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人狼騎士×少女 / 月下砂漠③

■ 4 人狼 ■


「アナタ……人狼なの!?」


「い、いや、これは……!」


 ダンは咄嗟に解けた包帯に手を伸ばした。


しかし、慌てて震える手では上手く巻き直せず、むしろ包帯はスルスルと顔から外れていき、やがて立派な狼頭が顕わになった。


 しまった──彼は目を瞑った。


 この顔はできるだけ()()()には見られたくないのだ。その為に包帯を巻いている。


 だがそれは、狼の姿であることで奇異の目に曝されることや、差別されることを怖れてのことではない。民間人に無駄な恐怖心を与えてしまう事を避ける為だ。


 自分の事をよく知っている王都の人々や騎士団員、それに家族ならば問題ないが、見ず知らずの、それも他国の少女・ライラにとってはさぞ恐ろしい姿だろう。


 現に、アスラに駐在している間、何度か彼女くらいの年の子どもに泣かれた事があった。その時は結構落ち込んだ。


しかし、再び瞼を開いた彼の目に入ってきたのは、恐怖に涙の浮かんだ子どもの姿ではなく、まるで砂漠の夜空を写しているかのようにキラキラと輝く、ライラの瞳であった。


「すごいっ!初めて見たわ!おとぎ話の中にしか居ないと思っていたの!」


彼女はダンに近寄ると、包帯からはみ出た頬の毛をワシっと掴み揉み込むように手を動かした。


「うわっ!もっふもっふ!ほんとに本物?キグルミじゃなくて?」


「ちょっとなんだ!その反応はッ!想定外だ!」


「手のひらには肉球付いてるの?尻尾はッ?」


「どっちも付いてない!身体は人間だ!いや、俺は人間だッ!」


 息を荒立たせながら狼の頭をこねくり回す彼女に対し、狼狽した彼は遂に「やめろッ!毛並みが乱れる!」と調子外れの言葉を吐いた。

 

 しかし、その言葉は意外にもライラの琴線に触れたようで「あ、ごめんなさい……手入れは大事よね」とよく分からない納得をすると、彼から手を引いた。


 ダンは荒くなった呼吸を落ち着かせるためにタバコに火を着け、一服する。この数分間でどっと疲れが溜まってしまった。


「いきなりごめんね。でも私、犬が大好きなのよ。しょうがないでしょ?」


 手を合わせて謝る彼女に「ジジィみたいな反応しやがる」と呆れたダンは、再び腰を下ろした。


「ジジィ?」


「こっちの話だ。まぁ、俺の顔が狼だろうと、お前には関係ないことだ。とにかく、『動物と会話できる』なんて摩訶不思議な力はともかく、奇妙な組織に誘拐されたことは本当だな?」


 彼女は「ええ、本当よ」と頷いた。

  

「なら、俺と一緒に王国の都まで来てもらう。これは国際問題に発展しかねない事件だ。俺だけでは判断できん」


 実際、農村で発生した誘拐事件などそれほど大事ではないのだが、彼女を誘拐した奴らがこの国の人間であると言うのならば話は別だ。少しまずいことになるかもしれない。それに、その組織の目的というのも気になるところだ。こんな娘を攫って、一体何をしようと言うのだろうか?


 しかし、彼の考察など知ったことではないライラは「やっぱり、家には帰らせてくれないのね」などと呑気な事を言っている。


「今、お前が帰ったら家族を危険に晒すことになる。おとなしく保護されておけ」


「……分かったわ」


「よし、じゃあ休憩は終わりだ、竜に乗れ、このまま飛んでいくぞ」


「キックスは?」


「竜だぞ?馬の一頭や二頭……いけるよな?」


 ダンが騎竜の翼を撫でると、竜は力が抜けたようにフンと鼻を鳴らした。

 

「コイツ、なんか言っているか?」


「『ちょっとキツイ』って」


「帰ったらいい餌を食わせてやるって伝えてくれ」


「『フィレ肉が食べたい』って」


「馬鹿言うな。俺の給料がすっからかんになるだろ」


「それも伝える?」


「……いや。不貞腐れても面倒だ」



■5 陰謀の欠片 ■



 ダンがライラを連れて砂漠を飛び立ってから数刻の後、タキシードに身を包んだ二人の男が、彼らの休憩していた丁度その場所で馬を止めた。


 その内の一人、髪を後ろに流し、丁寧に揃えられた口ひげを蓄える地黒の男が、貧相な顔の小男を顎で使うと、小男は慌てて馬から降りて地面を丁寧に確認した。


「ピュロス様。やはり……ここです。馬の足跡はここで途絶えています」


「うむ。『追尾魔法(マーキング)』の消えた位置とも、ほぼ一致する。アポリア、他に手がかりは見つかったか?」


 どうやら、二人はライラを誘拐した組織のメンバーであるようだ。彼女の逃走に気づいた後、彼女と馬に付けていたマーキングを追っていたのだが、それは何者かにかき消されてしまった。

 

 アポリアと呼ばれた男は、注意深く目を凝らしながら周囲を隈なく歩き回ると、白い砂に混じる黒焦げの物体を見つけた。


 彼はすぐにそれを摘み上げて顔の近くまで持っていくと、スンスンと鼻を動かした。


「何だそれは?」


 伊達男が訊ねられた小男は、眉を顰めながら手に入れたモノを彼に手渡した。


「タバコですな。しかも、まだ新しい」


「ふん、小娘を手引した誰かが、落としていったに違いないな」タバコの吸い殻を掲げて見た男は、ふと馬上から月明かりに照らされた砂漠を見ている内に、あることに気がついた。「なんだ?この砂漠の波模様は……」


 春も終わり、今日も落ち着いた風の日であった。しかし彼の周囲の砂だけが奇妙に波立っている。

 

 まるで、強い風でも吹いたような……「いや違う、これは……竜だッ!あの娘、竜を使って逃げたのだなッ!」


 怒りを含んだその叫びに小男は肩を震わせた。


「竜!?……そんな、竜って言ったら……!」


「アポリア!王都近くに居る仲間に連絡しろ!俺はカロン様に報告する!」


「わっ、分かりました!」


 伊達男は、ダンの落としていったタバコの吸殻を握り潰すと、月を背にして、暗い北の空を睨みつけた。


「娘が騎士の手に渡った!我らの計画が明るみに出る前に、取り返せ! ()()く神の名の下に!」



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