あのお方
「ほ、報告は以上になります」
ゴラースミは嘘偽りなく、真実を述べた。
それだけで異様な緊張感に襲われた。
やはり自分のマイナスになるような報告は嫌になる。
だがあのお方の表情は満足そうに見える。
「うむ、原因が解ったなら、同じ失敗を繰り返さないようにしろ」
「……はい」
「しかし鬼は惜しかったなぁ。また呼び出すことは出来るか?」
あのお方は近くにいた家臣に聞く。
あの家臣は今回の兵器の大事な材料を調達出来る唯一の存在だったはず。
「本人に未練があるなら問題ありません。ただ報告の通りだと未練は晴れた様子。
ならば今後は無理矢理になるのでリスクが跳ね上がります」
「それに次は体を作らないといけないから面倒か。それは残念だ」
あのお方は簡単に諦めたようで、肩で溜息をついたような仕草を見せる。
30前後の年齢だが、時折見せる子供っぽさは育ちの良さだろう。
裕福な家庭で育っただろうに、何が不満でこんなところにいるんだろう。
「およ?お前今、文句ありそうだな?」
今度は蛇の下半身を持つ家臣が顔を覗いてきた。
「そ、そんなことありません!」
ギョロリと見てきた目を躱すように顔を逸らす。
「なんだ?言いたいことがあったら言ってもいいんだぞ」
いいえと言っても信じてもらえなさそうな雰囲気が出ている。
「……では、質問させてください」
「ん」
あのお方は満足そうな顔で黙る。
「危険だとおっしゃっていた人物の他に、同等かそれ以上の存在が二人もいました。
もしかして、あなた様はこの結果を想定していらしたのではないのでしょうか?」
「ああん?てめぇ、失敗の原因はあのお方のせいだとでも言いたいのか!」
蛇女が高圧的な物言いで胸倉を掴んできた。
「違う!もっと正確な情報があれば負けなかったかもしれないということだ!」
「それはてめぇの――!?」
急に襲ってきた身の毛もよだつ悪寒に驚き、蛇女は後ろを振り返る。
魔法使いではないゴラースミも恐ろしさを感じ、体が委縮するほどだ。
より強く向けられたこいつには命の危機を感じただろう。
「話が進まない。少し黙っててもらえるかな?」
丁寧に、笑顔で話しているが、とても見た目のままとは思えない恐怖を感じた。
「も……申し訳ありません」
「謝ることはない。むしろ俺の為を思ってそう言ってくれたんだろ?
主君想いの家臣が持てて、俺は嬉しいよ」
あのお方は優しい笑みで話す。
「は、はい!」
蛇女は晴れやかな顔に変わった。
(亜人は単純でいい。あのお方の裏の顔を知らずに済むんだからな)
ゴラースミは表に出さないように呆れた。
「で、情報不足が原因かもしれないということだが、
確かに俺が想定した戦力よりも上をいかれてしまったことは事実だ」
あのお方は自分の判断ミスを認めてしまった。
「いえ!私も相手を舐めてしまい、正確な判断が出来ていなかったようです!」
認められると攻め立てづらくなり、思わずゴラースミも反省の言葉を口にした。
「明確な判断基準を出すべきだったね。そこは反省しなければならない所だ」
「……はい」
「言い訳に聞こえてしまうが、本当にあの二人は予想外だ。
ただ、正体は予想していた。その答えに自信が無かったのだ、すまないね」
低姿勢過ぎて逆にゴラースミが申し訳ない気持ちになった。
「予想だが話しておこう。あの女はおそらく桃姫の君、スプニール・ネリウムだ」
「七剣徒の!?」
「ああ」
意外な人物だ。それに七剣徒が戦場にいるなんて予想は難しい。
「理由はわからない。ただ、スプニールが戦場に居るとすると、残りの二人は……」
「七剣徒……」
「そう考えるのが妥当だろうね」
そう考えると天使では足止め程度にしかならない。結果にも納得出来た。
「今後は七剣徒、いやそれ以上、麗王を想定してほしい」
「はい、承知しました」
ゴラースミは深々と頭を下げた。
「みんなも、そのつもりで動いていてほしい」
今気づいたが、物陰に数人いた。
おそらくあのお方が集めた連中だろう。
「期待しているよ」
あのお方がそう言うと人影が一気に消えた気がした。
そしてゴラースミも部屋を出て行った。
「あの学者に罰を与えなくていいんですか?」
「ああ、それ以上の成果を見せているし、転んでもタダでは起きない。
データもあれば手土産も用意してくれている。十分だと思うよ」
女は映像を映し出す。
人魚相手に足手まといを抱えながらも善戦した女。
咄嗟にAMZを使わせ人魚を守ったが、あのままやってたら破壊されていただろう。
そして人魚の回収のおまけで回収した。
「氷の魔導士か、実に面白そうだ」
不敵な笑みがこぼれる。
「ふふっ、実に未練がましい顔だこと」
こちらも笑みが不敵だ。
「起こすのはまだ後だ」
「はい」
映像が切り替わると今度は凄まじい炎で兵器が破壊される。
破壊された瞬間、映像は途切れるが、いくつもの映像が流れる」
「ホムンクルスも十分驚異的だな」
「信用は?」
「出来るさ」
さらに映像が切り替わる。
「これが第五位とすると、残りは六、七位でしょうか?」
「わからない、下位は入れ替わるからな」
ふと何かがよぎった。
「おい、止めてくれ」
指示に従い、映像を止める。
「こいつ……」
「今回の例外的存在です。どうかしましたか?」
見覚えがある顔に一瞬見えた。
昔、まだこの組織を作る前。
様々な国を彷徨っていた時に出会った……
思い出した。
「いや、忘れてたよ。昔、バカな考えを持ってしまった時の……」
「?」
「ふっ、ふふふっ、はっはっはっはっはっ!」
「何が可笑しいのですか?」
「いや、すまない。昔を思い出してしまったんだよ」
「はぁ……」
「おい、局を、いや、こいつを監視させろ」
「なぜ?」
「理由は後で話す。すぐにやってほしい」
「……承知しました」
もしかしたらバカな考えが良い方向に進んだかもしれない。
根拠の無いワクワク感に一人、胸を躍らせた。