若さの秘訣
これは、現代の街の片隅で占い業を営む1人の女性の話。彼女の行う占いは顔相占い。人の顔を見て占うというのです。今日はどんなお客様が来るのでしょう。
俺の名前は若松優太。この歳46で会社では課長を務めている。俺は昔から実年齢より若々しく見られていたから自分に自信があり、会社に入ってからも体を若く保つために生活してきた。食事や運動、睡眠はもちろん、時には通販の栄養剤なども飲んでいた。おかげで今では若課長と呼ばれるくらい若々しく見られるらしい。街を歩けば若者と勘違いされて客引きや宗教によく声をかけられる。
「そこのお兄さーん」
今日も声をかけられた。だが俺は応じない。例え声をかけられても応じず大人の余裕を見せる、それが俺のスタイルだ。
「そこのかっこいいスーツのお兄さん」
「ん?」
いかん、つい反応してしまった。まあ、断ればいい話だ。
「占い、1回どうですか?」
「悪いけど興味無いので失礼するよ」
「1回無料ですよ。どうですか?」
「無料か、それは気になるが、あまり占いは信じないものでね」
「私、変わった占いをしてるんです。顔相占いって聞いたことあります?」
「顔相?なんだそれは」
「顔というものは人間の中の1番のメッセンジャーなんです。だから、貴方の顔を見ると色々なことが分かるんですよ」
「なるほど、それは興味深い。1回無料なんだろ?」
「もちろん!気に入っていただけたなら何度でも占います!」
「よし、1回だけだぞ?後で金を払えと言われても払わないからな?」
「もちろんです」
彼女はそう言って俺の顔を見つめている。ただ見ているのではなくしっかり一つ一つ顔のパーツを見ているようだ。髪から顎の先までしっかりと見ている。
「まあ、なんとも若々しい顔ですね。実年齢より全然若々しく見えますね」
「そうだろ?俺はかなり顔と体にはこだわってるんだ。そこらの若いものには負けんぞ。で、なんで実年齢が分かるんだ?」
「簡単な話です。いくら顔の筋肉を鍛えたりしてたるみを防ぎ、髪色や毛量に拘っても隠しきれないところがあるんです。それが目尻です」
「目尻?でも、じっと眼球を見てなかったじゃないか」
「顔はたくさんの筋肉で出来ています。だから顔が老いて見えるのは目尻の下がりからなんです。顔の筋肉の衰えが少しでも見えるということは、言わずとも身体も必然的に衰えてるんです」
「なるほど、そういうことなのか」
「対人において顔というのはとても大切なものです。しかし多くの女性は顔のパーツより清潔感を求めます。まずはその髪の毛、整えたらいいですよ」
「たしかに、少し古臭いセットの仕方かもしれないな」
「あと、筋肉を女性はよく見ています。筋肉があると必然的にかっこよく見えたり、頼れる人に見えるのです。デスクワークで動く機会なんてないとおっしゃるでしょうけど、週数回ジムに通ってみてはいかがですか?」
「僕きもそれは考えていた。よし、そうしよう!」
「いい報告待ってますよー!」
俺はその後ジムに契約した。そこでトレーナーの人のレッスンを受けながら試しにと思ってトレーニングをしてみた。するとどうだ、会社での俺の評価が少しずつ上がっていった。いつも若々しく見えてたのに今はもっと若く見えるなんて言われて、街を歩けば声をかけられてばかり、契約を取る時も相手側からかなり好印象、あの占い師、ただものではない。今度もう1回占ってもらおうかな。そう思っていると会社の最寄り駅でまた彼女に出会った。
「こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
「おお!あの時の!君のおかげで毎日がさらに楽しくなったよ!街を歩けば声をかけられ会社の部下や同僚には若々しいと言われてもう最高の日々だよ!」
「それは良かったです。しかし、あまり続けず程々にした方がいいですよ。人は年相応に歳をとるのです。だから、あまり抗わないのが身のためですよ。」
「それはどういうことだ?」
「言葉の通りです。気をつけるんですよ。」
そして彼女は去っていった。どういうことだ、彼女が勧めてきたことなのに辞めるべきだなんて。こんなにも素晴らしいと思っていたのに辞められるか今更。俺はこれからも死ぬまでこの生活を続けるぞ。
しかし、そんな若松にも自分の生活に違和感を感じるようになった。
「それでさ〜」「あー分かるわ〜」
「君達、何の話だい?」
「あ、課長!今流行りのスイーツについて話してたんです!」
「おお、それは僕も食べたよ。美味しいよね。」
「わかりますか!流石課長!若い子の心が分かりますね!素敵です!」
「はは、ありがとう。」
俺は確かに若々しく見られるようになり今はすごく楽しい日々だが、何故だ。何故か違う気がする。そうだ、自分と歳の近い者たちと話が合わなくなった。部長や取引先との接待で話せなくなったんだ。しかし、今の生活を捨てるには。
そしてある日、若松は給湯室での女性社員の話を聞いてしまった。
「若松課長ってさ」「あー、なんかあの若くいようとしてる人?」「なんかさ、気持ち悪くない?いくら見た目若くても歳はね。」
「分かる、無理に若い子についてこうとする感じね、痛いよね。」
そうか、俺はそんなふうに見られていたのか。
現実を知った若松は会社に行くのが億劫になり、3日ほど有給を取った。そこで自己嫌悪感を紛らわすためパチンコやキャバクラに通い、若い風貌から夜の店に通ったりもした。
そこでミサという女性に気にいられ、アフターと言って食事に誘われたのだった。
食事の後、ミサにホテルで休もうと言われ、ここぞとばかりに気合いを入れた若松であったが、シャワーを浴びた後若松を見たミサは恐怖に震えたのだ。
「わ、若松さん…?イヤー!」
「え、ちょ、ミサちゃん、ミサちゃん!」
ミサは服を着て手早く部屋から出ていった。
若松は自分の姿を鏡で見てみると、そこには自分とは思えないほどに老けた人物が立っていた。自分の肉体と引替えに肌や髪などが衰えていたことに気づいてなかった若松は、自分の姿に驚愕した。顔にはシワが沢山刻まれ、髪はまばらに生えているのみで誰もが思う年寄りの顔立ちであった。
「これが…俺…?」
「人間というものは年相応に心身ともに年齢が刻まれるものなのです。だから皆さんも若作りするにも程々にしてくださいね。ウフフフフ」