混沌の世界
ゴーン
ゴーン
時計塔にあるような鐘の音が響き渡る。
もちろん周りにそんなものは無い。
音の出所がわからず周りを見渡す。
「……まさか!?」
バーネットが音の正体に気付くと暗い紫色の魔方陣が広がった。
魔方陣は四つ。クレア、バーネット、フウ、ライの足元にあった。
「逃げろ!!」
そうバーネットが叫ぶと同時に、魔方陣から無数の不気味な腕が伸びた。
「うそ!?」
ポーラは魔法に驚いた。
「まさか!?私達を見捨てた!?」
クレアもこの魔法の意味がわかったようだ。
「うわあ!」
フウがあまりの不気味さに逃げ出すが、捕まってしまった。
「助けて!」
ライも捕まり、魔方陣に引きずり込まれようとする。
助けを求められたセレスは捕まえようとする。
「さわるな!!」
クレアの叫びに全員身動きを止める。
「触ったら巻き込まれる。そういうものだ!」
クレアの目から涙が溢れ出る。
「“混沌の世界”……対象者を永遠の暗闇に生かしたまま閉じ込める、
生き地獄のような世界に連れて行かれる。触れたら一緒に連れて行かれるわ……」
ポーラが魔法の効果を教える。
「だったら!」
トウヤが魔法を使おうとするが止められる。
「……これはデスペルを受け付けない、むしろその人も取り込む最悪の禁呪よ」
ポーラの目からも涙が溢れていた。
「ポーラ……ごめん……殺して……」
せっかく仲直り出来たのに、せっかく一緒に歩けると思ったのに、
せっかくやり直せると思ったのに、待っていたのは死別だった。
“混沌の世界”が確認されてから、術者本人が中で生きていると言うだけで、
他人が確認した事例も捕らわれた人間が“混沌の世界”から脱出出来た事例は未だに無い。
だが確実に死ぬかどうかもわからない暗闇で生きながらえるよりは、
脱出を諦め、完全に捕らわれる前に死ぬことが、今わかっている救いだった。
「……生き地獄は……もう十分だ」
クレアの言葉に、捕らわれた四人は覚悟が決まったようだ。
「うっ……死にたくない……死にたくないよぅ……」
「これから……だったのに……」
十一歳の子供であるフウとライには辛すぎる決断だった。
トウヤはフウとライに魔法をかける。
すると、二人は目を瞑り動かなくなった。
「眠らせた……少しは苦しまずに逝けるだろ……」
「トウヤ……すまない」
セレスはトウヤに感謝すると、ティアからミラージュの片方を受け取った。
「こんな……こんなことになるなんて……」
ティアが倒れるようにしゃがみ込み銃口を向けた。
「ああ、絶対に許さない……何としても見つけ出してやる」
セレスも誰かに誓うように銃口を向け、ティアと同時に引き金を引いた。
パァン
乾いた銃声がフウとライの頭部を打ち抜いた。
「ふっ、俺の悪い予感は当たってしまったな」
「あんた、気付いてたのか?」
トウヤはバーネットと最後の言葉を交わす。
「予感……だけだ」
「そうか。あんたは根が優しそうだから、クレアの気持ちを優先したんだな」
「……相変わらずおかしな事を言う子供だ」
「……あんた、失敗して殺してしまったんだろ?」
「それが事実だ」
「でも真実じゃない」
トウヤは食い気味に言った。
「殺した事実と失敗した真実は別物だ」
「ふっ」
バーネットは笑っていた。
「真実は事実より奇なり。理解出来ない事もある」
「ああ」
「最後にお前に会えてよかったよ」
「ああ、もっと早く会いたかったよ」
トウヤは銃を創り出し、バーネットに銃口を向けた。
「安らかに……眠れ」
トウヤはゆっくりと引き金を引いた。
「クレア……」
ポーラはトウヤから受け取った銃をクレアに向けている。
「はは、お前を殺そうとなりふり構わずにやった罰だな」
「うっ……」
ポーラは思わず銃を降ろしてしまった。
「私に無い甘さだ。だからお前の後ろにはたくさんの仲間が出来たんだろうな」
「違う……そうじゃない……私が足りない物ばかりだから……!」
「だから補ってくれる……そうでしょ?ファイゼン君?」
ポーラの隣に立つ男に話す。
「……ああ、助けたいと思っている」
治まっていた涙がまたクレアの目から溢れ出る。
「だから……私の想い人はそっちに行ったのね……」
クレアは顔を隠すように下を向いた。
「さあ、頼む!最後は地獄じゃなく、親友の手で救われたい!」
名前ではなく親友。クレアは思いの内を全て口にした。
ポーラはその言葉の意味を、思いを受け取る為に再び銃口を向けた。
「それで……いいんだ……バイバイ」
クレアは最後に笑った。親友と想い人を目に焼き付け。
「あああああ!!」
銃声はポーラの叫びにかき消された。
対象者が死んだことで“混沌の世界”は消えた。
残った遺体が自分たちが手にかけた事実を突きつける。
「ねぇ……“混沌の世界”で誰が使ってるの?」
低く冷たい声に驚きはしたが、声の主、トウヤを見て少し冷静になれた。
「“混沌の世界”なんて残虐な呪いを使うやつは一人しかいない……」
ポーラは悔しくて歯を食いしばり、続きが言えなかった。
「……タダレア・カーシス……」
ミナが知っている名前を答える。
「そいつはどこにいる!」
トウヤが叫ぶように問い詰める。
「……わからない」
「なぜだ!!」
ミナに掴みかかろうとするトウヤをファイゼンは止めた。
「タダレア・カーシスはS級犯も超える伝説の犯罪者だ。
……しかもこれは数百年前からあると言われている話だ」
「!?」
「そう、死んでるはずの人間の呪いだ」
「じゃ、じゃあなんでここで……」
「わからない。何かで生き延びていたか、同じ呪いを使うやつが現れたってことだ」
得体の知れない何かが、自分たちの知らない所で動いている。
「くそっ!!」
トウヤは力一杯地面を蹴った。
後味の悪い結果に全員の沈黙が長く続いた。