守護者の門出
「さて、ここからが本題よ」
スプニールは次の話に進める。
そしてネックレスのようなものを取り出した。
「守護者の門出!?正気ですか、桃姫の君!」
「ええ、あなたの分もあるわよ」
「――!?」
同じ上級貴族同士で話は通じている。
「どういうことか説明していただけませんか?」
トウヤには話が解らないが、クルルの様子から警戒しなければいけないものだ。
「守護者の門出、身に着けた人に麗王の魔力を分け与える物よ。
もっとも、君よりも星歌の君の方が恩恵を受けるでしょうけどね」
麗王の魔力を分け与える、つまりは強化アイテムみたいなものだ。
「ただし、それは麗王に忠誠を誓うという意味でもあるわ」
「!?」
クルルが隠れた意味を教えてくれた。
「ふふっ、星歌の君は意地悪ですね」
オリエンの物言いに、
(無知な人間に変なもの渡そうとした人が言うセリフじゃねぇよ)
とトウヤは心の中で突っ込んだ。
「彼は一般人、貴族への忠誠は隷属と同じようなものです」
「一般人?身内かもしれないのに?」
「もし違ったらどうするんですか!」
「麗王に仕える。それだけでも一般人には贅沢でしょ?」
「それはそちらの言い分で彼の意思じゃない!」
クルルはどちらかと言えばトウヤよりの感覚を持っているうえに、
トウヤを一人の友人として見ている。
その友人を勝手に支配しようというならさすがのクルルも黙っていない。
それを知ってか知らずか、スプニールはクルルの方に守護者の門出を出した。
「これはあなたにも良い話よ?」
「私……にも」
「あなたの立場で麗王に仕える、それはかなり良い話でしょ?」
守護者の門出は身に着けることで麗王を守る立場になる。
つまり七剣徒に近い立場になることになる。
クルルも一応上級貴族ではあるが、下の方で力も弱い。
そこに守護者の門出があれば大きな力を得ると同時に、
上の方の立場に成り上がることが出来る。
貴族の立場として大きく変化する。恩恵を受けるとはこのことだろう。
だが……
トウヤもクルルが隷属することを快く思っていない。
そう思うとトウヤは自然とスプニールとクルルに割って入った。
「それは……どういう意味かしら?」
トウヤはクルルを守るように立っている。
「ここで知った情報は一切他言しません。なのでその守護者の門出の話は終わりにしませんか?」
「口約束が信用出来るとでも?」
「出来ない人間に話したそちらの落ち度では?」
ピクリと頬が動いた。
感情が読みにくいスプニールがはっきりと表に感情を出させたことは嬉しいが、
今はそこは今は置いておこう。
「それに、力づくで従わせた相手なんて信用出来ないのでは?」
「……」
反論がない。
「麗王ならばこちらから従わせてくださいと言わせた方が示しがつくのでは?」
そう言うとオリエンは急に笑い出した。
「お、お母様!?」
突然笑い出したオリエンにスプニールは戸惑った。
「ふふふっ、ごめんなさい。あの子と同じことを言ったことが可笑しくて……」
あの子、オリエンがあの子と言う相手、オリエンの弟のことだ。
「そ、そんなに似てますか?」
「いいえ、面影を感じる程度。仮に本当に子供ならあなたは母親似なのでしょうね」
その面影から子供ではないか?は随分と大胆な仮説に感じる。
「こちらとしても、あなたから漏れちゃうと困ることなんです。
どうか従っていただけませんか?」
さっきより丁寧な口調だが、内容は変わっていない。
「言い方を変えた程度で忠義なんて誓えません。お断りします」
「……それは、力ずくになってもですか?」
急に大きな魔力を放たれ、体が硬直する。
クルルも不意打ちを食らったように身動きがとれず蹲っている。
(クルルまでも!?)
同じ貴族だからと安心していたが、容赦なくやってくるあたり、
やはり貴族の立場はそのまま扱いに関わるようだ。
トウヤは対抗して魔力を放とうとする。
しかし、なぜか上手く出来ない。
そしてなぜか体が上手く動かなかった。
「では、ここから交渉ではなく命令として問題ありませんね?」
「は、はは……はい……」
「!?」
トウヤはクルルの言葉に耳を疑った。
あれだけ拒んだのに……
「ふふっ、では跪き、両腕を広げなさい」
オリエンは指示を出すと、クルルはそれに従うように跪いた。
(違う)
クルルは驚いた表情で涙ぐんでいる。
そして辛うじて動く首を横に振っている。
クルルは意図しないまま体が動いてしまい、訳が分からないといったとこだ。
それを理解したトウヤは少し親しみを覚えてしまっていたことを後悔した。
この人たちは下に見た人間を道具や駒としか思っていない。
同じ人間だから、近い人もいるから、分かり合える、仲良くなれる。
そう思っていた自分を恥じた。
こういう人間は絶対に受け入れてはいけない。
でなければ仲間、友人、親しい人間全てを失ってしまう。
そう思うと体の中からじわじわと湧き出る物を感じた。
「うおおおお!」
「なに!?」
突然の叫びにオリエンは驚き、スプニールは守るために割って入る。
何かの衝撃波が起こると、トウヤの周りに魔力が渦巻く。
「あり得ない!“全感全知の毒”を自力で破ったの!?」
トウヤが魔力を放てなかったのも、クルルが意思に反して行動したのも、
全てはオリエンの“全感全知の毒”による行動操作によるものだ。
“全感全知の毒”は自身の魔力で細い網を作り出し、任意の空間に張り巡らせる。
その網は視覚や聴覚などの情報を持っており、何処で何が起きているかを知ることが出来るのだ。
そしてその能力者はその情報を操作することで本人の思うがままの事象を起こすことが出来る。
つまりオリエンは“全感全知の毒”でトウヤとクルルを捕縛。
二人とも魔法を使う事や行動が出来なくなるように操作し、
クルルを自らの意思で従ったように操作したのだ。
だがトウヤは自力で打ち破った。
不可能ではない。
過去に打ち破った者は数人いる。
だがそれは麗王や七剣徒と言った特別な人間のみだ。
(この子はいったい……)
オリエンはふと昔を思い出した。
この時と同じ、“全感全知の毒”を打ち破り出て行ったあの子を……