誤解
結界が現れまた消えて、それを繰り返していた。
「いったいどうなってやがる?」
「レーダーでは接触しています。ただ一方が逃げ、もう一方がそれを追う状態です」
「逃げてるのが彼女で、追ってるのがトウヤでしょうね」
ポーラ達は森から離れた場所で監視していた。
結果的にまだ近づかなかったこと、急に結界が現れることを想定して離れたのは正解だった。
「いったい何をしたんだ、トウヤのやつは?」
「わからない。でも何かが思ってたのと違うのかもしれないわね」
「チッ!うちらはこうやって見てることしか出来ねぇのかよ」
「もう少しの辛抱よ。リンシェンがAMSを使った装置を作っているから」
「今は信じようぜ。トウヤのやることを」
「あ、ああ」
(過保護ね)(過保護だな)
この中で一番彼の身を案じていたのは、一番嫌っていた彼女だった。
土地勘はやはり彼女にある。しかも足場の感覚も彼女に分がある。
トウヤはなかなか追いつけずにいた。だが…
「追いついた!」
追いつくと同時に逃げないようしっかりと抱きかかえた。
「ああ!たすけて!たすけて!」
セリフだけ聞けばこっちが悪役に思える。
「おちつけ!何があったんだ!」
トウヤの叫びに一瞬ビクっとしたが、少し冷静さを取り戻したようだ。
「ああ。ああ」
何かを訴えるようにトウヤの身体を確認した。
「ああ。うう…う~…」
何かと思うと今度は泣き出した。
「何なんだ?いったい…」
魔族だから何か見えないものが見えるのか?それとも…
「とりあえず、あの洞窟に戻ろう?」
言葉が通じないので彼女には伝わらない。
(闇雲に走ったから全く分からないな)
トウヤには森の区別はつかない。彼女の案内が無ければ、戻るのは難しいだろう。
(仕方ない。落ち着くまで待つか)
と言っても何もしないわけにもいかないので、彼女の騒いだ原因を考える。
あの時はたしか…
紅茶と携帯食を出した時だったな。それに何か嫌な思い出が?
いや、誰にされた?この生物が生きていけない環境で何かされたは考えづらい。
となると他か?
他に気になることと言うと、彼女が「助けて」と言ったことだ。
彼女は会話が真面に出来ないほど言葉を知らない。
この言葉は何処で知った?むしろ誰から聞いた?
(…被害者か?)
いや、被害者は“魅了”の影響で理性を失うはずだ。
…いや、例外がいた。
俺と同じ効果が薄かった被害者がいたんだ。しかも複数人。
石化する人々を目の前で目撃し、
それが彼女が近づくことで起こっているとわかった場合、
「たすけて」と命乞いをしただろう。
恐怖に怯え石化する姿は、彼女にとっても恐怖でしかない。
その原因が自分だと知らずに。
いや、自分が原因だと知ったからこそ、動くときは結界を小さくしていたのだ。
そして人がいないこの森に居続けた。人を石化させないために。
彼女は、彼女なりに考えていた。それが辛い運命を選んでいるとも知らずに。
(あ…!)
一つ誤解していたかもしれない。
彼女が騒ぎ出す直線にやった、手の平を見せるあの仕草。
抑止の合図だと思っていたが違うかもしれない。
おそらく「たすけて」と言う言葉と同時に学んだんだ。
手の平を見せる姿は、石化すると。
被害者は俺たちと同じ抑止の合図で使ったのだろう。
しかしそれを知らない彼女は、手の平を見せる人、
助けてと叫ぶ人は石化すると認識してしまった。
だから彼女は恐れた。俺が石化することを。
(優しい子なのか?それとも臆病な子なのか?)
どちらかはわからない。
でもどちらであろうと害となることはないだろう。
(もう彼女がここで生活するのは難しいから、局で預かれないかな?)
むしろ石化の能力は絶対防御と言っても過言でないくらい強力だ。
魔道士になる選択肢もある。
あーだこーだ考えていると彼女が服を引っ張った。
「あー、おー」
指でどこかを指しながら言っていた。
「帰ろうって言ってるのか?」
何をしたいのかわからなかったが、彼女に付いて行った。
「……」
「……さすが…」
しっかりと洞窟に戻ることが出来た。
やはり彼女には何処に何があるかわかるのだろう。
放置したお陰で焚火も消えていた。火事にならなかったのは幸いだろう。
彼女は荷物を取ると、俺に押し付けてきた。
「あうー!あーうあ!あ!」
「荷物を持って帰れってことか?」
荷物を持った俺を押し出す。やっぱり帰れって意味のようだ。
「道がわからないんだよ。案内してくれ」
言葉が通じない彼女は押し続ける。
このまま帰るのもあれだ。強行手段でいきますか。
彼女の手を掴み、一緒に連れて行こうとする。
「ああ!あ~!あ~!」
明かな拒否のサイン。掴んだ手を振りほどこうと腕を振ると同時に体を引く。
だがトウヤも負けじと手を離さない。
一般男子より小柄だが、仮にも男。体格の近い女子にそうそう力負けすることは無い。
…一人の例外を除いて…だがな…
「俺と一緒に来てくれ!その能力どうにか出来るかもしれないんだ!」
そう言おうと彼女には通じず、まだ手を振るほどこうとする。
そこでトウヤは手を離し、今度は両肩を手で掴む。
彼女は一瞬ビクッとし、動きが止まる。
「俺は君を助けたいんだ!頼む!ついてきてくれ!」
互いに目を合わせ頼み込む。
言葉は通じなくても、お互い同じ目線で訴えかければ何か通じるものがある。
目は口ほどに物を言うと言うが、言葉が通じなくても大丈夫だろうか?
などという心配に反して彼女は大人しくなった。
何かしら通じるものがあったようで安心した。
だが彼女は不安そうに見ている。
今まで何人もの人間を石や灰にしてきた能力。
そう簡単に解決できると思わないのが普通だ。
「大丈夫、信じて」
そう言うと、トウヤはそっと抱き寄せた。
「う~…う~…」
彼女は泣き出しそうな声を出すと、同じように抱き寄せた。
「外に仲間がいるんだ。そいつらが用意して待っている。一緒に外へ行こう」
そう外と思われる方向を指差し、彼女の手を引く。
今度はついて来てくれた。
おそらく俺のことを信じてみようと思ってくれたかな?
指を指した手前、その方向に進んだが、方向があっているかわからない。
(しまった、彼女に案内してもらわないとわからないや)
だが彼女に案内してほしいと伝える方法がわからない。
仕方ないので勘を頼りに進むしかないか。
道中、持参した携帯食を一緒に食べ、彼女との仲を深めながら進んだ。
あんなことになるまでは。