ランクアップ
事件から数日が経った。
ポーラのギルド、エルメント・ジュエル用に造られた部屋は暗く重い空気に包まれていた。
そこにはリンシェン、リリス、アーニャ、クルルを除くArk事件に関わったメンバーがいた。
クルルはいないのが当然だが、アーニャはまた呪いの仕事を再開。
リンシェンは自室に閉じこもり何かの研究。リリスは我関せずと言わんばかりに寝ていた。
後味の悪い事件からまだ立ち直れない。
そんな面々がただ集まっている。
何も話さない部屋は周りが引くほど重く暗かった。
「お、じゃま……って暗っ!!」
何も知らずに訪れたソニアはセルフ突っ込みを入れた。
「何この暗さ?後味の悪い事件だったとは聞いてたけど、まだ立ち直れないなんて情けないわよ」
「……」
誰も返事は無い。
「はぁ……ならずっとそうやってなさい。
死んだ子達も浮かばれないわね。ってあんた達もなの!?」
ソニアは見知った二人も一緒にいることに驚いた。
「い、いえ……私達は……」
「かける言葉が……」
ミナとルーは事件の影響で落ち込んでるわけではない。
なんとか元気づけようとするが、上手くいかずに困り、自身の不甲斐なさに落ち込んでいた。
「ミイラ取りがミイラになってどうすんのよ」
ともあれ、ソニアは当初の目的を果たすために話を進める。
「ルツィエ・シフォン。おめでとう、ランクアップよ」
予期せぬ言葉に驚くと同時に喜びが溢れ出た。
「ほ、ほんとですか!?」
「ええ、嘘じゃないわ。これがその書類よ」
ソニアは宙に画面を出し、ルーの前に送る。
“ルツィエ・シフォンをA+ランクへ昇格を認める”
元のAAから二つ昇格したことになる。
「やった!やったよミナ!」
「おめでとう!ルー!」
二人で抱き合いながらピョンピョン跳ねる姿はまるで仲良し姉妹のようだった。
「あのマンバ戦はよく戦えていたわ。かなり格上を討伐寸前まで追い込んだこと、
そこまでの戦い方、それらが大きな決め手になったわね。
……まあ、最後は猫っ子に巻き込まれた感じだし、動けなくなったのは今後の課題ね」
貴族社会では魔道士のランクの効果は強い。
自分の派閥にどれだけ多くの高ランク魔道士を従えるかは大きなステータスになる。
ルーは派閥に所属してないが、お家建て直しとなった時、自身のランクが高いに越したことはない。
ソニアは喜ぶ二人を見て微笑みながらポーラの頭に拳骨を入れる。
ゴチ
強くはないが痛そうだ。
「な、なんですか?ソニアさん」
ポーラは涙目で頭を押さえている。
「あんたもいつまでも凹んでないで仕事しな!あの猫っ子にも来てるわよ」
「は、はい……」
通達すら見ていないことに呆れた。
「友達や仲間が死ぬことくらいあるって覚悟してこの世界に入ったんでしょ?」
「はい……でもあんな呪印で終わるなんて……」
何より堪えたのは、ありえないもので終わったことだ。
「それは局全体でも調査が進められるわ。あんなの……そうホイホイ使っていいものじゃないもの」
遥か昔に消えた物がまた目の前に現れた。それも使ってほしくない相手達のほうへ。
局は重要案件として調査を進めている。いち魔道士が調べるよりはるかに多いデータ量を解析する。
そうすれば自ずと答えにたどり着けるかもしれない。
「私達に出来るのは日々のクエストで手助け&情報収集とその日が来たら討滅出来る強さを身に着ける事よ」
沈んでいた空気が少し軽くなった気がした。
「ふっ……んんん~」
さらに空気を飛ばすように、リーシャが背伸びを始めた。
「ちょっと体動かしてくる」
リーシャは立ち上がると、訓練場に行こうとする。
