イチから始める魔法世界生活
(あ、旨いな)
あのお姉さん、ジェシーさんの料理は大変美味だった。
料理長と言っていたがその名の通り長としてふさわしい、いやそれ以上の腕前だった。
ある人から地球の料理が食べたいとリクエストされたことがあるようで、
地球の料理を真似たものばかりを選んでくれたようだ。
大変配慮に長けたお姉さんであるなと感心した。
(それに引き替え……)
食事中のトウヤを奇異な目で見る人々が多い。
嫌われたとこの人間だからそういう目で見るのは仕方ないかもしれないが、
時や場所と言うのを考えてほしいものである。
(せっかくの料理が不味くなるな)
一応個人の部屋で食べることは出来る。だがこの食堂に残る理由は他にもある。
(魔道士ってほとんど女ばかりだな)
チラホラと男は見るが女が異様に多い気がする。魔道士とはそういうものだろうか?
「きみ、相席いいかい?」
ふと声をかけられ驚く。
「あんた、さっきの…」
「ミナ・アグリッターだ。よろしく」
相変わらず無表情なミナとその後ろで渋々付き添う女…ルーと言ったか?声をかけてきた。
「そんな顔で来られても迷惑なだけだよ、くまさん」
ルーは叫びそうになるがグッと堪える。遠くでジェシーさんが目を光らせてる感じがした。
「そうだぞ、私の個人的な興味にまで付き合わなくてもいいんだぞ」
味方だと思ってたミナにまで攻撃された。
「バカじゃないの!?あたしはたまたまここに座るだけよ!」
「じゃあ遠慮してくれ。邪魔だ」
冷たいと思われても構わない。というか嫌な顔しながら相席ってのも失礼じゃないか?
ルーは口をぐぬぬと噛み締めながら呟くように
「…ミナが心配なので相席させてください…」
と頼む声を聞き、トウヤとミナは同時に溜息を吐いてしまった。
「すまないが許してやってくれないか?」
「まあ、話が進まないからどうぞ」
そう促すと二人は向かいの席に着席した。
「ホシノトウヤだ。あんたらの名前の感じからするとトウヤホシノと名乗った方がいいか?」
「いや、どちらでも構わないよ。いろんな人がいるし、ファミリーネームが無い人もいるから」
「へぇ、そうなんだな」
まるで漫画のような話である。
食事をしながら話しているとさっきより一層注目を浴びてるように感じる。
目の前にいる二人を見て、まるで有名人にでも会えたような声を発すると同時に、
噂で聞いたあの危険人物を見て一気に顔を引きつらせる人が増えている。
「そういえばルーさんの名前聞いてなかったな」
突然話をふられ慌てるが、少しバツの悪い感じで
「…ルツィエ・シフォンよ…」
とルーは答える。
「る…?…ルチェ?」
「ルツィエよ。言いにくい人種がいるってのはわかってるからルーでいいわよ」
やはりお国柄と言うのはこの魔法世界でもあるようだ。
「で、二人は有名人なのか?」
「有名…なのか?基準がよくわからない」
頭に疑問符をつけるミナに対しルーは理解しているようだ。
「もしかしてあいつらの話?」
手に持ったフォークの先には、ちょっとニヤケ顔の女二人がいたが、
向けられたフォークに驚きそそくさと去って行った。
「パースレールの連中ね。毎度毎度、鬱陶しいわね」
「パースレール?」
聞きなれない単語が出てきた。
「はぁ。ポーラは何も話してないのね」
「魔道士ギルド、パースレール。ポーラ達が所属していたギルドの名前だ。
魔道士の半数以上はこのギルドに所属している。
このギルドは来るものを拒まず、魔道士としてのあれこれを教えているらしい」
「らしいって、詳しくは知らないのか?」
「そうね。あたしたちはそっちじゃないし」
「そっちじゃないって?」
「もう一つの魔道士ギルド、アルカナフォート。私たちが所属してるギルドはこっちだ。
格式や品格を大事にしているギルドで、君たちの言葉で言うと…上流階級ってことかな?」
「この世界でもそんなのあるんだな」
納得した。いわゆる憧れの良いとこのお嬢様たちが彼女たちで、それを見てミーハー気分で喜んでるってことか。
しかしそれもわからなくはないほど、二人は違う雰囲気を出している。
ルーは端整な顔立ちに薄い金色にウェーブをかけたロングヘアーという典型的な西洋風お嬢様の見た目。
つり目で不機嫌そうに見えるのは玉に瑕だろうか?
ミナは綺麗な茶髪のショートヘアーで目元がぱっちりとしたお人形のような顔立ちをしている。
表情があまり変わらないあたりも人形のようだ。
好みは分かれるだろうが、かなり美人であるのは間違いない。
「そんなお嬢様も、こういう大衆食堂で食事するんだな」
「はは、君が思ってる高級志向なお嬢様だっているよ。でも私達は魔道士だ。
民のために力を尽くし、民の気持ちに寄り添う。それはギルドが大事にしている品格でもあるんだ」
半分笑い話のようだがミナの表情は変わらない。
「へぇ、それはイメージが変わるね」
「だからかな?嫌われ者の君に興味を持ってしまったんだ。裏切りの民、地球人の君にね」
一瞬で空気が変わった気がした。
どうやらこの世界は仲間を思いやる人間が多いようで、やはり裏切るかどうか調査しに来たようだ。
どいつもこいつも…まあ仕方ないか。
「その興味を持った結果を聞いても?」
「ん?そうだな。普通に話す分には問題ない、その程度だな」
「何もわかってないって言ってるようなものだな」
「そりゃそうさ。信用なんて簡単に手に入るようなものじゃないだろ?」
なぜか和やかに笑いあう二人にルーは頬を膨らませ
「あたしはぜんっぜん信用してないから」
そう言い食器を片づけようと立ち上がる。
突然の物言いにきょとんとする二人だが、同時に吹き出して笑ってしまう。
「だからそう言ってんじゃん」
「いきなり何を言うんだよ、ルー」
ルーはクスクス笑う二人に不快感を感じ、頬を膨らませてスタスタと去ってしまった。
「さて、相棒も行ってしまったし、私も戻るとするよ」
「そうか。またな」
「ああ、またな」
無意識にまた会う約束をしてしまったが、悪い気はしない。
「あ、そうそう。私から一つアドバイス」
去り際にミナは言う。
「ジェシーさんは信用しても大丈夫だぞ」
「そういえばあの時一喝してくれたな。だからか?」
「それもあるが、彼女も蔑まれた過去があるからな」
「どういうこと?」
「あの見た目と中身だ。周りの風当たりは強いだろ?」
見た目は筋骨隆々なおじさん。でも中身は非常に女性的。
そういう人を見る世間の目は厳しいだろう。それは今のトウヤの立場に似ていたかもしれない。
だからこそ、あの奇異の眼差しを向ける相手に一喝したとすると納得する。
ルーは微妙だがミナにジェシー、敵意を向けなければ友好的な存在がここにも居たことに嬉しく思いつつも、
この人達のためにも裏切るようなことは出来ないなと強く思った。