外伝:命
「そういえばクルルさんはトウヤさんと子作りしないんですか~?」
ミイナの唐突な質問にクルルは飲んでいた物を吹き出してしまった。
「ゲホッ!ゲホッ!……いきなり変な事言わないでよ!」
ミイナは復活してから、クルルとペアを組み、クエストに行くようになった。
上級貴族である二人がギルドに入ることは後で問題になりそうなので、
フリーでかつ権限を使ってクエストを熟している。
と言っても毎度クエストに行くわけでもなく、今回は久々の教戒師の仕事だった。
道中、他愛ない話もよくするようになったが、デリケートな話題も平然とするあたり、
ホムンクルスの感性の無さにドギマギさせられてしまう。
「ミイナ、そう言うのは人前で話すことじゃないわよ」
「そうなんですか~?」
やはりわかっていない。
「でもわたしもどういう物か知りたいんですよね~」
「へえ、興味があるんだ?」
ホムンクルスにそのような感情があるのが意外だった。
「はい~!体の中で人の命が育つんですよ?すごくないですか!?」
ミイナは知ることが出来ない事象に興味が尽きない様子。
さすがにミイナにはそのような機能は……あの人なら創りかねない!
「まあ、人一人の命に関わることだから、そう簡単に手を出さない方がいいわよ」
クルルはやんわりと止める。
「う~ん、マスターにお願いして子作り出来るようにしてもらおうかな~?」
「……もうマスターにお願いできる立場じゃなくなったんでしょ?」
「あう~!そうでした~!」
随分と重い話だが、本人は何とも思っていない感じで明るく話している。
「じゃ~クルルさんやリリスさん達と早く子作りするようにお願いしましょ~!
今なら初めから最後まで観察し放題ですね~!」
「やめなさい!」
クルルはミイナの頭に拳骨を入れる。
「あう~!でも実際問題、まわりはそういうの求めると思いますよ~?」
事実、魔法世界には高ランク男性魔道士は大量の子供を作ることを求める風習がある。
両親共に高ランク魔道士であれば、その子供も高ランクになる可能性は十分ある。
現在の上級貴族がいい例だ。
どちらの血が色濃く受け継がれるかは賭けだが、子供は例に漏れず高ランクである。
ただし、S+という局の基準の最大ランクであるだけで、
実際はS+の中でも上下が存在する。
さすがにその上下までは決まらないが、局からしてみればどちらも果てしない上には変わらない。
そして局が求める物だからと世間一般にまで広がっている。
局が把握している人口数も女性が総人口の7~8割を占めている。
魔法世界の街を守る為、国を守る為に高ランク男性魔道士は多くの人間が求めている。
「欲にまみれた女に持って行かれないように気をつけないとね。
まあ、あの子自身、そういう人を嫌っているような気がするけど……」
根は真面目な性格をしているので何処までも一途な気がする。
「それに女の方も頭では理解出来ても、気持ちの方で拒絶してしまうものよ?」
恋人が複数の異性と交際しているとあまりいい気がしない。
いくら事情があるとはいえ、そう簡単に気持ちの整理はつかない。
「そんなもんなんですかね~?」
「そんなもんよ」
その辺りもホムンクルスには理解出来ないだろう。
……たぶん。
「う~ん、トウヤさんなら子作りに協力してくれると思ったんですけど~ダメっぽいですね~」
「そんな適当に考えてたらダメよ。人一人の命なんだから」
「はーい」
その返事は理解しているのだろうか?
話しながら歩いていたらある場所に到着した。
「目的の場所に到着しました~」
「さあ、早く済ませましょ」
クルルは指輪にキスをすると結界が包み込む。
「……時間は四か月前、ターゲットはこれの持ち主……」
クルルは何処からか取り出した小物を指輪に近づける。
すると結界内に人が現れた。
……いや、人だった物だ。
血を抜き取られ放置されたらしい。
「少しずつ戻すわね」
そうクルルが言うと景色が動き出した。しかも逆に動いている。
この場に残る記憶を映像として目視出来るようにして、時を遡っているのだ。
暫く遡ると何者かが現れ人だった物に触れた。
一気に生気が戻ると、人だった物は立ち上がった。
「どうやら気を失わせてから抜き取ったみたいですね~」
「そのようね」
立ち上がったのは被害者、そして……
「何者……かな?この人は……」
犯人は教戒師の力でも顔がはっきり見えない。
認識を阻害する魔法、しかもかなり強力な魔法を使っている。
結界を広げてさらに遡ると、何かの転移魔法で現れたことがわかった。
「クルルさん!こっち見てください!」
ミイナが犯人の背中を見て呼んだ。
「何?……これは、何かを背負っている?」
背中の上部に二つの突起が確認出来るが、服で隠れている。
映像なので干渉することは出来ない。
「血を入れる容器……いや、服の中に入れる必要がないか」
「体の特徴でしょーか?有翼種の亜人とか、翼を取ったらこんな跡が残っても不思議じゃないですねー」
やったことあるのかよとツッコミそうになった。
「とりあえずコイツの記録と、転移魔法の記録をするわよ」
「……」
ミイナが黙ったまま観察している。
「ミイナ?」
「あ、はい、すみませーん、考え事してましたー」
「考え事?」
「大したことじゃないんですけどー……」
ミイナが珍しく言いよどむ。
「人間って何で同じ人間を殺すんでしょうね?」
人体実験とか平然としそうな人から生まれた人のセリフではない気がする。
「一方では命を育み、一方では命を奪う。何がしたいんでしょうね?」
ミイナは奪う立場だが、それなりに命という物に興味を持ったようだ。
「命の育みは生き物ならそうしてる。人間も生き物の一部だから当然やるでしょうね。
そして生きるための糧となる殺しは生き物なら誰でもするわ。それで命を繋ぐことが出来る。
でもそれ以外で殺しをするのは人間だけと聞いたわ」
クルルは自分なりにも答えを話す。
「人間ってのは欲深い生き物よ?その欲を満たすために相手を使い、命をも奪う。
そういう生き物だから簡単に奪うんでしょうね」
「クルルさんは奪った命はどうしてるんですかー?」
「……一応、冥福を祈ることはしてるわ」
「奪われる前に命を育もうと思ってますかー?」
「当然。でもこういう仕事をしているからね、育めないこともあるとは思ってるわよ」
「じゃあ育む前に奪われたらイヤですねー」
「そうね。ちょっとは後悔しちゃうかな?」
「ふむふむ、なるほどー」
ミイナに哲学的な物を問われたが、何とか答えられたことにホッとした。
(ミイナはミイナでいろいろ考えてるのね。そう言うところはだいぶ人間らしいかな?)
あの事件を機に、兵器としてのミイナから人間としてのミイナに生まれ変わったようだ。
そのためいろいろと興味を持ち、考えを持ち始めているようだった。
「じゃあわたしも後悔しないように生きないといけませんねー」
「ふふっ、そうね」
このホムンクルスは人間よりも人間らしく生きそうだ。
「じゃあ帰ったらトウヤさんに子作りしてもらうようお願いしますねー」
「へ!?」
話がよからぬ方に向かった。
「後悔する前に命を育んでみたいです~気に入ったらいっぱいしたいですね~」
満面の笑顔で答えるミイナ。
「いやいや、ちょっと待って!」
やはりミイナの考えることは理解出来ないと感じてしまった。