封印されし力
封印術、そのほとんどは力を封印している場合が多い。
相手はそれをして手加減していること。この肌が震えるような魔力を発していること。
そしてそれに一歩だが身を引いてしまったこと。
その全てがセレスにとって腹立たしい事だった。
(私はパースレールの現マスター、サブマスターの娘で、次期マスター候補。
それに驕らず研鑚を積み重ね、確固たる実力を身に着けた。
なのにこいつは…数日前に突然現れたこいつは…それをも簡単に超えようとしている)
元研究者の母と、元特殊精鋭部隊隊長の父と言う恵まれた環境に生まれたが、
アカデミーでは中の上程度とそこまで才能に恵まれたわけではなかった。
さらにある事件により父は除隊にまで追い込まれ、
自身も偶然その現場に居合わせたことで一時期、その才能も奪われたこともあった。
それにより他人に無責任な言葉を投げられることもあった。
それでも負けずに研鑚を積み、長い時間をかけて重ねてきた自分の能力がここにある。
そう自負するだけのことがある。
それなのに……
(手加減しながら戦うなんて許さない!)
このままでは勝てても辛勝と見られるだろう。それが上の思惑通りだ。
それじゃあ納得がいかない。封印を解き、その上で勝ち上がる。
セレス・ハーディは突然現れた地球人よりずっと強いと認識させてやる。
セレスは予備である棒のデバイスを取り出す。
「火纏!焔の剣!」
棒なのでレイピアより突貫力は劣るが耐久性では勝る。しかしこれは後が無いことを示す。
デバイスを何個も用意する必要が無いと考えた付けが回ってしまったようだ。
剣が無くても戦えなくはないが、剣技が主体のセレスにとっては大問題である。
「火纏!煌炎の導き!」
焔の剣がさらに赤く煌めく炎に包まれた。
「火纏!不知火の軌跡!」
今度は足元に靄がかかった。
(炎を纏う付加型の強化魔法か)
変化が見えたのは剣、鎧、そして足。強化魔法なら大体の効果は想像できる。
注視しているとセレスが一気に距離を詰めてきた。
(速い!)
序盤に見せたスピードと比べると段違いだ。
そのまま棒で突くようにしてきたので急いで躱す。しかし躱した後でも攻撃が止むことは無い。
そのまま流れるように連続した攻撃が続く。
棒による突き、薙ぎ払い、足による足払い。熾烈な連続攻撃がトウヤを襲う。
この無駄が無い洗練された動き、相手に反撃を許さないスピードと狙い。
トウヤは躱すので精一杯だ。いや、わざと躱せるようにしている?
付加によって反応速度を強化して見切ったり躱したり出来る様にはしている。
これだけの技術を持つセレスの剣技なら、戦いの素人であるトウヤに当てるのは容易いはず。
なのに当たらないのは意図的に当たらないようにしているから?
なぜ?
