忍び寄る
「これは……随分と深い穴ね」
ソニアが覗き込むとフワッと風が吹き上げた。
薄暗くて底が見えないが、風があるということは何処かに繋がっているのだろう。
広く、大きな筒状の部屋であることから、
外部から大型物資の搬入なんかに使われてたのかもしれない。
王宮の地下はまるで巨大要塞。
相手はかなり大きな組織であることがわかる。
「向こうの方は完全に壁という感じですね」
向かいの壁を確認したルーの言う通りで隠し部屋がありそうな雰囲気ではない。
となるとここは要塞の端と言う事だろうか?
「上方、敵影は確認出来ません」
上側を確認したミナの確認に、ソニアが見た下側からも敵影は無い。
「階段で下へ降りるわよ」
地上から地下へ進んだのだから上は地上に出る可能性が高い。
そして上下に階段があり、組織には魔法が使えない人間もいると情報があることから、
通路として使っていて、下には大量の部屋があると考えるべきだろう。
「飛んでいくことは……」
「しないわ。監視とAMZの可能性があるわ。
ここで飛んでる最中に使われたら真っ逆さまよ?」
AMZはまだわからないが、監視は確実だ。
カメラと思われるものが幾つか確認出来ている。
「うう……」
ルーが少し嫌そうな顔をしている。
「あんたもしかして疲れてるの?」
「うっ……」
図星の顔だ。
無理もない。突入から既に10分ほど経ち、かなり大きな施設内を移動。
距離にして数kmは走ったことになる。
だが魔導士が身体強化をしているにせよ、この程度走っただけで疲れるのは問題だ。
現にソニアとミナは平気だ。
「帰ったら筋力強化も必要ね」
「ううっ……」
ルーの修行に付き合うようになってよくわかった。
ルーは今まで才能だけで熟していて、その他がかなり疎かだ。
逆に才能だけでいけたのはそれはそれで凄いことだが、体がその能力に見合っていない。
才能に胡坐をかいた典型的な貴族魔導士だ。
「はぁ……仕方ないわね。少しだけ飛んでもいいわよ」
「やった」
「……いいんですか?」
嬉しそうなルーに対してミナは不満そうだ。
「今回は特別よ。元々低ランクでも特別に参加してるクエストだもの。
能力に見合わない部分もあるし、いざという時に動けなくなるのも困るでしょ?」
「まぁ……」
ミナはルーがある程度独り立ち出来ることを願っているので厳しめだ。
だが今は例外。彼女のためにならなくても大目に見てあげてほしい。
「でも、高く飛んじゃダメよ。床から数センチ、打ち消されても大丈夫な程度ね」
「はい!」
本当ならストームギアを使いたいが、室内で道も入り組んでいるので操作が難しい。
なのでほんの補助程度の対応だ。
少し体を浮かせたルーはスイスイ階段を降っていく。
「おい、ルー、先に行き過ぎだ」
「大丈夫、警戒はしてるよ」
確かに近くに敵影らしい姿は無い。
「はいはい、あたし達が追って進みましょ」
仕方がないと言わんばかりにソニアとミナが追う。
今思えばこの時に気づくべきだったかもしれない。
今この時体に起こっていた変化を。
誰もいないはずの王宮内に人影。
見つからないよう、隠れながら進んでいる。
「報告では王宮内は既に捨てられていて何もないはずよ」
「ってことは調べ放題ですねぇ~」
調べ放題といっても調べるのは“クレリアリス”の力を持つクルルのみ。
ミイナはホムンクルスで能力は無いので護衛だ。
君影の君は天使討伐のみの協力なのでクルルを手伝わないし、
桃姫の君は気になるからとトウヤに付いている。
(もっと上級貴族が協力的ならなぁ)
数人で調べればすぐに終わり討伐側に参加出来るんだが……
あいにくそのような人は希少なのが上級貴族である。
「さあ、早く終わらせてトウヤ君たちを助けましょ」
「そうですね。わたしもトウヤさんをお助けしたいです」
クルルは指輪にキスをすると部屋が結界に覆われ人影が現れる。
“クレリアリス”の能力の一つ、過去を見る力“遡及想起”だ。
この結界で覆った物、部屋にある物全てに残る記憶を呼び出し映像化する。
そして記憶の糸を辿るように過去へ映像が流れていく。
「かなりしっかりしてるわね、これなら……」
クルルはさらに魔力を送ると、高速で動き始める。
「人が少ないですねぇ~」
ビデオの逆再生のように流れる映像を見ながらミイナが呟く。
人の流れが多そうな場所を選んだつもりだが、思ったほど人が出てこない。
何か思い違いをしているのだろうか?
そう思いながらも映像は数年分流れた。
「あれ?」
ある時期を境に変化が現れた。
「人が増えましたねぇ~」
ミイナも同じことを思ったようだ。
「前情報から考えると、旅団が来てから王宮の人が減ったんでしょうね」
「ず~っと人体実験してたんですねぇ~」
「となると先に入り口を調べた方がいいかな?」
王宮の人間が通りそうな場所を先に調べようとしたが、
確実に通ったであろう入り口から調べるべきだった。
入り口は大量の人間が出入りしたはずなので調べる相手が多く大変、
だが何もない部屋をずっと見てるのも辛い。
どちらを優先するかは好みだが確実に追える場所の方がいいかもしれない。
そう思い移動していると、新しく情報が届いた。
「相手はゴラースミ・ブルヘアン、元考古学者兼理学医の博士だった人なのね」
顔写真も届いたので探しやすい。
「理学医ということは人体のエキスパートですね~
ということはこの人が実験で天使を作ったのでしょうか?」
「まあ、そうなるわね」
だが何の目的で?
マッドな人間が考えることは一般的な考えを持つ人間には理解出来ないだろう。
「なんだかマスターを思い出しますね~」
「マスターって、その呼び名は――」
何気ないミイナの一言でクルルはある可能性を思いついた。
(裏に誰かいる?)
研究には莫大な資産が必要になる。
それは良質な機械など環境面に大きく関わるからだ。
クラリスは趣味の研究をするための金策としてホムンクルスを創り出し、
それを兵器として売り、戦場に送ることで資金を得ている。
ホムンクルスが生み出すデータもクラリスの研究にも役立っているため、
実証実験と資金の両資産を得る優れた手段であると評価されている。
さらにステラ達と縁があるようで何かの目的があるようだ。
それに対してゴラースミは?
データだけを求めていて、資金を得ているようには思えない。
今に思えばこの王宮を研究所にするのも大規模だ。
とても一人では賄えない、何十人、何百人の魔導士が必要になる。
質も数も揃えるなら何かの組織が無ければ難しいだろう。
(いや……まさかね)
クルルは恐ろしい考えに至ったことを心の中に閉まった。