自分の能力を活かした稼ぎ方
ティアナとアルマがラムペ商会に身を寄せて一週間が過ぎた。当初は初めての場所で迷うことばかりだったが、ラムペの協力もあって徐々に調べ物も慣れてくる。
最初に向かったのは図書館だ。王都にある大学の付属施設なのだが、ラムペの紹介で特別に閲覧させてもらう。しかし、ここでティアナはとある事実を思い出した。
「日本の図書館みたいに一般開放されてるところなんてそもそもないんだった」
「すっかり忘れていたわよね」
この世界で図書館のような知の集積施設を保有しているのは、王侯貴族のような権力者、大学のような専門機関、そして多数の信者が集まる宗教団体だけだ。つまり、一定以上の富を集積できる組織のみである。
そして、そういった組織が保有する書物は財産でもあるので、万人に公開されているわけではない。今回はラムペの紹介があったのですんなりと図書館を利用できたが、もし個人で来訪していたら門前払いだったのは間違いなかった。
他にもティアナが驚いたことはある。
男になる方法を求めて人に話を聞きに行ったときのことだ。紹介者であるラムペの名前を出すと態度が一転したのだった。
「ラムペさんの名前って、まるで魔法のように効いたよな」
「みんなお得意様だってラムペさんから聞いてたけど、それだけ頼りにされてるってことですものね。そんな人から紹介されたら、いい加減な扱いはできないわ」
常にティアナの背後で話を聞いていたアルマも、今まで会った有識者の顔を思い出す。遠方について知っている商人、知識を蓄えている学者、経験豊かな魔法使いなどだ。
人に紹介をしてもらうということがいかに重要なことなのかを、ティアナ達はこの一週間でよく理解した。
この日も二人は、午前中に図書館で調べ物を済ませ、午後に行商人と話をした。その後、商会に戻ってからラムペに誘われた夕食で空腹を満たして、今は与えられた客室にいる。ティアナはベッドに、アルマは椅子に座っていた。
とても満足そうな表情を浮かべたティアナが、感心した様子で夕食を振り返った。
「いや旨かったなぁ。ちょっと前までの固いパンと水ばっかりの生活が嘘のようだ」
「そりゃ儲かってる商人のご飯だもの。貧乏貴族とは違うわよ」
「毎日パンだけじゃなくて、肉、野菜、スープがたくさん食べられるんだもん。今日も食べすぎた」
「あなたの食べっぷりに、最初はラムペさんと家族の皆さんも驚いてたわ。貴族の子女の食べる量じゃないって」
ラムペには妻と子供二人がいるのだが、男のようにたくさん食べるティアナを見て唖然としていた。その様子を目の当たりにしているアルマは恥ずかしかったので、口調が少し強くなる。
しかし、ティアナは若干目をそらせてうそぶくだけだった。
「育ち盛りなんだから仕方ないだろ」
「あんなに食べるなんて、あたしも予想外だったわ」
「だって、今までは食べたくても食べられなかったじゃないか。ずっと節約ばっかりだったし。アルマだって以前よりたくさん食べてただろ」
「あ、あたしは常識の範囲よ?」
「ラムペさんの家族が見て驚いてたのは、絶対俺だけじゃないはずだ」
反撃されたアルマも少し目を泳がせた。
結局のところ、どちらも節約から解放されて、思う存分食べたということである。
少し風向きが悪くなったアルマは別の話題に切り替えた。
「ご飯の話はもういいでしょ。それより、今まで調べたことをまとめましょ」
「そうだな。こっちの話の方が重要だし。記録したメモ用紙を机に出そう」
話題転換にあっさりと乗ったティアナは、ベッドから立ち上がって紙の束を手に取る。どれも手のひらに乗るくらいの大きさだ。それらをアルマの目の前にある丸いテーブルの上に置いた。
最初に口を開いたのはティアナだ。
「単純に情報の量だけだったら、思った以上に集まったよな」
「そうね。問題なのは、男になる方法は全然集まらなかったっていうことよね。この国のことならある程度わかったんだけど」
難しい顔をしたアルマがティアナに答えた。どちらも簡単に見つかると思っていなかったが、まったくの空振りとなるとため息くらいはつきたくなる。
色々と書き込んだ用紙を二人がそれぞれ手にして流し読みをし始めた。そしてすぐにアルマが眉を寄せる。
「あんたの字って汚いわねぇ」
「聞きながら書いていたんだから仕方ないだろ。きちんと書いたらもうちょっとましだよ」
「それってあんまり変わらないってことじゃない」