「セレスの動きが…変?」
最初にセレスの違和感に気付いたのはティアだった。
「え?変なの?」
ポーラを含めて皆その違和感が解らなかった。
「いや、ちょっと自信無いけど…何となくそんな感じがしたの」
よくコンビを組むティアだからこそ気付けることなのかもしれない。
「ちょっと待ってて……出たわ」
ソニアが過去のセレスの映像を全員に見せる。
見やすいように並べたが誰も違和感が解らなかった。
「ごめんなさい、私の勘違いかもしれないです」
ティアが謝りだしたとき、「あっ!」とリーシャの声が出た。
「もしかして当たんないようにしてんのか?」
「それだ!」
リーシャの指摘に違和感がはっきりわかったティアは、思わず大きな声を出してしまった。
「いつものセレスなら当てられるのに、あの子がすごいから当たらないんだと思ってたけど違う。
いつものセレスの動きを少し押さえた動きになってるから違和感があったんだ」
すっきりしたティアは饒舌に自分が感じた違和感の正体を話した。
しかし、そうすると疑問が残る。
なぜセレスはそんなことをしているのか。
「もしかして顔を狙っている?」
何かを狙っているとわかれば、自ずと動きから理解出来た。
ソニアの一言で最悪のシナリオが見えた。
「まさかセレス暴走させる気じゃ!?」
ポーラはガラス面に両手を付け会場を覗き込む。
「そんなことして何になる?」
「セレスは暴走するなんて知らないわ!」
ポーラはファイゼンの問いを一蹴する。
そう、セレスからしてみると力を抑える封印はただの手加減にしか見えない。
そして今回の模擬戦は多くの人が不信感を持っている。それはセレスも例外ではない。
その不信感の元、セレスに手加減していますと言わんばかりの封印を見せられるなんて屈辱でしかない。
セレス自身のプライドの高さもあるので、その効果は言うまでもない。
そしてセレスはその屈辱を払拭するために封印を外し、そのうえで勝つことを選んだ。
それが暴走するとも知らずに。
「セレスやめて!封印を外さないで!」
ガラスを叩きながら大声で叫ぶが当然届かない。
会場内は外野からの介入を防ぐために強力な防護壁に守られている。
そのため相手と直接通話する魔法、念話も使えない。
ステラは事の重大性から、この模擬戦の開催を決めた連中に直接通話しようとした。
もちろんもう一人のギルドマスターであるアローニャにも通話を繋ぐ。
「今すぐ中止しろ!封印が外れ暴走するぞ!」
地球人は強い。だが幾つか弱点がある。
魔法世界の中心、メリオルを基準にしておよそ二倍の早さで時を刻む地球。
それは断続的に続く戦闘において少ない持久力と驚異的な回復力として示されている。
「やばっ…!」
セレスの連続攻撃に反応が鈍っているのがわかる。
トウヤにとってこれだけ長く、そして素早く動くために魔法を使ったのは初めてだった。
地球を周る為にただ長時間空を飛んだ時とは違う、細かい動きを続ける動きは予想以上に体力を消耗させられた。
(防御を固めて受け止めるべきか?)
しかしトウヤにはまだ強化系とそうでない場合にどれだけのの差が生まれるかわからない。
下手に受け止めることは自殺行為だろう。
だからと言って逃れる術はまだない。
(まだ制約をかけるんじゃなかったな)
トウヤは修行で制約と言う魔法のルールを知り、自身の付加に時間と言う制約を設けた。
ギアを上げるためには一定の時間を空けなければならない。
実際にファーストとセカンドでは飛躍的に効果を高めることに成功した。
そして付加にはもう一段階、サードが存在する。
サードまでの時間が長すぎたか、それともセカンドまでの時間をもっと空け効果を高めるべきか。
そこは後の課題だろう。今はこの攻撃を避けることに集中しなければならない。
回避する妙案も思い浮かばない。どうする?
そうあれこれ考えている間に、足が追い付かなくなってしまいよろけてしまった。
「しまっ…!」
セレスはこの隙を逃さなかった。
素早く顔に目がけて棒を突き刺す。
パリン!
トウヤの顔の横を通過すると同時に何かが割れるような音がした。
「な…に…!?」
ドクンと鼓動が高まると同時に左目が痛みだし、目の前が歪んで見えた。
倒れそうになった体を何とか踏み留めるが、上手く力が入らず前に蹲る様に倒れてしまった。
(まさか!?)
この感覚に覚えがあった。
「ふふっ、やったわ。これであんたをぶっ倒せば…私に手加減したことを後悔させてやる!!」
狂気にも似た怒りがセレスにはあった。
「あんたみたいな糞ガキに負ける私じゃないのよ!!」
セレスは構えて攻撃の準備をする。
(ああ、この人知らないんだ)
痛む左目を抑えながらトウヤは後悔した。
魔法世界にはある程度期待はしていたし、子供ながらワクワクもしていた。
それが今ここで終わる。ちょっとしか楽しめなかったなと後悔する。
「セレス…逃げ…」
トウヤの意識が遠のく。
(ポーラ、後は頼んだ)