S1E1「30年前」- ②
ジョンが近寄ると、ジェシカは背筋を伸ばして姿勢を改めた。
そんな彼女に楽にするように告げると、ジョンは彼女に耳打ちをする。
「ああは言ったけど……この研究は僕たちの代には終わりそうにない」
腕を組み、装置の稼働音にかき消されるほどの小さなため息をつく。
小さな輝きを放つ「Ti-POTAL」を眺めながら、ジョンは彼女へ本心を漏らした。
ジェシカ・バークレーはジョンに最も近しい研究員であり、レイモンドのOGでもある。
「そうですね、後一歩……たった一歩なんですけど」
ジェシカは名家の生まれで、父親はニューヨーク市の現市長であるレイ・バークレーである。
この研究室とジョンのプロジェクトが存続しているのは、ひとえにバークレー家の後押しのおかげだ。
市長はジョンの説得を聞き入れ、セント・レイモンド大学と政府の共同プロジェクトを後援してくれた。
しかし、こうも長い間成果が出せずにいるとなると、存続の危機はすぐそばだった。
「ここ数年大した成果も出せずにいる……僕が外されるのも時間の問題だろう」
「大丈夫ですよ、ニューヨークはバークレー家が牛耳ってますから。市長に頼めばいくらでも融通はききます」
装置内で発生する蝋燭のような発光現象。
小さなセントエルモの火を眺めながら、ジョンが口走った良からぬ未来にジェシカは反発する。
自分が父親に頼み込むことで、ジョンの研究者としてのキャリアを明るいものにできると。
しかしジョンはジェシカを見ると、装置を背にして彼女の真正面に立つ。
「ジェス……そういうんじゃない。僕が外されたら、君が彼らを導いてやってほしいんだ……」
「そして願わくば、君の代でこの研究に終止符を打ってほしい」
ジョンが求めているのは一時的な延命措置ではなく、もっと根本的な解決である。
そこに向かうまでの間、ジェシカには彼らの居場所を守り続けて欲しい。
そしてジェシカの代で、どうかこの壮大なプロジェクトを完成させて欲しいと。
研究室で無限の可能性を生み出そうとする“彼ら”を眺めながら、最後にそう付け加えた。
「ジェス?」
……反応がない。ジョンは不審がって視線をジェシカの方へ戻す。
当のジェシカは、口を開けたまま目を見開いてジョンの後方を注視していた。
ジョンが彼女の異変に気付き、もう一度その名を呼ぶよりも早く。
ジェシカは“それ”を指差して叫んだ。
「教授、グリーンランド教授!後ろ!!」
「え?あッ……うわ――――」
振り返ったジョンが見たもの。それはまばゆい光を放ち、今にもエネルギーの奔流を炸裂させんとしている「Ti-POTAL」の姿。
幾人かの短い悲鳴が上がる。ジョンもまた驚きの声を上げる。しかし誰かが何かをする時間も与えられず、研究室は閃光に包まれる。
それは事故であった。
装置から最も近かった三人は瞬く間に光に飲まれて消え失せ、そして——
『速報です』
『2日未明にニューヨーク市のセント・レイモンド大学で発生した爆発事故にて行方不明になっていた研究者三名ですが、今日新たに三人の遺体が発見され、これで関係者全員の死亡が確認されました』
『死亡が確認されたのは同所研究員のジェシカ・バークレー、デショーン・デイビス……』
『ジョン・グリーンランド』