本戦
予選と違い、数十台のモービルが並ぶ光景に、呆気にとられてしまった。
「随分絞られたんだな」
「と言うより、今回は予選突破した数が少ないからよ」
「ああ、なるほど」
本来ならもっと多いはずだが、今回は大半が走行不能で突破すら敵わなかった。
「一晩だけど対策されているかもしれないよ?」
「大丈夫、パワーアップさせてるから、な?」
「うん」
リリスの腕には新しい腕輪状のデバイスがあった。
「どんなデバイスなの?」
「操作のスピードを補助する効果と、魔力をかき集める効果があるデバイスだよ。
元々回復力は高いし、操作は難なく熟せているから問題ないように思える。
でもそこまで魔力が無いのと、殺さないように気をつけて速さが失われることが多い。
そこでデバイスで補助することで素早く能力を使えるようにしたんだ」
相変わらずチートのような能力だが、しっかりと能力を見極め、問題点を見つける。
そしてそれを解決する方法を見つけ創り出す。
今はまだ下層メンバーの立場だが、これから指導する立場になればかなり重宝される存在になるだろう。
(もし、この子が貴族と縁を持ち、古い慣習を立て直すことが出来たら…)
ふとクルルはあり得ないことを考えてしまった。
(ないない)
特に上級貴族はぶ厚い壁で仕切って、中で済ませようとしている。
今さら改革何て不可能な話だ。それに絶対的な能力差が…
「お、あそこにいるのポーラ達じゃね?」
トウヤが指を指した先には彼らのマスターがいた。
「同じギルドのメンバーで応援したい気持ちはあるが、勝負は勝負。
ちゃんと割り切って怪我しないことだけ祈っておこう。リリスも大丈夫?」
「うん、その為に頑張ったんだから出来るよ」
「よし、上出来だ!」
意気込む二人を見てクルルは自分も気を引き締めた。
「準備OKだって。そっちもどう?」
中から声をかけ連絡してきたのはルーだった。
「ああ、こっちも問題ない」
「周りも問題なさそうよ」
クルルことミオも周辺を確認し、スタートの確認をした。
「最初が肝心だから、上手くやってよ?」
「ああ、任せとけ」
トウヤとリリスは拳を握り合図すると、配置についた。
「あの子が…ミオ…かな?見覚えある?」
「常連じゃないと顔を覚えていないけど、そうじゃないかな?」
ポーラとアーニャは気取られないように監視していた。
金髪の少し癖のあるショートヘアー。見た目はやや幼い感じがするから十四~五歳と言ったところか?
ミオ・レンティーナ。アーニャが上級貴族かもしれないと思う人物だ。
昔の記憶を呼び起こし、その時ミオと名乗った人物を思い出そうとするが、
やはり一見の客の顔を思い出すのは難しかった。
接客していた時は他と同じ、いたって普通の女の子で印象が薄い。
後に上級貴族の変装した姿だったと知り、肝が冷えたことだけは覚えている。
「やっぱり、上手く出来ないわね」
アーニャはカードを使い、勝利の呪いをかけようとしたが、やはり上手く出来ない。
「あのミオとナナの正体もそうだけど、呪いも使えないのも気になるわね」
「ええ、これはあの子たちに対してだったけど、結果は同じようね」
「となると大会全体で良くないことが起きるかもってことよね?」
「誰に対しても同じならそうでしょうね」
「いつまでも悩んでいても仕方ないわ。みんなにも通達したし、起きた時に考えましょ」
「はぁ…なんか今回役に立ってない気がする」
「そんなことないよ」(気にしてたんだ)
「ま、非戦闘員だからこんな時もあるか」
「そうよ、支援お願いね」
「ええ、わかったわ」
そう言うと、アーニャはモービルの中へ入って行った。
さて、どちらが上位入賞しても宣伝になる。
ギルドとしては複数チーム出ることでプラスにしかならないが、勝負事に手を抜くのは喜ばれない。
さらに本線はシードチームが複数存在する。そのチームの多くはこのレースに賭けている。
(ま、上手くいけばいいか)
やや楽天的な考えだが、それを願わずにはいられなかった。
「さあ、今回は異例中の異例。過去最少のチーム数で行われるワールドグランプリ本戦が始まるぞ!」
実況の声が響き渡り、街も会場もワイワイと人で溢れていた。
「まずはコースを紹介しよう」
画面にはサンドーラの地図が現れると、矢印が動き出した。
「まずはスタートから南へ延びるロングストレート。ここでスタートダッシュを決め走り抜ける。
モービルの出す圧巻のスピードで一気に駆け抜けろ!」
どうやら最初は予選に似たような感じになるようだ。
「そして現れるのが第一セクション!ここではモービルを止め、ボード、またはスケートでのみで走行する」
中は転移魔法で迷路のような場所に移動するようだ。
「そして抜けた先は第二セクション!メルン河を上る水上コース。
水しぶきを巻き上げ、波に乗りながら駆け抜けろ!」
ギアは耐水性で水上でも走ることが出来る。
モービルが起こす波によってコースに起伏が出来るのも攻略のポイントらしい。
「メルン河を抜けると第三セクション、砂漠の障害物コースへ入るぞ!」
自然の砂漠と風が造りだす広大な丘陵の他に、運営が設置した装置でテクニカルなコースになるようだ。
「そしてサンドーラの岩山の崖を通り、この会場がゴール地点となる。
やはり鍵となるのはどれだけエアーを残してラストスパートを迎えるか、
そして丘陵のコースで前のチームに追いつけるかだろう!」
後半は数十kmのロングストレートと会場に向かう連続の鋭角カーブとなっている。
「さあ!各チーム、スタートの準備は出来ているようだ!
まもなく!ワールドグランプリ本戦!開幕だ!!」
実況の叫びと共に会場は大きく盛り上がった。
「レディ?」
掛け声に合わせて身構える。この瞬間を間違えたら大惨事になる。
「ゴー!!」
本戦開始の合図とともに一気に上空へ飛んだ。
地面へ抑え込まれる感覚に耐えながら、周りを確認する。
案の定、飛ばなかったギアは操作を失い壁やギア同士で衝突していた。
同じタイミングで飛んだのは数台。いくつかのチームはこれを予見していたようだ。
同じことが同じタイミングでまた起こった。やはり人の、リリスの仕業だ。
「躱した!行くぞ!!」
ここから一気に加速し、追い上げる作戦だ。
急いで当人たちの居場所を確認すると、スタートで一気に駆け抜け、独走状態だった。
しかしモービルでこの距離は、さほど問題ではなかった。
「作戦失敗ね。所詮は子供の浅知恵よ」
アーニャは作戦の失敗を確信していたが、ポーラはそれが信じきれなかった。
「モニターを!急いで!」
ポーラの急な指示に戸惑ったアーニャは動けなかったが、代わりにリーシャが出した。
おそらくポーラと同じことを思ったのだろう。
「悪知恵が働きそうなのがいるんだ、あまく見るなよ」
モニターに映し出された猫のようなデザインをしたモービルを拡大する。
モービルの上に誰かいるようだった。
「…リリスと……トウヤ!?」
トウヤはこちらを指差しているようだった。
そして、トウヤの背中には翼の様な形をした魔方陣のようなものが見える。
「ファイゼン!特大の砲撃が来るぞ!!」
翼の様な形をした魔方陣から放つ砲撃魔法。ファイゼンにも心当たりがあった。