。

 

 エレナも嬉しそうに彼の狼顔をわしわしと撫でまわす。


 砂漠でライラがそうした時は鬱陶しいと切り捨てた彼だったが、娘にはされるがままである。いや、二年ぶりに会えた最愛の娘になら、なにをされても文句は言わないだろう。

 

 しばらく喜びに浸っていた二人だったが、ふと、エレナは見知らぬ女の子の存在に気づき、キョトンとした顔で「お父さん、その子は?」と訊ねた。


「ちょっと仕事の都合で、隣の国から来てもらったんだ」とライラのことを伝えると、彼女は父親の腕から離れ、ライラの座る椅子の近くにまでやってきた。


「初めまして、私はエレナ。アナタは?」


「ライラよ……よろしく」


 しかし、どうも彼女の様子がおかしい。それはまだ幼いエレナにも分かるほどだった。

 

 とても悲壮的で、どこか絶望の混じった、虚ろな顔をしている。

 

 彼女はライラの腕を撫ぜて、「どうしたの?どこか悪いの?」と優しく訊ねた。


 ライラは、自分の為に心配してくれる幼い子どもの手を取ると、唇を噛み締めた。


「……狼娘じゃあ、ないんだ」


 金髪の少女は目を点にして父親の方を振り向く。

 

 頬を濡らす彼女に、ダンは呆れて肩を落とした。


「だから、俺は人間だって」


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