「私も……付き合うよ」
「あたしも!」
セレスもティアも同行し出ていった。
「で!男二人はどうなの?」
ソニアは残った二人を叱咤する。
するとおもむろにファイゼンは口を開く。
「可愛い女の子にキャーキャー言われたい」
ポーラとソニアは思わず蹴ってしまったが、彼にとってこれは正常運転である。
「残りは……大丈夫そうね」
ソニアはトウヤの顔を見て笑う。
いつの間にか口角を上げてファイゼンに死んだ魚のような目を向けていた。
一応笑っていると判断したソニアは満足したかのように去っていった。
「リンシェンがS-か……テルシオを倒したもんね~」
マンバが巻き込まれなかったらルーも同じだったことは誰も知らない。
「この噴射の魔法、これどういう仕組みなんだろう?あいつ強化系も使えたのかな?」
ポーラとファイゼンがリンシェンの魔法を映像で検証している。
「いや、噴射点を束ねれば強化系じゃなくてもいけるぞ」
「そうなの?……それも科学の知識ね」
「ああ、地球じゃ空気の力で何十トンの重さの物数センチ浮かせて運んだりと実用的だ。
こっちの飛行魔法の応用的な使い方だな。むしろストームギアのほうが使い方は近いかもな」
「へぇ~風って上手く使えば便利なんだな」
普段の態度から、あまり頭の切れるイメージが無いリンシェンだが、
戦い方には緻密な計算が組み込まれているあたり、とんだ切れ者なのかもと感じてしまう。
そう考えるとポーラの人を見る目は確かだと確信できる。
「じゃ、私達もそろそろ……」
ミナが帰ろうと立ち上がると、急に横の方を見ながら片耳を抑え黙った。
「念話?」
ルーは頷くと人差し指を口に当て、黙るよう合図した。
「ちょっと待ってくれ……いいよ」
ミナがそう言うと、新しい声がした。
「トウヤ君、元気になった?」
「クルル?体は大丈夫?」
「ええ、ありがとう。お陰様で動いても問題ないわ」
クエスト後、連絡が取れなかったので心配していたが、問題ないようだ。
「それで……ちょっと厄介なことになっちゃってね……」
「何かあったの?」
クルルは少し黙るが、意を決したように言う。
「ポーラさん!ごめんなさい!トウヤ君を連れて行くことになっちゃいました!」
「え……!?まさか!?」
ポーラの顔が青ざめている。
「藤躑躅の君がトウヤ君を連れてこいって聞かないの」
「ひいっ!?」
さすがの出来事にミナとルーも顔が真っ青だった。
「ん?呼ばれたの俺だけ?」
事態の深刻さに気付いていないトウヤだけはあっけらかんと答えた。
「ええ」
「ギルドマスターのポーラや同じチームを組んだミナ達を呼ばないってことは、
用事は俺個人って感じだな。わかった、すぐ行くよ」
「ちょ!?相手はあの藤躑躅の君よ。大丈夫なの!?」
「ああ、俺もあの人に会ってみたいと思ってたし、ちょうどいいよ」
会ってみたい。誰もが避けたくなる存在に会ってみたいと言うトウヤは、
大物なのか、単に危険度を理解していないのかは誰にもわからなかった。
「ま……まあそれで周りに対してはお咎めなしって感じだから、助かるわ」
クルルは一応安心した。
「何処へ行けばいい?」
「クエストの窓口でお願い。そこから行った方が早いわ」
「わかった」
そう言うと念話は途切れた。
「じゃ、行ってくるわ」
「ちょっと待って!」
軽いノリで行くトウヤをポーラは止めた。
「?」
「相手は何をするかわからない人よ。変な実験に協力とかしないように気をつけてね」
「ああ」
軽く手を振ると、トウヤは出ていった。
「本当に大丈夫なのか?」
残った全員が同じ気持ちだった。