それぞれの思惑
作戦が決まるまでに確認しなければならないことは山積みである。
「すごっ!こんな発想どこで手に入れたの?」
マリアはトウヤと似た能力なので、風打ちを教わっている。
「故郷の漫画。クエスト後に見てみる?」
「ん~局とあまり関わりたくないけど、君だけなら我慢しようかな?」
嬉しい返事だ。局に入らない仲間としてマリアとは良好な関係を築けそうだ。
そして同じ魔法でも使う人が変わればしっかり差が生まれた。
風打ちでも“貫”や“震”といった攻撃的な分類はトウヤが得意。
対してマリアは“繋”や“弾”の守りや支援的な分類が得意のようだ。
そして重要なのが魔力。
トウヤの本来の能力は“創造する神”、つまり創る能力。
空間操作魔法の“風打ち”はこの能力で創られた魔法。
その影響からか魔力の消費量が大きいのが欠点だ。
そのため、トウヤは蓄積魔力量増加、魔力回復量増大といった
反則効果で欠点を補うように使っている。
だがマリアは本来の能力であるため、トウヤよりも少ない消費量で済んでいる。
トウヤよりも適性が高く、扱い易いということだ。
単純に聞けば使い分ければいいように聞こえるがそうもいかない。
マリアの欠点は魔力の少なさだ。
マリア自身、元々は魔法の使えない一般人。
そこに改造実験で魔法が使えるようになっただけなのだ。
そのため魔導士としての適性は高くない。
ただ、子供達を飢えさせないために魔法で食料を盗んでいたおかげで、
空間を繋ぐ先の正確さ、空間移動の操作面は非常に優秀である。
現にものの数分で“駆”を習得している。
「マリアにお願いするのは“繋”での移動がメインになりそうだね」
「ええ、これなら皆を案内出来るわ」
「あと放出系の魔法だけど……今回は無しで」
マリアは氷属性の操作・放出系。
だが放出系は拳大の礫を飛ばす、時間をかけて凍らせる程度だった。
現状、戦力としても支援としても期待出来ない。
「ええ、ありがとう。私でもこれだけ役に立てるのね」
マリアは純粋に愛する人を救うことに力を貸せているのが嬉しかった。
「あと“繋”の使い方で慣れておいてほしいのがある」
「どんな使い方?」
「こういう使い方なんだけど……」
トウヤは小さな人形を創り、実際に使って見せる。
「そんなことも出来るんだ?」
「ああ。これが使えれば相手の攻撃とか簡単に逃れられるし、
当たりそうって時にマリアが防ぐってことも出来るでしょ?」
「確かに。合図を決めてやればタイミングは取れそうね」
意気揚々と互いの能力を確認しあい、作戦が組み上がっていく。
二人+一人の魔法世界の常識に乏しい少数チームだが、
どのチームよりも強力な存在になることはまだ誰も知らない。
ドン!
