人狼騎士×少女 / 港街
■6 港街 ■
「そろそろ、目的地のカラケシュに着くぞ」
マナ王国は、大陸の西端に位置する沿岸国である。
東に標高2000mを越すタウロス山脈を抱え、大小様々な運河が流れる内陸北部と、大きな砂漠地帯を擁する南部、そして海運の要衝として様々な都市が発展している沿岸部で構成された商業国家だ。
中でも北部沿岸に位置し、王国を横断し「大運河」と呼ばれるブラン川河口に栄えるカラケシュと言う港街は、多国籍の商船が錨を下ろす国際都市であり、王国の経済的中心地。
ダンは手綱を握ったまま竜の首辺りの方角を指す。
未明の時間だというのに、カラケシュの街には未だ無数の明かりが灯っている。この街自体が灯台のような役割を果たしているのだ。彼のコートの中から顔を出した彼女は、見たこともない夜景を見て、わっと感嘆の声を漏らした。「すごい……これが、マナ王国の"王都"?」
「いや、違う。カラケシュは王国の玄関口だ。王都はこの街から伸びる大橋を渡った……ほら、暗いが、西の方に見えるだろ。あの島の中にある」
彼が指したのは、カラケシュ港沖に浮かぶ島であった。島の名前はウリム。カラケシュとは巨大なアーチ橋で結ばれている。
「じゃあ、何故ここで降りるの?」
「王都の上空を飛べるのは、国防上の理由で騎士団員だけだが、俺は厳密には騎士団の所属ではないからな。カラケシュで降りて、残りは汽車で向かう」
「汽車!?汽車ってあの!動く馬車でしょ!?」
「あぁ……うん? 馬車は動くが?」
後で説明してやるか、そう思いながらダンは徐々に高度を落とし、街外れにある騎士団の駐屯地へと降り立った。騎竜はそこの営舎で飼育されている。ラストもダンが仕事でアスラ王国へ向かうに当たり、カラケシュの騎士団から借用していた騎竜だった。
深夜ではあったが、先に到着していたユートが便宜を図ってくれたのだろう、ダンとライラが竜から降りると、数人の騎士が営舎から出てきた。
ダンは厩務係の騎士にいくらか銀貨を手渡すと「こいつらはよくやってくれたから、これでいい餌を与えてくれ」と頼んだ。ここからは徒歩移動となるため、しばらくの間ラストとキックスとはお別れだ。騎士は敬礼をし、手綱を引いて竜と馬をそれぞれの厩舎へと連れて行く。
彼が二頭を見送っていると、一人の騎士がダンに話しかけてくる。
「お久しぶりです、ダンさん。ユートさんからお話は伺っています……そちらが遭難者ですか?」
「ああ、だが少し事情が変わった。これからすぐ王都に向かう。橋は、夜だが渡れたか?」
「この時間であれば、貨物車が出ていますが……一度、営舎でお休みになられた方がいいのでは?」
「包帯を巻き直すのが面倒だ。ユートは?」
「ダンさんなら一人でも大丈夫だと言って、さっさと王都の方へ向かわれました」
「ふん、アイツらしいな」
■7 夜襲 ■
結局、ダンとライラは営舎には入らず、正門の前で騎士に見送られながら基地を出た。薄暗いカラケシュの街を抜けていく二人。行き先は王都へ繋がる、巨大なターミナル駅だ。
「本当に包帯はいいの?」
「昼なら巻き直したが、今は夜だ。誰にも見ないだろう。それに……」
「それに?」
「顔が蒸れる」
「ああ、納得だわ。でも、彼らはアナタの顔に驚かないのね」
「昔、カラケシュの騎士団にいた頃、俺もあそこで暮らしてた。見知った奴らだ」
「じゃあ、泊まって行けば良かったんじゃない?」
「お前の件は、あまり大事にしたくはない。それに、もたもたしていたらお前を追っている連中に追いつかれるかもしれん」
その時、ダンの鼻がヒクヒクと動く。軽い舌打ち。
「……敵は思ったより随分と仕事が早いようだな、ひぃ、ふぅ、みぃ……めんどくせぇな。ライラ、この路地に入るぞ」
そう言ってダンはライラの手を取って路地に入るが、そこは袋小路。
「ちょ、ちょっと、ダン。これ以上行けないけど」彼女は慌てて指摘するが、ダンはずいぶんと余裕そうだ。
「挟み撃ちにされるより、こうやって来る方向を絞って『返り討ち』にしてやる方が楽だ」
「なるほど、腕に自信があるってことね」
「あと、あまり顔を見られたくない」
「じゃあ巻きなよ。包帯」
「だから蒸れるって言っただろ」
「出会った時は巻いてたのは何だったの?」
「空は涼しいからいいんだよ」
その時、路地の入り口の方から、男の下卑た笑い声が聞こえてきた。
「キヒヒ……なんだお前ら、仲間割れかぁ、おい」
ライラは咄嗟に声の方を向くが、暗闇で何も見えない。
「娘が竜に乗って逃げたと連絡があったんで、わざわざ憲兵団の営舎の近くで張っていたんだぜ?」
「お前らは誰だ?」
「お前、何も知らずにソイツと一緒にいるのか?……いや、まぁ当然か。証拠を残したり、俺の尾行に気づかずにこんな袋小路に入るような雑魚だもんなぁ?」
まるで的を射ていない彼の挑発にダンは呆れて笑ってしまった。
「タバコの事か?それとも竜が飛ぶ時にできた波紋か?……証拠を消す必要なんてねぇんだよ」
一気に訝しげな表情に変わる男。
「のこのこと追いかけてくるような奴らなら、とっ捕まえて、話を聞いたほうが早いだろう?」
「……はッ!国家の犬が。話も聞けないようにしてやるよ」
男は懐から細身の曲刀を取りだして、ダンに差し向ける。しかし、彼はその珍しい武器に少し眉を上げただけで、怖れる素振りはない。
「だ、大丈夫?……ダン、よく見えないけど、今、刃物が光ったような」
それでも幼いライラには、この状況は酷く恐ろしいように思えてならない。彼女はダンの背に隠れるように身を縮めた。
「これでも元憲兵団の騎士。足音の消し方も知らんようなゴロツキ程度、何人いても負ける気はしない」ダンがそう言ったのは、彼女を安心させる為でもなんでもなかった。
「おい、お前の後ろにいる二人も一緒にかかってこいよ」
「……何言ってんだお前」
「一人一人相手するのがめんどくせぇっつってんだ。俺は早く家に帰りたいんだよ」
「はぁッ!?て、てめぇ……ッ!」
あからさまな挑発。しかし男はピクピクと眉間を震わせると、後ろに待機させていた仲間を呼び寄せた。ダンの言う通り二人。
袋小路を塞ぐように並んだ彼らは得物を構え、時機を見計らうようにじりじりと二人へと迫る。
しかし、ダンは武器を出す素振りさえ見えない。
何故か。
こんな雑魚相手には、拳骨だけで十分だからだ!
「要るのはガキだけ。デカブツの男はどうなっても構わねぇ!二人共、やっちまうぞ!」
「おう!」「了解!」
彼の叫びを皮切りに、一斉にダンへ襲いかかる三人!
「ふん、しばらく実戦から遠ざかっていたが、肩慣らしにゃ丁度いい!」
久しぶりの戦闘に昂ぶるダンの目が鋭く光った。