怒り
トウヤは大きく息を吸い、吐いた。
「終わったな」
戦いというものは初めてだったが思いのほか上手く動けた。
相手も手加減しているようだが十分強かった。
倒れているポーラの頭を持ち上げ確認する。
目が開いた状態で倒れていたようで、虚ろな顔をしていた。
瞳孔に生気を感じない。
「あれ?死んだか?まぁいいか」
殺さないと約束したがその相手が死んでしまったのでどうでもよくなった。
こいつなら耐えられると思ったが、やはり裏系は強いけど危ないな。
せっかく良いやつだったからな、他の奴らのように潰すのは忍びない。
火葬にして散骨するか、土葬にするかどっちがいいかなと思いつつ首元を確認した。
あれ?こいつ…
そう思ったとき誰かが猛スピードで近づいてることに気が付いた。
誰もいないはずの封絶のなかで誰かいる?誰だ?
そうこうしているうちにそいつは殴りかかってきた。
どこの誰かは知らないが黙って殴られるつもりはないので弾で防ごうとするが、
相手が一瞬のうちに消えた。しかもポーラより素早い。
「おらぁあ!」
真横から顔面に目がけて拳が飛んできた。
相手が消えた瞬間に体全体へ弾を展開したので、
防ぐことは出来たがかなりの衝撃が伝わり、かるく飛ばされてしまった。
「誰だてめぇは?」
何もしてなかったら大けがをしていたのでかなり怒りを含んだ物言いになった。
「やっぱてめぇらはどいつも変わんねえな」
殴ってきたのは子供のようだ。しかも小さい。
ようやく140cm後半という一般男子の平均よりも小柄なトウヤよりも、
さらに小柄で目つきの鋭い赤髪の少女が立っていた。
(小柄なユキよりも小さいのがあんなパンチを繰り出すなんて魔法というのはヤバいな)
赤いゴスロリ服に気持ち悪いウサギのマスコット付きキャスケット帽。
見るからにアレだが、こいつも魔道士だ。
「ファイゼン!」
「ああ、無事だ。さっさと帰るぞ」
いつの間にか男も現れポーラを抱えていた。
首元を確認した時に脈があることに気付いたので死んでないことは確認できていた。
「いや、こいつをぶっ飛ばさなきゃ気が済まねぇ。うちにやらせろ」
リーシャは怒りに任せて大量の魔力を発していた。このやり方は知っている。
「へぇ、やるんだ」
トウヤも大量の魔力を発する。
殺気や怒りの感情を乗せて相手を威圧する、前からやっていたことだ。
(なんて殺気を放つんだ!?ホントに子供か?)
ファイゼンは目の前の光景に驚く。
殺気がぶつかり、ピリピリと不快に纏わりつく感じがした。
総合力ではポーラに分があるが、戦闘においてはリーシャに分がある。
つまり戦闘においてはリーシャが上。
相手は驚異的ではあるが、リーシャが勝てない理由は無い。
これがファイゼンの予想だ。
なので自分は戦闘の巻き添いを食らわないようにする程度で十分だろうと思っていた。
しかしその予想に反して戦闘は一瞬で終わってしまった。
「おらああ!」
一気に間合いを詰め、怒りの一撃で殴り倒そうとする。
その直線的な攻撃は簡単に盾に防がれた。
だが力比べに自信があったリーシャは盾ごと砕こうとする。
防いでいる盾を片手から両手で押さえ始めたときだった。
「風打ち・裏九座・響」
暗く、冷たい声と共にパーンと甲高い破裂音がした。
その瞬間、リーシャの全身に鋭い痛みが走る。
そして気を失い倒れてしまった。
何が起きた?
目の前で起こったことが信じられなかった。
通常の魔道士は二種類のタイプが得意だが、稀に一種類のタイプのみが得意という魔道士もいる。
これは特化したタイプで通常の倍以上の強さを示す。
リーシャは得意系統が強化系のみというタイプで、それは接近戦において無類の強さを示していた。
通常よりも高い攻撃力と防御力を誇るリーシャが一瞬で倒れるなどまずありえない。
いったい何をした?
トウヤの目がファイゼンに向く。
(やばい!)
そう思い即座に土のドームを作り自分とポーラを守る。
トウヤは雷の魔道士、対してファイゼンは土の魔道士。相性は有利である。
トウヤの発言から具現化系、そして風や雷を使うところから変化系が得意タイプだろう。
強化系で力押しされ崩されることは無い。
さらに土の弱点である風対策としてファイゼンの得意な鉄を生成しドームを強化した。
この鉄は避雷針としても使える。
またドームを歪な形にすることで位置を攪乱し振動対策もした。
検知魔法でトウヤがゆっくり歩いて近づいてるのがわかった。
スキを見てリーシャを回収し逃げる。
ファイゼンじゃトウヤに勝てないことはわかっていたので逃げの一手だ。
ふとバチッと音がした。雷の魔法だろう。
しかしその後にありえないことが起こった。
鉄で強化した土のドームが粉々に崩れていったのだ。
「ありえない…雷の魔法で突破された…!?」
ボロボロと消し炭のように崩れていくドーム。
トウヤの姿が見え、近づいてくるのがわかる。どうする?
次の手を考えてると思わぬ横槍が入った。
「ポーラ、気付いたのか」
ポーラが自分の魔力の雷をスパークさせ放ち、トウヤとファイゼンの間に入った。
「いったー…まだ身体が痛むけどね」
ポーラは身体を起こし座り込む。
「すまないな、ある程度危険な魔法も使うから懸けてみたけど、何とか耐えられるみたいだな」
トウヤから出たのは謝辞の言葉だった。
「痛いけど何とかね。前もって教えてくれればもっと対処できると思うわ。
それにしてもそんな危険な魔法いつ考えたのよ」
「漫画だ。この世界にはそういうのがたくさんあるからな」
「ふふっ、君を仲間にするならそういうの読んどかないとね」
「ふっ、そうだな」
ポーラとトウヤはお互いを認め合ったように軽く笑いながら話す。
意外だったが、もう既に決着はついていたようだ。
「どお?ファイゼン?この子、合格?」
不意にポーラが話をふる。
ファイゼンに寄りかかるように倒れ聞いてくる姿に、いつものポーラらしい姿が見えた。
軽く笑い、彼女が望む答えを言う。
「ま、強さは合格だ。あとは追々だな」
「よっしゃー」
手を挙げ完全に寝転がるポーラ。
やれやれと思ったが、身体が痛むのだから寝てる方がいいだろう。
「後はその危険な魔法の対処法を教えてもらうのと、殺さないように頑張ってくれよ、トウヤ」
思いがけず親しみを込められて名前を呼んだファイゼンに驚いたが、
ポーラのあんなに信頼しているような姿を見たら信じてみようと思えた。
「ああ、よろしく」
トウヤは右手を差し出した。握手だろう。この世界でもこの挨拶は同じようだ。
その挨拶に応えようとした瞬間、トウヤの後ろに何かが飛んできた。