人魚
「痛っ!」
不意の痛みに思わす本音が出てまう。
「最悪!唇が切れた!」
ルーは地味な痛みに機嫌を損ねた。
「岩場の多い乾燥地帯だからね。仕方ないわ」
ソニアが仕方ないと宥める。
「にしても乾燥し過ぎですよ。喉もカラカラです」
「確かに。少しでも喉を潤しておきなさい」
ソニアはミナの意見にも納得し、ドリンク容器を取り出し水を飲ませる。
「一応、戦闘が待ってる可能性が高いから、体の状態を十分に保つことも大事よ」
水で喉を潤すと先の様子を見た。
「にしても長い階段ね」
1つ扉があったが開かなかったので仕方なく通過。
その後、扉も何も無く階段を降り続けることになった。
もう十数階相当まで降りている。
「これは帰りは大変――!?」
ふと上を見上げたら水の塊が浮かんでいた。
「敵襲!!」
その声にルーとミナは構え、敵を確認した。
「あれは……水の塊?」
ふわふわとゆっくりと降りてくる水の塊。
敵意が全く感じられない。
こぽこぽと塊に空気が流れると歌声が聞こえてきた。
「♪~♪♪♪~♪♪♪~」
「これは……まさか!?」
ミナは覚えがあった。
「祈り歌の毒!?」
「え!?クルルなの?」
「違う!クルルは水属性が苦手だ!」
「なら……」
「急いで降りて!!」
ソニアの叫びと共に水の塊が押し寄せてくる。
「クルルの一族の――」
「今は水の祈り歌の毒使いはいない!」
祈り歌の毒の属性は基本的に個人が持つ魔法属性に依存する。
現在、祈り歌の毒の使い手で水の魔法属性はいないと聞いたことがある。
「♪~♪~♪~♪♪♪~」
歌声が変わる。
「痛っ!」
目に鋭い痛みが走る。
というより目を開けてられなくなってきた。
「まさかこの乾燥した空気って――」
「あいつは水を奪う生体兵器よ!」
発で身を守るが時間の問題だ。
(相手の特徴は!)
ルーは逃げながらも生体兵器を観察した。
手すりや階段をものともしないことから体は完全な流体。
物に影響が無さそうに見えることから、本当に水の塊といえるだろう。
これだと、触っても中に捕らわれるだけかもしれない。
動きはさほど速くないが追うのには十分な速さだ。
そして水を奪う能力。これは生物が相手ならかなり危険な能力だ。
戦わずに逃げても干からびて干物のようになってしまう。
逃げても時間の問題だ。
ふとルーはある考えに至った。
「ソニアさん!塊は一つですか?」
ソニアは言われたことを確認するとニヤリと笑った。
「いいとこに気が付いたわね!」
ルーの考えていることを理解したソニアは魔法で迎撃しようとした。
しかし不発に終わってしまう。
「乾燥してるから氷が出ない!」
氷属性の魔導士は空気中の水分を凍らせて氷を作り出す。
一応、魔力を氷に変換出来るが、効率が悪く時間がかかってしまう。
大量の魔力を使えばいいが、これから戦闘が続くことを考えると使い時ではない。
また冷気を必要とするため、高温の環境は苦手だ。
「なら私が!」
自分の魔法で対処しようとしたミナをソニアは止める。
「それじゃダメ!飛ばしても水を奪う能力で回収されちゃうわ」
ミナの発破やルーの砲撃では、水の生体兵器から一部を切り離すことが出来ても、
水を奪う能力で生体兵器自身に戻ってしまう。
ルーが考えた大きな塊から水を切り離し、本体を小さくして破壊する方法は難しい。
(賭けだけど仕方ない!)
ソニアは考えを切り替えた。
「飛んで離れるわよ!」
「でもAMZが!」
「生体兵器も魔法で動く。なら迂闊には使われないはず」
魔法を無力化するAMZも空間という条件があるため、生体兵器と
同一空間にいる今なら、兵器を無力化する恐れがあるので使われないだろう。
そしてある程度離れたら水を奪う範囲外になり、ソニアの魔法が使える。
水を奪う、すなわち蒸発させて自身に取り込んでいるならば、
自身の水を凍らせてしまえば動けなくなるだろう。
まだ不確定要素はあるが、このまま干乾びるよりはマシだ。
ソニアは階段の外に飛び出し、宙を舞う。
それを見てミナとルーも飛び出す。
あまり大きく飛び出さず飛ぶのはやはり警戒しているのだ。
水の生体兵器はソニア達を追うように動くが飛ぶスピードには敵わなかった。
飛んで姿を確認してよくわかる。
水の生体兵器はまるで胴長の蛇のように動いていた。
人が何十人、いや何百人は収まりそうなほど巨大な姿だ。
ルーの提案は悪くない。
こんな巨大な水の塊はそのままじゃ危険だ。
「あいつのせいでからっからじゃない」
急いで距離をとるがまだ氷が作れない。
あまり距離を取りすぎると逃げられ、他の人に影響が出るので、
ある程度離れたら自分の持ち物から水を取り出す。
「小さいけどいけるでしょう!」
拳ほどの氷を作ると、そこに魔力を注ぎ込む。
「凍てつけ!“フリーレン・キス”」
高速で飛んでいく氷が水の生体兵器に命中すると、徐々に水が凍っていく。
だが体に対して氷が小さ過ぎるため、全体が凍るには時間がかかりそうだ。
しかし
「――――!!」
甲高い悲鳴のような叫びを生体兵器は上げた。
あまりの大きさに思わず耳を塞いでしまった。
(効いてる?)
まるで苦しんでいるような叫びだ。
「ソニアさん、今の……」
叫びが消えた後ミナは確認する。
「ええ、すごく嫌がった感じだったわね」
自分の体が凍るのを嫌がるのは納得出来る。
ただ、その嫌がり方が尋常じゃない気がした。
ゴポッ……ゴポゴポッ……
水の中の気泡が増えた気がする。
というか白い煙が出始めてる。
「まさか……あれって……」
どういう変化が起こったか察したルーが、思わず身を引いてしまった。
「え、ええ。水だからあり得るわね」
ソニアも、そしてミナも理解した。
まるで怒ったかの変化だ。
気泡がブクブクと大きく、激しくなってきた。
「水が沸騰したのよ!」
触ることも危険になった水の生体兵器、「人魚」がソニア達を襲う。