リリス・フランベール
「うわ!?なんだあの巨大な機械」
「はは、お前でもビビるか」
まだ数百mは離れているがかなり大きいと思える。特に四本の柱は印象的だろう。
「あれで…この子の能力が封印出来るんだな?」
「ああ。そうなるはずだ」
魔力の回復を防ぎつつ、能力を使わせる機械。リンシェンはそれを作り出した。
「あ、おーい!」
近づくと機械の中から人が手を振っている。ポーラだ。
それを見て、彼女がスッとトウヤの後ろに隠れる。
「大丈夫だよ。あの人も俺の仲間だ」
そう言い、背中を軽く押してあげる。
ポーラは魔法を使わずに階段を下りていた。
「もしかして起動しているのか?」
「そうみたいだな」
魔法を使わずに動いているってことは、そういうことだろう。
「無事だったみたいね」
「ああ。でもリーシャじゃなかったら危なかったな」
「生命反応はあるのに動かないってことは、そういうことかなって思ってね」
「じゃあ、うちは救助活動に戻るぞ」
「ええ、お願い」
リーシャはポーラに荷物を預けると、外へ向けて走り出し、飛んで行った。
「もしかして制御が間に合わなかったのか?」
「そ。だからこんなに大きくなったって言ってたわ」
「ま、急いでいたし上出来でしょ。他は救助活動?」
「ええ、私は操作方法だけ聞いてここで待ってたの。そして…あなたがリリスね」
「リリス?」
「この子の名前よ。前町長の遺品の中に子供の名前の候補があったの。そのうちの一つに印があったわ」
「り…りす?」
「そう、あなたの名前はリリス・フランベール。正式な婚約発表前だから母方の名前だけどね」
「でも前町長ってここの五年前くらいに亡くなったんだろ?その子供とは…」
「母親が魔族だからよ。魔族は数年身籠るらしいの。
だから逆算してこの子は前町長と魔族、サテラさんの娘と言う可能性は十分よ。
それと…写真が出てきたわ。お母さんにそっくりよ」
ポーラが差し出した写真には見知らぬ男女が写っていたが、女性はリリスによく似ている。
「そう…なんだな」
「り…りす、うあんぺーう…りりす…り…りす」
何処となく嬉しそうに自分の名前を言い続ける姿は、何かを感じ取ったのだろうか?
「さあ、中入って。言葉の練習は準備しながらでも出来るわ」
不安がるリリスを心配したが、中央の檻の近くには椅子が用意されていた。
普段マイペースで相手のことを気にしないリンシェンだが、
この椅子はリリスが不安がって暴れるかもしれないと配慮して設置したそうだ。
お陰でリリスと会話しながら待つことが出来た。
「りりす…とーや…りーしゃ…ぽーら…」
何度も名前を繰り返している。
初めにあうあう言っていた頃に比べると格段に喋れるようになってるのは魔族としての能力だろうか?
本来なら幼少期の二年で、人の生活に溶け込める程度の能力を身につけるのだから、普通の能力かもしれない。
「とーや、とーや」
「ん?どうした?」
「りりす…」
そう言うと森を指して首を傾げた。
「もしかして、これが終わったらあの森に帰るのか?」
この町では魔族に対して後ろめたさがある。
さらにたった一人となってしまったし、石化された被害者家族もここにいる。
こんな環境にいるのは酷かもしれない。
「リリス…一緒に来るか?」
そう言うとリリスの顔は満面の笑みに変わった。
「りりす、とーや、いっしょ」
檻から手を伸ばし、トウヤの手を握る。
「いっしょ。いっしょ」
やっぱり、人の温かさを求めていたのだろう。
「独りって…耐えられないもんなんだな…」
数時間経つと、リリスはぐったりと横たわってしまった。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
「心配し過ぎよ。暴走していた魔力が尽きかけてる時の症状だから」
「けど……」
「こうでもしないとリリスの結界は封印出来ないのよ?我慢して」
ポーラが檻の中に何かを入れた。
それからピッピッと音が鳴ると光が灯った。
「石化しないってことは消えてるみたいね」
そう確認すると開錠し檻の中に入る。
念のため同じ道具を突出し、リリスの周りを重点的に確認する。
どうやらリリスに触れられるようだ。
「と…や…ぽ…ら…」
気怠そうな声で名前を呼ぶ。
「ごめんね、辛かったでしょ?もう終わるから」
ポーラはそう言うと魔方陣を展開した。
これでリリスの石化と魅了の能力を封印する。
「石化は段階的に封印をして、操作出来るようになったら開封していく形にするわ。
これで魔道士としても生きていけるようになるわ」
「それってうちに入れるってことだよな?」
「ええ、ってか入れたいんでしょ?」
「もちろん、リリスの能力は操作出来れば、ある意味魔法の絶対防御だからな」
「出来るかはリリス次第ね」
そう話していると、リリスの身体のいたるところに封印の模様が現れた。
「全身…なのか?」
「本当は頭や顔が良いんだけど、そんなことしたら周りの目に止まるでしょ?
だから体の隠せる部分に分散させる形にしているの」
普通に生活するだけでも封印の模様があるだけで目を付けられやすい。
そういった配慮を忘れないのもポーラらしい気がする。
「……」
「……」
「…終わったわ。これで外へ行っても石化しないわ」
「よかった…よかったな、リリス」
これで彼女を縛っていた呪いのような魔法が暴走しない。
普通に人として生活できるようになったのだ。
「この子が…あの…」
目の前に現れた少女に驚くと同時に身震いをした。
「お話しした通り、リリスは我々で預かります」
ポーラは今後の話をする。
昔虐殺された一族の生き残りがいたなんて知られたら、どうなるかわからない。
大地震が起きたので、それで死んだことにして局で預かることで、町民の憂いを消すということだ。
そして今回のクエストの関係者である町長と補佐役にだけ真実を伝えた。
「私達の愚かな考えでご迷惑をかけてしまいました。本当に…申し訳ありませんでした」
補佐役はリリスに対して土下座で謝るが、当のリリスは全く理解出来ていなかった。
まあ、リリスの母親一族に対してで、リリス本人に何かあったわけではない。
あえて擁護すると、町の外で産まれたことで暴走の被害者が少なかったことだが、これは単なる結果論である。
そして唯一の肉親である町長はリリスと目を合わせようともしなかった。
「あと、これを。石化の治療法に関する資料が見つかりましたのでお渡しします」
「これ…魔族の方々の?」
「はい。我々には使えない治療法なので、局でお納めください」
「わかりました。ありがたく頂戴します」
「……」
「…では、今回のクエストはこれにて終了させていただきます」
「…はい、ありがとうございました」
ポーラはリリスを連れて部屋を出ようとする。
「…リリス!」
急に呼び止めると、町長は小さな箱を投げ渡した。
咄嗟のことで思わずポーラが取ってしまったが、すぐにリリスへ渡す。
だが、リリスは箱の正体がわからずにいた。
「これって…」
ポーラがリリスの手を覆い一緒に箱を開けると、一組の指輪が入っていた。
「エンゲージリング?」
「兄貴と…サテラの物だ。…お前が持ってた方がいいだろ」
二人の遺品ということだろう。
「…元気でな」
ポツリと言った一言に町長の想いがあった気がした。