外伝:魔道士の日常
「しっかしとんだ原石だったな。ありゃダイヤも砕きかねないよ」
「にゃいぬにゃにょーにゃにゅにゃにゃにょにににゃにゃにゃ」
「…リーシャ、とりあえず口の中の物呑み込も」
ティアの指摘でゴキュっと喉を鳴らすと再び話し出した。
「あいつがどうなるか楽しみだな」
「そうねぇ、暴走するってことはそれだけ強いのは間違いないよね」
「後は使い方、考え方が悪い方向に行かないよう注意しないとな」
ファイゼンはティアの意見に賛同し、今後注意しなければならないことを述べた。
「あの子、悪い方向に行くかな?わたしは結構いい子だと思うけどな」
「どうしてだ?」
「あの子、ディバイスをくれたのよ」
「完全に餌付けされてるじゃねぇか」
「そ!?そんなことないよ!それに結構可愛いじゃん」
「男が可愛いとかの感覚は俺にはわからねぇな」
「うちもどうでもいい事だ」
彼の仲間である二人は中立的に話すが、ティアはかなり肩入れしてしまっている。
「そうかな~。あ、それにあの子退院後に感謝の挨拶しに来てくれたじゃん」
「ああ、そこは良かったと思うぞ。自ら進んでそんなことするなんて、余程じゃないと出来ないな」
「そのおかげでステラさん達からの株が上がったようだし」
「ま、うちは背中預けても多少問題ない事はわかったからそれでいい。むしろ問題はもう一人の方だ」
「「あー」」
納得する口調は重なっていた。
「ステラさん達は気にしてなかったけど、あれは後々問題になりそうね」
「何事も無難に熟すなら気を付けないとな」
「ああ、でも心配ねぇぞ。うちが徹底的に叩き込んでやるから!」
喜々としてボキボキと拳を鳴らすリーシャ。
どこかで「うにゃ!?」と言う声が聞こえた気がした。
「にゃは!にゃは!にゃっはっはっはっ!…うにょ!?」
左手で持ったガラス瓶から試薬を入れるとポンと小さな爆発が起きた。
「うにゅ~、失敗にゃ」
リンシェンはガラス瓶を置くとペンに持ち替え、メモをする。
そして右手でネジを回し、恍惚の笑みに涎を垂らしながら模擬戦を思い出す。
「にゃは~いいもん見れたにゃ~」
自分に与えられた部屋を改造し完全に研究所にしたリンシェンは、数日引き籠りながら研究を続けている。
「斬撃弾に超電磁砲、今度おいらも作ってみるかにゃ?」
模擬戦で使われた化学兵器の構想を考える。
斬撃弾はシンプルなので作りやすいが、超電磁砲だけは魔法に頼らざる得ない。
「問題は発電バッテリーにゃんだけどにゃ~、どう作ったものか」
科学が発達した地球でも兵器として運用するなら大型の装置が必要になる。
それを地球よりも劣る科学力の人間が作るのは難しかろう。
「まあ、あいつといればそのうち何かいいアイディアが出てくるだろうにゃ」
ペンを投げ捨て目の前の機械に向き直す。
「ま・ず・は。こいつを片づけるにゃ~」
がちゃがちゃと操作してると急に背中に寒気を感じた。
「うにゃ!?」
後ろを確認するが何もない。だが確実に嫌な予感がする。
「急いで部屋の守りを固めた方がいい気がするにゃ!」
後に行われたリンシェンの対リーシャ籠城戦は、守備兵器を全て破壊され、敗北に終わった。
食堂でお昼を食べていると見知った二人組が現れた。
「あ、ルー!退院出来たのか?大丈夫か?」
「ええ、お陰様で。と言ってもまだ無理は出来ないわ」
サンドイッチとティーカップが乗ったトレイ、もう片方の手に紅茶のポットを持ちながら相席するルー。
そしてその隣にミナがスープとパン、そしてクリスプが乗ったトレイを持って着席した。
この相席ももう当たり前の光景になった。
だからこそ気付けたのだろうか?ルーに変わったところを見つけてしまった。
「やっぱり…傷が残っちゃったんだな」
「え?」
トウヤは指を指しながらもう一度言う。
