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人狼騎士×少女 / 月下砂漠

■1 月下人狼 ■ 


 月下、二頭の騎竜が砂漠の空を北へ向かって翼を広げている。


 春の終わりは竜に跨って風を切るのが気持ち良い季節だが、錆色の騎竜を繰る男は物憂げな雰囲気を漂わせていた。


「まったく、半年だけだという約束だったのに、何故二年も他国に駐在する羽目になったんだ?」


 そう言って溜息をつく男は風除けの帽子を深く被り、ミイラのように顔を包帯で覆っている。その包帯の下によほど隠したいものがあるのだろう。

 

 どうやら彼は同じような愚痴を何度もこぼしているようで、並走する鈍色の騎竜に乗った大男は、またかと鼻を鳴らして笑う。

 

「それだけお前が、あっちの王侯貴族に気に入られていたってことだ。外交としちゃ上出来だぜ?」


 話を聞く限り、二人は任期を終えて自国へと帰還中の外交官であるようだ。

 

 彼らが羽織っている深緑の防寒用オーバーコートの立ち襟の奥に、竜の紋章が彫られたバッヂが月明かりを反射して光っている。

 

 それは竜への騎乗を許された者、即ち国王に仕える騎士である証だ。


「ユート、俺は王都に妻と娘を置いてきているんだぞ?半年だけの出張だって言うもんだから」


「それが仕事だ。それに、あの王様のことだ、どんな勅命が有っても不思議じゃない」


「はぁ……妻になんて言われるか」


「サラか?」


「ああ、何を言われるか、分かったもんじゃない……ん?」


 意外なことにミイラ男は妻帯者であるようだ。


 帰った後、妻に詰められることを想像した男が肩を落としたその時だった。


 彼は砂漠の真ん中に不自然な影を発見すると、手綱を引いて竜のスピードを落とし、ホバリングの体勢を取ると、同僚の男に素早く連携。


「待て、約5Km先、砂漠の真ん中に人と、馬がいる。一人と一頭」


「旅商か?」


「確かに馬は重種だが、このあたりに交易路は通っていないし、夜に動く商人は居ない」


「んなら、旅人」


「いや、人間の方は女だ。遭難者の可能性が高い」


「どこか街に降りて、憲兵に報告するか?」


「近い街で一時間はかかるな……俺が保護した方が早い。お前は先にカラケシュへ行って、騎士団に報告を」


 ミイラ男がそう指示すると、男は鼻を鳴らして「了解」と言うと、竜の腹を蹴って、再び北へと飛び出した。


「ま、女にはきいつけろよ、"人狼"」


「ふん。俺は人間だ」


 彼は遭難者の救助のため、竜を急降下させた。


 強い向かい風を受けた顔の包帯が少し解け、首を覆う固い被毛が、月光を受けて銀色に輝いていた。



■2 月下少女 ■



「ありがとう、キックス。迷惑かけちゃって」


 茫々たる砂漠を、外套に深く身を包んだ少女が馬に乗って南へと進んでいる。


 非常に小柄で、身長はせいぜい140そこらと言ったところか。

 

 少なくとも、夜に馬を走らせるような年齢の女ではないことは確かだ。

 

 加えて、キックスと呼ばれた馬は、その巨躯を見るに、恐らく馬車引き専門の重種馬で、騎乗して走らせるような馬ではない。


 どちらにせよ彼らには何かしら込み入った事情があると伺える。


 彼女がたてがみを撫でると、馬は返事をしたかのように、ぶるっと鼻を鳴らした。


「お母さん、お父さん。待っていて、今すぐ帰るから」


 頬に固まった砂埃を拭い、彼女は南の空に煌々と輝く月を見上げた


 月光を浴びた赤い瞳が鈍く光る。


 ふと、その瞳が月光を遮る謎の影を捉えた。



 あれは、何?



 しかし、それは瞬く間に肉眼で捉えられる距離まで接近してくる!



 あれは……竜だ!



「逃げて!」



 謎の竜の接近に、少女は咄嗟に手綱を引いて踵を返すと、影から逃げるように馬を走らせた。



 砂を撒き散らしながら全力疾走する馬だが、馬の脚が竜の翼に敵うはずもない。



 彼女達はすぐに回り込まれ、大きく広げられたその翼で進路を絶たれてしまった。



 驚いて荒ぶる馬を鎮める彼女。不意に竜の背に乗った男の瞳が琥珀色に輝いた。



 顔に包帯を巻いた不審な大男だ。



 眉間に皺を寄せ睨む少女に、彼は落ち着いた渋い声で「そう警戒するな。俺はこの国の騎士。お前さんを保護しに来ただけだ」と言った。


「私は早くこの砂漠を抜けなきゃいけないの」ぶっきらぼうにそう言うと、手綱を強く握りしめる少女。

 

 彼女の言葉に引っかかりを覚えた男は眉を顰め「無理だ。お前の装備じゃこの砂漠を抜ける前にくたばっちまうぞ」と忠告する。


「それに、この砂漠の向こうはアスラ王国だ。通行許可証は?」


 アスラ王国とは、男が今しがたまで駐在していた国。この王国とは同盟国に当たるが、もちろん移動の自由などは存在しない。

 

 関所を通らずに国境を渡った場合は"不法出国者"。有無を言わさずに投獄される。


 しかし、少女は彼に背を向けて黙ったまま、月を見上げている。


 拉致があかない。彼は深くため息をついて「さぁ、俺と一緒に来るんだ。お前の街は何処だ?家まで送ってやる。馬もな」と顎で北を指した。

 

 少女は月から目を離すことなく、静かに答えた。


「私はアスラの国民よ。それに、家くらい一人で帰れるわ」


 男は耳を疑った。

 

 砂漠のど真ん中に少女が一人、なんて事態で既に面食らっていたが、他国の人間だと?


 正規のルートで入国したのか?いや、子ども一人で渡航は無理だ。


 そもそも、何故、こんな娘が夜中に国を抜けようとしている?

 

 もしかして逃亡奴隷か?いや、国家間での奴隷貿易は禁止されている。


 本当にアスラの国民なのか?


 彼の脳内で、様々な疑問が瞬く間に湧き、渦を巻く。が、何も判然としない。

 

 一つだけはっきりと分かることは、彼女の存在が完全なるイレギュラーだと言うことだ。


 しかし、彼が、そのように動揺を見せた瞬間。


 ほんの僅かな隙を見逃さなかった少女は、馬の腹を強く蹴って、強行突破での逃亡を図った!

 

「キックス!逃げるわよ!!」


 馬は声高にヒヒンと鳴くと、彼女の命令に答えるように、身を翻すと全速力で駆けた!


 ……いや、駆けようとしたというのが正しいか。


 逃げようとした瞬間、彼女たちはまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまったのだ。


「……え?」


 狼狽する彼女。腕も、脚も、脳が動けと命令しているのに、逃げようとする意志があるのに、動かない。


「すまんな。さっき目が合った時、ちょっとした魔法をかけさせてもらった」


 男は首の被毛を掻きながら竜から降りると、手綱を握る少女の手首を捕まえて言った。


「俺はダン。悪いが、お前を家に帰す訳にはいかなくなっちまった」



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