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幻想冒険譚:科学世界の魔法使い  作者: 猫フクロウ
それは甘く蕩けて灰になる
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ひとり思う

トウヤはサンプルを持ったまま森のそばに立っていた。


作戦はサンプル通りで問題なさそうなので、リンシェンの量産を待つだけだ。


さすがに時間がかかるそうなので、その間に彼女を説得する材料を探している。




森の中は鬱蒼(うっそう)としているだろう。


そんな中に一人で暮らすなんて、心細い以外にも恐怖心もある。


夜になると、もっと恐ろしさがあるだろう。


そういう経験が無いので想像が出来ない。


トウヤが育ったのは都市部と言われるところで、

夜の仕事が盛んな地域が近かったので、夜でもかなり明るい経験ばかりだ。


どうしたら彼女の気持ちを理解できる?彼女が求めてる物は何だ?


(うめ)くような奇声をあげ、襲ってくる人間しか知らない彼女は、

平然と歩く人間を見るのは初めてになるだろう。


彼女にとって俺は、未知の生物なんだから警戒するよな。


となると会った瞬間に逃げるか?


それじゃ前と変わらない。


いや、あの拒絶の仕草は…石化させないようにするため?


「だから…か」


納得した途端、ぼやくように声が出た。


彼女は石化に恐怖心を抱いている。


だから彼女は動くときに結界の範囲を小さくしているのだ。


人に対し、無暗に殺すことを避けるような行動。これが事実なら説得の手がかりになる。




そう頭を悩ませていると、また結界が動き出した。


こう近くで観察していると、よく動くのがわかった。


彼女は意外とアクティブな性格なのだろうか?結界の大きさも変えたりしている。


ふらふらと動く結界を追うようにトウヤも歩き回る。


「あ」


あまり森の反対側へ行かなかった影響か、川があることを初めて知った。


遠方から来た流れが、森を通り、町を避けるように流れている。


円の中心が川の流れと合っていたので、彼女も森の中の川にいるのだろう。


「水浴びかな?」


そういうところは普通の人らしいと感じた。




「…水…浴び?」


彼女の近くには結界の影響で動物というのは存在しない。


じゃあ誰に水浴びを教わったんだ?いや、教わらなくてもするのか?


水浴び以外で川に近づく理由は?


「飲み水か?」


生き物である以上、飲み水を失うことは死活問題だ。


そういえば食事は?


「今サポートに入ってるのってレナさんでしたっけ?」


突然通信をし始める。


「はい。レナですが、いかがいたしましたか?」


通信相手はレナという支援チームの女性だった。


「ウィンリーさんが調べた魔族について、こちらでも確認することって出来ますか?」


「はい、問題ありません。何か気になることでもありましたか?」


「いえ、大したことないんですけど、魔族って食事なしでどこまで生きてられるのかな?って思いまして」


「彼女のことですか?混ざっている種類にもよりますが、二年近く生きている記録があります」


「となると…急いだ方がいいんじゃないか?」


「?と言いますと?」


「今の彼女って飢えに苦しんでいるんじゃ…」


「…確かにあり得ますが、果実など食べるのでは?」


「どれが食べられるか解からないのに?」


「あ…」


「今、彼女は川のそばにいますか?」


「レーダーではそのように見えます」


「仮に川の水である程度の飢えを(しの)いでいるなら、そう長くはもたないかもしれません」


食事も無しで二年程度は、この森で彼女が原因と思われる行方不明者が発生した年数と一致する。


彼女が結界を小さくしてまでも動く理由は、飢えを(しの)ぐ方法を探しているという事だ。


「そうだとしても、どうなさるつもりですか?リンシェンさんの作業が終わるまで手出し出来ませんよ?」


「俺の身を守る程度ならすぐ出来るかな?」


「…まさか一人で先行して彼女に食べ物を届けるのですか?」


「説得も兼ねて、ですけどね」


「なぜそこまでやるのですか?」


「え?」


「トウヤさんは、見ず知らずの彼女のために命を懸けて救おうとしている。なぜですか?」


「…う~ん、なんででしょう?」


「は?」


「人の命を助けるのに理由が必要ですか?」


「そ…それは…」


「全ての人間を救おうなんて傲慢な気持ちはありません。

でも目の前で困っていて、助けられるかもしれないのに、黙って見てるのは違うと思います。

急がなければならないなら、やれることを急いでやる。それが命がけでもね」


「それが…トウヤさんの考えですか…」


半分はこの世界のクエストで学んだことだ。


ポーラ達の人助けは常に全力だった。


何人か見捨てれば楽なのに、常に全員を救おうと難しい選択をする。


それがいつしか好ましく思い、自分もそれに共感し始めた。


そしてもう半分は、好意を持ったあの子の想いだ。


あの子の墓標に誓った約束は守りたい。そう思っていた。




「まったく、まだ死んでもいいって思ってるんじゃないでしょうね?」


サンプルを食料が詰まったカバンに二個、トウヤに三個固定しながらポーラは言う。


「思ってねぇよ。だから生き延びるためにいろいろやってんじゃん」


「…結界の中に入ろうってのが言うセリフじゃないわね」


呆れたのか半笑いで言ってしまう。


「一応、うちがこの辺りで監視しとく。何かあったらこっちに来い」


「ああ、わかった」


そう答えるとトウヤは五つのサンプルを起動した。


もしもの時を考慮して五重のAMSで結界から身を守る。


トウヤは手を前に出し、ゆっくりと森へ進む。


外側は打ち消すことがわかってるが、内側はまだ確認できていない。




数十分かけて森の入り口まで到達した。既に灰になる部分まで来てると思われるが、変化はない。


つまりAMSを使えば、彼女の石化の結界は完全に打ち消せるということだ。


スタート地点にはまだポーラとリーシャがいた。


二人に合図を送るとトウヤはペースを上げ、森の中へ進んだ。




「ふぅ。とりあえず無事に中まで行けたわね」


「ああ。あとはこの結界が消えたら接触成功だ」


「…接触出来るかな?」


「あいつを信じるしかないだろ」


「……」


「……」


妙な沈黙に包まれる。


「あいつ、仲間にする気かな?」


沈黙を破ったのはリーシャだった。


「やっぱりそう思う?」


ポーラも同じことを考えていた。


「あいつは似た境遇になると激甘になるみたいだな」


「ねー。噂は所詮、噂でしかないのかもね。それともトウヤだけが特別かな?」


「他を知らねぇから何も言えねぇが、あいつは噂通りじゃねぇのは確実だ」


「そうね」


「おまえの目、さすがだな。やっぱ見る目あるな」


初めは疑っていたが、やはりポーラの人を見る目は確実だと思っている。


「でも身勝手なとこや常識があまり通じないのには困ってるわ」


ポーラはお腹を擦る。心配ごとが増えて、胃を痛めてるのだろう。


「身体のケアはあいつにしてもらえ。うちにはどうしよもねぇからな」


「あいつはあいつで余計な事してくれんのよ」


「はは、男ってやつは身勝手だな」


「ホント、どの国でもこんなんなのかしら」


他愛ない会話が場を和ませる。


それは心配の裏返しなのかもしれない。


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