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S1E1「30年前」- ①

――1988年9月

アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク市――


セント・レイモンド大学の研究室の朝は、今日も若き才能達で賑わいを見せていた。

彼等は学生、あるいはOB、はたまた外部機関の研究者など、その出自は多種多様。

しかし彼等は皆同じ志をもってここへ集っている。この小さな研究室で、大きな世界を変えようとしているのだ。


大学と国防高等研究計画局(DARPA)との共同研究により、密かに推し進められてきた極秘の研究。

それは不可能を可能にする甘い夢に似て、また世界の摂理の禁忌に触れるものだった。

実現すればこの世の中の全ての事象を観測し、それに干渉することもできる。


過去、現在、そして未来。


そう、彼等が研究していたものは、一種のタイムマシンのようなものであった。

時間や空間を超越し、この宇宙のさまざまな場所を観察することのできる装置。

エルヴィスに会ったり、アポロの打ち上げを見たり、地球のはじまりを訪れる事だって可能だ。


ラジオから鳴り響く『セプテンバー』はここの主任研究者のお気に入りだった。

両開きのドアを勢いよく開け放ち、そう、今まさにこの研究室に入って来た人物こそ『彼』である。


ジョン・グリーンランド。

若き才能をリードする一方、自らもまた最年少でレイモンドを卒業。

以来20年間、ロボット工学、電磁波、時空と時間の構造学の研究を続けてきた正真正銘の天才(ギフテッド)である。


癖っ気のある栗色の髪の毛、銀縁カラーレンズの丸眼鏡に伸びっ放しの髭。

音楽に合わせてリズミカルにステップを踏み、たたんと軽快に革靴の音を響かせる。

くるりとその場で回ると、ゆったりとした白衣がその動きにつられ、ふわり広がった。

軽快なリズムで紡がれるグルーヴは、九月のはじまりにこそ相応しい。


「おはようございます、グリーンランド教授!」


「教授、今日もご機嫌ですね!」


すれ違う生徒たちが次々声を掛ける中、踊るジョンはただ眼を瞑り、掌を向けて指をくいくいと動かすだけ。

言葉は必要ないと言わんばかりのジョンの態度に対し、生徒たちは呆れたような笑顔を返すだけだった。

彼の人生は音楽とともにあり、それは研究においても同じだった。生徒たちはすっかりこんな光景は見慣れている様子で、微笑ましく彼の様子を見守っている。


軽快なステップでターンしながらデスクの上のコーヒーをかっさらう。

するとマグにぶつかった琥珀色の液体が音を立てて波を作り、わずかばかりの飛沫が跳ねて白衣に小さな染みを作った。


しかしジョンはそんなこと気にも留めず、研究室の中央へ。

そこに鎮座するのは研究室の半分ほどの面積を占める、大きく物々しい機械である。

ジョンはそれに手を掛けると、ためらうことなく主電源のレバーを勢い良く引いた。

ダン、という大きな音と共に研究室の照明が落ちると、やがて研究室中央の装置へと電力が回され始める。


「皆、注目してくれ」


ジョンの一声で、賑わいを見せていた研究室が静まり返った。

衣擦れの音さえ聞こえるような静寂の中で、電力の供給が進むにつれ徐々に装置が輝きを放ち始める。

耳に痛いほど程の静寂。仄暗い空間の中、ジョンは静かに息を吸い込むと、凛然とした態度で語り始めた。


「みんな、この研究の意義は分かってると思う。決して濫用が許されるべき研究ではないことも」


「僕はDARPAと、そして合衆国政府に技術の軍事転用をしないという確約の下、この研究を続けてきた……だから皆も、どうかモラルを忘れないでほしい」


「『Ti-POTAL(タイ・ポータル)』の完成まであと少しだ。このまま皆で完成まで漕ぎつけよう」


彼は禁忌に触れる研究を指揮するにあたって、責任とモラルを何よりも大切にしていた。

それは彼だけでなく、研究に携わるものすべてに求められる。

そして彼らがそれを持っているからこそチームはこうして結束し、互いを支え合って研究を進めることが出来た。

ジョンは禁断の果実が手に入っても皆がそれを忘れぬよう、もう一度彼らの肝に銘じたのだった。


「それじゃあ、始めようか。僕の仕事は失敗することだからね。

 皆はいつも通り、前回の失敗と今回の失敗の違いをレポートするだけだ」


研究は最終段階に至り、この「Ti-POTAL(タイ・ポータル)」と呼ばれる装置は既に時間の流れに触れ、それを歪める所までを達成していた。

この技術は基本的には歪めた時空同士をワームホールでつなぐことにより、過去や未来への移動を可能にするというものである。

しかし、歪めた時空に穴を穿つという最後のステップをクリアできず、ジョンの研究所は数年ほど停滞を続けていた。


「成功させましょう、教授」

「僕らが卒業するまでには完成させてくださいよ!」


自嘲するジョンに対し、生徒らの反応は暖かなものであった。

研究室に務める彼らは、ジョンを心から信頼しているのだ。


このチーム様々な人種の人々から成り立っている。

その多くは能力はあるものの、人種という壁に爪弾きにされた者たち。

ジョンもまた同じで、メキシコにルーツを持つ移民2世であった。


白人、黒人、アジアン、ラティーノ、ネイティブアメリカン、太平洋先住民。

それらの分け隔てなく、ジョンは彼らを受け入れた。

ゆえにジョンの研究室は「国境のない研究室」となって、固い結束に結ばれていた。


「困ったな……それじゃ、カメラを回して」


ジョンは観念したように苦笑を浮かべて頭を掻くと、人差し指を天に立ててグルグルと回す。

全てのカメラが装置の方を向いていることを確認しながら、ジョンはある女生徒の元へと歩み寄ってゆく。

ジェシカ・バークレー。そう書かれた名札を胸に付けた生徒は、ジョンが近づくと姿勢を改めた。

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