外伝:私の幸せ
「うひゃ~、結構いい感じに成長したじゃ~ん」
テンション高めに黄色い声援を上げたマリアは抱きついてきた。
「やめなさい」
トウヤはやんわりと止めた。
「え~、スキンシップは大事だよ?それに私より大きいから安心感あるし」
マリアはリンシェンと同じような身長なので、それを超したとなるとかなり変わる。
「確かに身長伸びたけど……」
ルーは顔から体の方に視線を落とした。
「ひょろっとしてて、逆に心配だな」
ミナも同じことを思ったようだ。
縦のサイズは大きくなったが、横のサイズはあまり変わっていない。
まさに都会のもやしっ子のような体形に変わった。
「それはまあ、追々大きくしていくってことで……」
「贅肉じゃなくて筋肉だぞ」
「え~、私このままでもいいと思うけどな~」
しっかりした体格派のミナと細身派のマリアで意見が分かれた。
ちなみに大爆笑で話にならなかったリンシェンを除き、
しっかり派はポーラ、リーシャ、セレス、
細身派はティアと言う結果だった。
というかティアは大きくなり過ぎだと嘆いていた。
「一応、体基本の仕事をしてるから、細身でもしっかりとした体つきが理想だよな」
「ほほう、トウヤ君は女が好きそうな体形を目指してるんだね」
「違うわ!」
ファイゼンと似たような事を言うマリアにしっかり突っ込みを入れる。
「でも顔は悪くないんだからいろいろな子に言い寄られるんじゃない?」
「ファイゼンと同じ事言うんだな」
軟派男いわく、女子ウケは細身だが所々で力強く支えられる体形が一番良いらしい。
そしてその体系に中性的な顔立ちは、メリオルの女性目線で庇護欲をそそられるけど、
時々強く支えてくれるような存在として非常に人気があるらしい。
守り守られる関係が理想とするメリオルらしいが、トウヤにはやや迷惑な話である。
「でも男なんだから女が欲しいとか思うでしょ?」
「……ゼロではないな」
妙な話になってきた。ってか向かいのルーとミナが凄い睨んでるんですけど……
「この国の法律にはたくさん産んで育てるための支援があるんでしょ?
誰かを想い続けるよりも、みんなの想いに答えるのも大事じゃない?」
「それってどういう意味だ?」
話しがどんどん下っていくような内容に感じる。
「いろいろな人と幸せに暮らすために、私を好きに使っていいよ」
お茶目にウインクして甘えるような仕草を見せる。
だがトウヤには効果が無いようだ。
むしろ……
「……それで、あの人は喜ぶの?」
「!?」
なぜ下世話な話を進んでしだしたのか、なんとなく察しがついた。
「俺はあの人の代わりには絶対になれないよ」
トウヤはそう言うと立ち上がり去っていった。
ルーもミナもマリアの事情は把握している。
なのでトウヤの言うあの人が誰なのかは察しがついた。
そしてマリアがなぜそう言ったかも察した。
「あ~あ、大当たりのようなハズレね」
マリアは拗ねたように横になる。
「あんたねぇ、やっていい事と悪いことがあるのよ」
「それは君がまだ幸せだから言えるのよ」
「どういう事よ」
ルーは少しムッとしてしまう。
大切な人を失うと言う意味ならルーも幼少期に母親を亡くしているし、
父親も何処かへ消えてしまった身だ。
「私だけが不幸ですなんてバカじゃないの?」
「ええ。私は育ちが悪く、真面な教育も受けていないバカですよ?
それでも君がまだ幸せな環境で暮らしているのはわかるわよ」
「だから――」
「君は失っても支えてくれる人が側にいた」
そう言われ何かに気づいたようにミナを見た。
ルーが両親を失った時も、家を失った時も、ずっとミナが側に居てくれた。
「そ、それだったらあんたにはトウヤが――」
「そのつもりだったけど断られちゃった」
マリアがおどけたように舌を出すから軽い話っぽくなってしまうが、
身内が誰も居なくなる寂しさや絶望感は理解出来てしまう。
ルーはそれ以上何も言えなかった。
「マリアは、それでいいのか?」
今まで黙っていたミナが問う。
「さあ?」
「おいおい……」
あまりにもあっけらかんに話されてミナは呆れてしまった。
「私は王様の玩具として育って、その末路に怖くなって逃げて、途中で出会った男に靡いて、
その人が好きだった子供を集めて、面倒見て、その人を苦しめる呪いを解く方法を探して……
よく考えたら、私の意志って全然無いんだよねぇ。
だからトウヤ君が気に入る女になって、いい様に使てもらえたらなって思ったんだけど……」
誰かの都合の良い道具だと言わんばかりの生き方をマリアはしていた。
「意思があるじゃないか」
ミナは反論する。
「どこに?」
「逃げることも子供達のために動くことも、呪いを解くことも全部マリアの意思じゃないか?」
「……そうかな?」
「ああ」
「じゃあ私の幸せって人のために動くことなのかな?」
「……そうなんじゃないのか?」
「その結果、一人ぼっちで心寂しく残って生きていく。
幸せになろうと頑張った結果、なんかすっぽり穴が開いたような感じなんだよね」
「で、その穴にトウヤを入れようとしたのか?」
「そ」
不器用と言うか適当と言うか……何ともその場しのぎのやり方である。
「そ、それは……なんか違うと思う」
ルーが絞り出すように言った。
わからなくはない気持ちもあるし、それはやっちゃいけないという葛藤があるのに、
ルーはそれを上手く説明出来ずにいた。
「ああ、私もそう思う。もっと違うやり方じゃないとマリアの穴は埋まらないと思う」
ミナもルーの意見に賛成した。
「それは違うと言うのは簡単だよ。そんなのバカの私でも出来る。
相手をバカだと言うなら、私より優れてると言うなら、
違うと言うだけじゃなく、ちゃんと現実的な具体案を出して欲しいな」
「……」
ミナはあえて黙る。そしてルーを見た。
「ほら言えない。君達も私が気に入らないから違うって言ってるんじゃないの?」
悔しい。でも何も言えない。上手く伝えられない。
マリアの言う事に反論出来ないルーは力強く拳を握った。
(仕方ない)
何も言えずにいるルーを見て、ミナは大きく溜息をついた。
「今、何も言えないのはマリアの事を詳しく知らないからだ。
マリアが何が好きで、何に幸せを感じるか私達はまだ知らない。
だからそれを知るためにも、これからいろいろ話し合って関係を深めていく、
出来るはずだった関係を最初っから断ち切ることは無いんじゃないかな?」
ルーの顔が晴れやかになっていく。ミナは言いたいことを代弁出来たようだ。
「それを貴族様がやってくれるかなぁ?」
ニヤニヤしたような顔でマリアが聞いてきた。
どうやら納得してくれたようだが疑り深いようだ。
「それはお互い様だろ?信頼は片方では成り立たないんだから」
「あは、君はバカじゃないみたいだね」
ミナは一瞬遠い目になった。
「ルーのバカは口癖だ。真面に相手してたらダメだぞ」
「ちょ!?あたしのせい!?」
「どうだろうね」
笑い合うミナとマリアにルーは頬を膨らませた。