「うるさいなぁ。アルマのだって、あれ、意外にきれいだな」
「ふふん、どうよ?」
アルマのどや顔を見たティアナは口を尖らせて黙り込んだ。
手のひらくらいの用紙には、単語なのか一文なのかに関係なく、一つの事柄についてのみ記載されている。例えば、男になる方法と王都に関しての事柄については、それぞれ別の用紙に書き分けるのだ。分類整理しやすくするためである。
二人は一度分類し終わると、いくつかの塊に分かれた用紙を再度確認していく。別の塊に移した方が適切な場合があるからだ。そうやって繰り返し見直して、すべての用紙を二人できっちりと確認した。
日没が近くなると室内は暗くなる。アルマは椅子から立ち上がると、部屋の脇の棚に置いてあったろうそくに火を点けて燭台ごと持って来た。
「他の用紙に書き写してまとめるのは明日でもいいでしょ?」
「うん、集めた情報を大体頭の中でまとめられたから、急がなくてもいいや。それよりもアルマ、体を拭いて寝よう」
「そう言うと思った。ちょっと待ってなさい」
座らずに立ったままだったアルマは、部屋の隅に置いてある水の入った桶二つと布二枚を持って来た。
ティアナは自分の目の前に桶と布を置き直す。次いで上の服を脱いだ。上半身が露わになり、傷一つない白い肌にろうそくの炎の影が揺らめく。次いで布を水に浸して絞った。
「結局今のところは手がかりなしかぁ。ちょっとは期待してたんだけどなぁ」
「知って損をすることはないけど、いい加減当たりの情報が欲しいわよね」
しゃべりながらアルマも上半身裸になって体を拭いている。玉のようにきれいな肌のティアナに対して、こちらは健康的な肌だ。
以前はアルマに体を洗ってもらっていたティアナだったが、旅を始めてからは身の回りの世話を自分一人でするようになっている。ただ、幸いなことに前世で一人暮らしの経験があったので困ることはなかった。
気持ちよさそうに体を拭きながらティアナが口を開く。
「この国って、あんまり安定してないよな」
「王家は没落気味で有力貴族を押さえられない状態で、亡くなった王妃の息子二人は王位継承問題で争っているんでしょ」
国王が病で倒れてから表面化した問題で、年々事態は悪化していると二人は複数の人から聞いていた。もしかしたら内戦になるかもしれないという噂もあったが、これはラムペが否定している。物資にそんな動きはないからだ。今のところはだが。
「それで、王家は精霊石っていう魔法の石頼みなのか。う~ん、やっぱり頼りないよなぁ」
「精霊石のおかげで建国できたなんて伝説があるくらいなんだから、王家としては頼りたくなるんでしょ」
「だったらもっと使って国内を落ち着かせたらいいのに、なんでやらないんだろ?」
「伝説は伝説ってことなんでしょうね。そんなすごい力があるんだったら、今頃取り合いになってるわよ」
伝説によると、とある若者が精霊と契約して大活躍して建国し、精霊は若者の子孫を見守るために精霊石となって残ったとある。尚、その精霊石は現存しており、今は王都の郊外にある精霊殿に安置されていた。
ティアナは上半身を拭き終わったので上の服を着て、今度はズボンと下着を脱いで下半身を露わにする。今は女二人しかいないので気兼ねなく肌を露わにしているが、すっかり日が暮れてしまったので机より下はろうそくの炎があっても真っ暗だ。
布に水を含ませてから絞ったティアナは脚を拭きながらアルマに言葉を返す。
「精霊伝説も話半分以下ってことか。他には、ラムペさんがアプト商会から嫌がらせを受けてるってことか」
「あれ酷いわよねぇ。まっとうな商売で負けてるからって、暴力で訴えかけるなんて」
「でも、ラムペさん、よくあることだって笑って受け流してたよな。この世界の商売って、そんなに荒っぽいのか?」
「あーうん、まぁねぇ。金銭や利権が絡むと、みんな血眼になっちゃうもんねぇ」
商家出身のアルマは自分の実家について思い出しながらしゃべる。田舎だったので凄惨な争いこそ見なかったものの、両親から話は色々と聞いていた。
ティアナ同様上の服を着てズボンと下着を脱いだアルマが、下半身を布で拭きながら言葉を続ける。
「今のところはラムペさんの用心棒で対処できてるって話しだから、大丈夫なんじゃないかしら」
「お金儲けも大変なんだなぁ」
「そりゃそうよ。みんな容赦なく競争相手を蹴落としていこうとするんだから、あんたも商売に手を出すんなら気をつけなさいよ」