「この間は毎回おへそ出してたのに、今は全部隠している。傷を見られないようにする為だろ?」
「あ…ああ、服装ね」
「君はホントに良く見てるな。…その通りだよ。でも君が思ってる理由とは少し違う」
「ええ、この傷について詮索されるのが面倒なだけ。あんたのせいじゃないわ」
「せっかく綺麗な身体してるのにもったいないな」
そう言い切ったところで「ヤバッ!」と思った。
先日あんなことがあったのに身体の話はタブーだった。
現にミナはジトッとした目でこっちを見てるし、ルーも顔を赤くしながら俯いている。
い、急いで話題を変えねば。
「な、何の紅茶飲んでるんだ?」
「え!?え!?紅茶?」
焦りながらも変えた話題がさらに混乱を招いた。
「そ、それだよ」
ポットを指し、ようやく落ち着いた。
「ああ、ティーのことね」
「地球ではこれのこと紅茶って言うんだな」
「ああ。教会にいたとき、よくこういうポットに入れてたからそう思ったんだが…」
まだ文化の違いを把握しきれていない。
ルーはティーカップにポットの中身を注ぐと「どうぞ」とトウヤに差し出した。
甘酸っぱい香り。地球でも同じのがあった。
「アップルティーか」
「地球の何てわからないわよ。ここじゃアダムスティーって言うのよ」
「へえ。あ、うまっ!」
「え?あんたこの違い解かるの!?」
「香りがすごくしっかりしていて、甘さの中に程よい酸っぱさがある。これすごいな」
孤児院は英国色が強かったせいか、紅茶は毎日のように飲んでいたので、慣れ親しんでいる。
もちろん環境柄、安物ばかりだろうが、それでもいろいろな種類を飲んだ。
その経験から味の違いもそれなりに理解していたつもりである。
「へえ~。あんたにこんな貴族の嗜好品の違いが解かるなんて意外ね」
「ルー」
「あ、ごめん」
「いや、高級品を飲んだことないってのはその通りだよ。
でも俺もこんなに違いがあるなんて驚いたよ。こういうの好みだな」
「じゃあ今度飲み比べとかしてみる?」
「いいね。じゃあ俺からは地球のを持って行くよ。同じフレーバーでもこれだけ差があるってのも比べてみようぜ」
似た好みを持つことを知り和気藹々と話すトウヤとルー。
(まあいいか。ギスギスした関係にならなくてよかったな、ルー)
この関係に一番安心したのはミナだった。
ポーラは画面を見ながらデバイスを振り回す。
「うーん、何か違うな」
首を傾げてまたデバイスを振り回す。さっきからこの繰り返しだ。
「あんたはさっきから何してんの?」
急に念話が入り驚くと同時に辺りを見渡すと、入り口側にセレスが立ってた。
「ビックリするじゃない。いたなら声かけてよ」
念話ではなく普通に話す。
「だいぶ集中して振り回してたから切られかねなかったし、邪魔しちゃ悪いって思ってね」
「そりゃ悪かったね。新しいデバイスを手に入れたんだけど、何か感覚が違う気がして」
「はぁ?当たり前でしょ。ついこの間まで籠手を使ってたのが、いきなり斧使ってるんだから」
セレスは見慣れない斧をまじまじと見る。
「これどこで手に入れたの?」
「この子から貰ったの」
ポーラは画面に映った地球出身の魔道士を指す。
「これ、あの子が創ったの?」
「そうよ。そこらの高級品に負けてないわね」
「…相変わらず無茶苦茶な能力ね。そういえばティアも貰ったって言ってたなあ」
「そうね。私と同じ時に貰ってたし」
「いくつ持ってるのよ。…せっかくだから私もオーダーメイドして創ってっもらおうかな?」
「おいこら、うちの子をいい様に使うな」
と言いつつもあの子なら快諾しそうである。
「それよりも、街に出ない?ギルド創設記念に食事に行こうよ」
「え!?まじまじ!?いくいく!」
好敵手と言われつつも関係は良好。
いやセレスのプライドが無くなってから、二人の関係はさらに良くなった気がした。