訓練用の的人形に穴が開く。
炎の棘の熱砂は砂で身を守る防御魔法。
だが操作の仕方によっては攻撃にも使える。
砂の粒子を高速で動かし切断する。
このデバイスを創った彼がやっていたやり方だ。
かなりコツがいるようだが、慣れてしまえば簡単なやり方。
でも切る力は格段に上がる。
彼の国ではチェーンソーと呼ばれている道具の切り方らしい。
これが使えれば攻守一体の戦い方になる。
そしてこのチェーンソーの切り方は粒子を小さくし、
さらに高速で動かせば硬い鉱物も簡単に切れるらしい。
これが使えれば……
「セレス?」
急な念話が届く。
「ティア……」
「ポーラ達から、敵の潜伏場所が分かったみたいよ」
「……作戦だけ教えて。私はこの力を仕上げたい」
「……まだ復讐しようと思ってるの?」
「ちがっ――!!……違うと言いたい」
セレス自身まだ気持ちの整理がついていないようだ。
「これは復讐じゃない。お父さんがやり遂げられなかったことを引き継ぐ。
天使を倒す、その思いを引き継ぐ……そう……思ってた」
それは復讐と変わらないんじゃないか?と思う節がある。
「でも、前を向くために一区切りつけないといけないことはわかってるわ」
その区切りが気持ちの整理に繋がるとセレスは考えている。
「私も復讐は反対……と言っても当事者じゃないから言えるだけかもしれない。
でも復讐は常に恨み恨まれの終わりのない怨嗟の輪ってのは頭の片隅に置いてね。
そうじゃないと……セレスがその輪から外れることが出来ないじゃない」
相棒と言える友人は身を最優先に案じてくれていた。
「うん、お父さんも復讐に捕らわれてほしくないって言ってた」
だからこそセレスに内緒で調査していたことは理解している。
「でもそしたらやったもの勝ちだから、一度は報いを受けるべきよ。
だから今回だけ、この一度だけで終わりにしましょ」
「……うん」
それが難しいのだがやってみるしかない。
この一度だけの機会に、確実に決められるよう、セレスは訓練に集中した。
マスターたちの話し合いで作戦が決まっていく。
実験に協力した一般兵は極力救助するようだ。
ここはランクの低い魔導士たちで抑える。
数が多い相手なのでこちらも数を多く割り当てる。
そして重要なのがこの先、未知の能力を持つ敵。
実験が進んでいるので一般兵以上天使未満が存在するはず。
その相手はある程度高ランク魔導士でなければ対処は難しいだろう。
そして最も懸念されるのが、今回の発端でもある天使だ。
これはマスターまたは七剣徒が対処するしかない。
都合がいいことにトウヤの能力に空間操作がある。
トウヤが天使までたどり着けば、直接、天使にマスター達をぶつけることが出来る。
そしてトウヤには局が欲しい物を手に入れることに注力してもらおう。
欲しい物、すなわち天使の設計図や実験記録といった情報だ。
長年実験が行われているということは、
ある程度天使と同等の兵器が量産された可能性が高い。
毎度このような大掛かりな作戦を実施する余裕は局に無いので、
兵器の対抗手段を練るために少しでも情報が欲しいのだ。
奇しくも局とマリアの欲しい物は一致しているので、
作戦の成功はマリアも願うばかりだった。
「ねぇ、私を単独で動けるようにしてくれない?」
スプニールがクルルに頼み事とは珍しい。
「今回、お二人の判断を信じるつもりでしたので、
天使の討伐以外は自由に行動していただいて問題ありません」
一応、クルルが指揮する立場だが、向こうが格上。
個人の判断を信じて問題ないと思っていた。
「それって責任の放棄じゃないかしら?」
リヤナが口を挿む。ご尤もな意見だが……
「お二人ともクルルさんに従うつもり無いんですから関係ないですよね~?」
ミイナが笑顔で毒づくと、リヤナは薙ぎ払うように腕を動かした。
ギン!
金属が衝突するような音が響く。
ミイナの顔を通るように動かした腕は、ミイナの頭上を通って薙ぎ払われた。
「人形が誰に向かって話してるの?」
「リヤナさんは人形と話す趣味があるんですねぇ~」
貴族の中でもミイナを嫌っている人は多い。
ミイナ自身気にしていないが、こうやって口にするのは珍しい。
「私の判断で自由に動いてもらうので、責任は私で問題ありません」
火花をバチバチ燃やすミイナとリヤナを宥めるようにクルルは止める。
「じゃあ……私は彼の元にいるから……天使が出たら呼んでね」
「彼?」
彼ということは男。この作戦に参加する男は数が限られる。
「……ホシノ……トウヤ」
そう言うとスプニールは部屋を出て行った。
「え……ええ!?なんで!?」
まだ一度しか会ったことない相手の元に行くなんて訳が分からない。
クルル達は度肝を抜かれ、固まってしまった。