「俺、暴力がなくても商売の才能なんてないだろうからやらないよ」
下半身も拭き終わったティアナは下着とズボンを身に付ける。ろうそくの炎が照らすその表情は非常に晴れやかだ。
そんなティアナに対して、アルマが思い出したように問いかけた。
「そうだ、あんたこれからどうやってお金を稼いでいくつもりなの?」
「ずっと考えてるんだけど、なかなか良い案が思い浮かばないんだよな」
現在はラムペ商会に庇護されている二人だが、いずれ旅立つときが来る。その後、一体どうやって旅の資金を得るのかということだ。
思案顔のティアナにアルマは更に質問を投げかける。
「あたしは働き口さえ選ばなきゃどうにかなるけど、あんたは肉体労働も頭脳労働もダメなんでしょ?」
「か、完全にダメってことはないと思いたいんだけど」
「見た目は抜群なんだから、最悪体を売るって手段も」
「それは絶対嫌だ! しんどくてもいいからまっとうな仕事をする!」
ティアナは真剣な表情で断言した。それを見たアルマが苦笑する。
「そりゃまっとうな仕事ができるなら一番なんだけどね。問題なのは、あんたに合った仕事がどれだけあるかよ」
今年の夏から体を鍛えているとはいえ、元貴族のお嬢様なので体力に不安がある。もちろん、手先だって際だって器用というわけではない。頭の出来は前世の記憶がある分ましだが、そこまで回転が速いわけでもなかった。
自分の能力を冷静に分析したティアナが顔をしかめる。
「文字を知ってるから、小さい子供に教えることができるよな。あと、礼儀作法も一応知ってるから、平民になら教えられそう」
「どっかの土地に腰を落ち着かせるならそれもいいんでしょうけど、旅をしながらってことになると厳しいわね。吟遊詩人ならどうにかなるんだろうけど」
「歌って踊れなきゃダメなのか。授業じゃ及第点ぎりぎりだったなぁ」
「貴族のやつとはまた違うから、あんまりあてになんないわね、その評価。何にせよ、吟遊詩人も無理よ」
「どうしよう」
いよいよ八方塞がりになってきたと感じたティアナが肩を落とす。そんなティアナにアルマが明るく声をかけた。
「この件はこれからも考えるしかないわね。で、どうせなら今のうちにちょっと稼いでおかない?」
「今のうちに?」
「そそ。その美貌を使って稼げる方法があるのよ」
「いやだから、体を使ったのは嫌だってさっき言っただろ」
「大丈夫よ、美人コンテストだから」
アルマの言葉を聞いてティアナは呆然とした。そして首をかしげる。
「そんなのあったか?」
「ほら、もうすぐここで精霊祭っていうお祭りがあるでしょ。その催し物の一つに精霊姫を決めるやつがあったじゃない。確か奉姫祭ってやつ」
「精霊祭の話は覚えてるけど、奉姫祭なんてすっかり忘れてたなぁ」
毎年秋の収穫祭として開かれる精霊祭はガイストブルク王国で一番のお祭りだ。各地の村でも催されるが、王都の精霊祭が最も華やかなものである。
奉姫祭は王都の庶民が参加する美人コンテストである。毎年行われる催し物の中でも人気があり、多数の町娘が着飾って美を競う。優勝者は精霊姫として称えられるのだ。
「しかもその奉姫祭は、優勝者だけじゃなくて入賞者にも賞金がいくらか出るそうなの。あんたなら入賞くらいはできそうだから、ちょうどいいんじゃない?」
「それ、よそ者の俺が参加できるのか?」
「ダメっていう決まりはないそうだから、とりあえず申し込んでみたらいいじゃない。例え予選敗退になっても損はしないんだし」
「まぁ、そうだなぁ」
あまり気乗りしない様子のティアナだったが、自分の稼ぐ手段で悩んでいた直後だけに迷っていた。常用できる手段ではないものの、ある意味自分の能力を活用した稼ぎ方ではある。それに、アルマの言う通りやって損はなさそうだった。
「ただ、なんか恥ずかしいな、大勢の人前に出るのって」
「何言ってんの。先月舞踏会で派手にぶちかましたんでしょ。今更じゃない」
「あれのことは言うな! やりたくてやったんじゃない!」
「だからもっと気軽に考えたらいいじゃない。少なくとも、見られるだけで済むんだから」
「う~ん、仕方ないなぁ」
まだ乗り気ではないティアナだったが、これを断ったところで何か展望が見えてくるわけではなかった。そのため、最終的にはアルマに押し切られてしまう。
これも今後の経験ということで、ティアナは自分を何とか納得させた。




