インドウニダンシングスパイラル〜踊れ、マハラジャ!〜
「うおおおお! 仕事が終わらねぇ!!」
私はホテルでパソコンに向かっていた。インドに来てまで、しかも新婚旅行だというのに、すっとこどっこいな後輩のおかげで仕事をする羽目になっている。
夫はいない。こんなことになるとは露知らず、すでに申し込んであったベリーダンスツアーに一人で行ってしまったのだ。
画面がぼやけてよく見えない。いつのまにか涙が湧き上がっていた。それを手の甲で拭き、私は明日のゾウの餌やりツアーに後顧の憂いなく参加するため、ひたすらにバチバチとキーボードを叩いた。
一時間ほどして社運のかかった資料が何とか出来上がり、あとは送信するだけとなった。一息ついて窓辺に身を寄せる。
ホテルにエアコンはなく、天井の扇風機は濁った空気を掻き回すだけでひどく蒸していた。部屋からガンジス川がデカデカと見えている。暗い黄土色の水がキレイだとは思えないけれど、川で身を清める老人が羨ましかったみたいだ。汗とも涙ともつかぬものを拭いながら、私はふらふらとベランダに出ていた。
―――ツルッ!
「うおおおお!!」
手から滑り落ちたノートPCは、身を清めよう川に向かっていたオババの目の前に転がった。オババは川に落ちるすんでの所でノートPCを受け止め不思議そうに眺めている。
「ナイスオババ! そのまま持ってろよ!」
私は急いでホテルを出るとオババの元へと向かった!
―――ジャバジャバ
しかし、そこには無情にもガンジスリバーでノートPCを洗うオババの姿が……。
「なぁぁぁぁぁ!」
私は叫び地に伏した。
我が社の命運が!
「ダメだ!! もう死ぬしか無い!!」
―――ジャバーン!!!!
私は勢い良くガンジスリバーへと身を投げた。現世に別れを告げることにしたのだ。濁りに濁ったガンジスリバーは私を優しく包み全てを受け入れてくれた……。
―――プカプカ
「死ねなかった……」
結局海まで流れ着いてしまったが、このまま戻れる筈も無い。サメに食われるのは嫌なので早めに死ぬとしよう。そんな私の目の前にウニが流れてきた。
長い刺と青い瞳のような模様に魅了され、そっと手を伸ばす。
「食うか……」
―――チクッ! チクチク!
「いだだ!! アババババ!!」
ウニの刺に挿された。突如謎の痛みと痺れで体が思うように動かない。私は海の底へと沈んでいった―――
「イキテマスカァ?」
暗い暗い海底で、見知らぬ、そして、見目麗しき男――馬鹿馬鹿しいほどキンキラキンなその姿は、疑う余地なくマハラジャ――が私の体を支えていた。
これは人生最後の幻想に違いない。死にゆく自らを救うために脳は死に至る直前に、幸福感をもたらす脳内麻薬を放出すると聞いたことがある。私は静かに瞳を閉じた。絶望は消え去った。私は、深い幸福感に包まれていた。あぁ、なんて幸せ……
しかし、私は目をパチリと開いた。ここは暗い海の底だというのに、美味しそうなカレーの匂いが漂っている。目の前でえん然と微笑むマハラジャに問いかけた。
「私、生きてる? てか、何でカレー?」
「ワレは偉大なる王マハラジャ。海の底でカレーくらい朝飯前の夜飯さ!」
魅惑の香り漂うカレーの登場に私は死んでいる場合ではなくなった。マハラジャはカレーを一口すくい取ると私の口元へと運ぶ。誘われるままに私は口を開きカレーを頬張った!
「……バーモ〇ドカレー?」
「ニホンのカレー美味しいね♪」
親指を立てて踊り出すマハラジャ。私は死ぬことがどうでも良くなり彼と共に踊り狂った。何を踊っているのか全く分からないが、きっとこれがインドのベリーダンスなのだろう。
その身をくねらせながらマハラジャが叫ぶ!
「ナイスフラメンコ!!」
意味がわからん。
私は薔薇を咥えて踊り狂う彼をぶん殴り、そのはずみですっ転ぶと、目の前にあったガンガゼに頭を打ち付け……死んだ――?