外伝:選別会
年に一度行われる七剣徒の任命の模擬戦。
ここで最も優れた成績を残した七人が七剣徒として綺貴を牽引する、
その選別会にクルルは参加していた。
と言っても七剣徒は毎回決まっている。
加齢による引退を除けば、毎年変わり映えの無いメンバーである。
いわば名目上やってるだけの選別会である。
クルルは綺貴の中でも下の方でとても狙える位置ではない。
(まったく、こういうところは面倒ね)
今の貴族は見栄の張り合いや自慢ばかりな気がする。
ただ力を見せつけられるだけの時間にすこしウンザリしていた。
「また面倒とか思っているのね」
思わぬ指摘に、椅子に寄り掛かっていた体がピクンと跳ねる。
「お、驚かさないでください、鈴百合の君」
「うふふ、心の声が漏れていたのでつい、ごめんなさいね」
鈴百合の君は能力も然ることながら、人の本心を見極めることに長けている。
この人の前では嘘は全て見抜かれる。
「こんな会を開かなくても七人はそう簡単に変わりませんし、私みたいなのは無縁ですから」
「そうね、そこは私も同じ気分よ」
鈴百合の君もあまり戦闘向きでないので、この会に参加しても無意味である。
鈴百合の君はクルルの近くに着席すると、スッと本を取り出し、読み始めた。
白いワンピースに腰まで伸びる漆黒の髪。本を触る指は細く白い。
柔らかく、おっとりとした仕草に憂いを帯びた瞳は同姓でも目を奪われるほどだ。
深窓の令嬢という言葉がよく似合う姿だ。
(そういえば…)
ふと思い出したことがあった。
「何かしら?」
聞かれてしまったので言うしかない。
「あの…婚約されると…」
本を読んでいるのに一瞬ギロリと睨まれた気がした。
「ええ、でも直ぐにと言うわけではないわ」
「それはどういう…?」
「あのお方が前向きに考えてくれないのよ」
お相手は確か麗王の一花。ジギタリス家の嫡男だったはず。
「なぜ考えていただけないのでしょうか?」
聞いていいのか迷ったが、思った時点で言わなければこの人には失礼になる。
「今、下人に興味があるみたいなのよ」
「下人…ですか…」
貴族の言う下人は平民、つまりは一般人である。
身分に関係なく人間と言う存在に強い興味を持っていた人なのでわからなくはない。
しかし婚約を先延ばしにする理由はよくわからなかった。
「アコニスも怒っていたわ。どうかしてるって」
アコニス。鈴百合の君の幼馴染みでジギタリス家の姫君。つまり婚約者の妹でもある。
身分は違えど姉妹のような仲で、名前で互いを呼びあえる存在だ。
「何か気になる下人でも見つけたのでしょうか?」
「さあ?昔からその辺りは理解出来ない人だったから」
不意に爆発音が聞こえた。離れたところ、試合会場から発せられたようだ。
「終わったようね」
「今年も変わらずでしょうか?」
「ええ。最近入った下人は来なかったみたいだし、紅狐の君が筆頭よ」
もう十年近く筆頭をやっている。
七剣徒の末席なんかは変わることもあるが、上四席はあまり変わらない。
その中でも紅狐の君には圧倒的である。
「さすが鈴狐の一族ってとこかな」
選別会の後は慰労会と言う名のお茶会があった。
面倒だが、出席しなかったらもっと面倒な事になるのでここは我慢するとこだ。
また家族も参加し、縁談と言う名の権力争いや情報収集などが行われる場でもある。
クルル自身、まだ婚約を考えていないので縁談を持ち込まれるのは迷惑だが、
貴族にとってはさらに地位を高めることになるので、我儘は言えない。
鈴百合の君のマヤリス家も綺貴では下の方だが、
麗王であるジギタリス家との縁談で、箔がつき地位を高めている。
(実際、麗王の身内になりたいって人も多いけど、
第○夫人とかの扱いはほぼ愛人程度の関係だからなぁ)
子供が生まれるにはある程度母親の時間を有する。
そのため貴族では家督を継ぐ男性優位の環境が一般的で、
一人の男性に数人の女性が嫁ぐのが当たり前だった。
中には顔も知らない、親よりも年上の男性に嫁ぐ人もいるし、幼くして嫁ぐ人もいる。
そんな環境で16歳で自由に生活させてもらっているクルルは幸せな方だろう。
「ふふっ、星歌の君はいろいろ考えていて面白いわね」
「う…もう、からかわないでください」
なぜか同行して会場に向かっている鈴百合の君が茶化してくる。
ってかなんでこの人一緒に来てるの!?早く離れないとあの人が来ちゃうじゃない。
「ロゼア!」
噂をすれば、その人が鈴百合の君を呼んだ。
「アコニス」
名前を呼び返すと鈴狐の君は飛びついた。
「どこ行ってたの?」
まるで姉に甘える妹のようだった。
「少し星歌の君とお話をしていただけよ」
そうロゼアが答えるとアコニスは鋭くクルルを睨み付けた。
まるで大好きな姉を盗るなと言っているようだ。
「で、では私はこれで、ごきげんよう」
「あ、ちょっと待って」
早く離れたいのにそうさせてくれない。
「今度、私の為にお祝いの歌を歌ってくれないかしら?私はあなたの歌声が好きなの」
唐突な頼みごとだが理由がわからない。
歳は一緒だが不仲という訳ではなく、婚約を祝えるほど仲が良いわけでもない。
なぜ自分に?と思ったが断る理由も無いし、それよりもここから離れたい。
「わ、わかりました。その時は心より祝福させていただきます」
「ええ。お願いね」
そう言われるとクルルは一礼して離れた。
あの鈴百合の君がクルルに頼みごと。
何かあると感じつつも、考えるよりも先に目の届かないところに離れることにした。
「ねえ、ロゼア。あれと仲が良いの?」
「ええ、それなりにはね」
「ふぅうん」
「盗られたりしないわ。今度は家族として一緒にいられるんだから安心して」
「うん」
そう言うとアコニスはロゼアを抱き寄せる。
歳は1つしか変わらないが、体格に差があり、まるで姉妹のようだった。
「ロゼア、今日も」
「わかったわ」
「今すぐ」
「先に会場で挨拶を済ませてからね」
「お兄様はいないよ」
「あら、そうなの」
「また下人のとこに行ってる」
「へぇ…」
「だから帰ろう?」
「そうね。あの人がいないなら意味ないものね」
そう言うとロゼアとアコニスは去っていった。