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プロローグ

中世(メディーヴァル)ファンタジーの世界に行った時、お前どうなった?」


薄暗いバーカウンターの回転椅子に腰掛けた男が、人差し指を立ててそう言った。

ショットグラスを片手に琥珀(こはく)の液体を弄ぶように波打たせ、栗色の癖っ毛の隙間から鋭い視線を向けて。


一見して特に何も感想の浮かばないような、まさに無味乾燥といった風貌。そんな彼は名を『カレブ・グリーンランド』といった。

しかしその外見に似合わず、彼は普通の人間(パンピー)では一生掛かっても辿り着くことの出来ないような秘境を幾つも渡り歩いてきた冒険者だ。


星を跨ぎ次元すら飛び越えて。流行り(トレンド)(なら)った呼び方をするとなれば〝異世界〟の旅人とも言うべきだろうか。

人々が日々の安寧(あんねい)に浸って見せかけの幸せを享受する中、カレブは自らの力で次元の扉を切り拓き、我先にと異世界へ飛び込んでいった。

そして実際にそこで暮らすことで異世界をよく知り、その知識と経験を活かしてこれまでにも様々な世界を踏破してきたのだ。


視線の先、すなわち隣の椅子に腰掛ける黒ずくめの男を相棒(サイドキック)として。


「――――殺されかけたな」


声を掛けられた黒ずくめの男がカレブの榛色(ハシバミ)の瞳を見つめ返しながらそう言うと、カレブは続けざまに「ふざけんな、ソコロフ」と返すのであった。

食い気味な返答と声色が示すように、まったくもって不機嫌そうな表情を隠しもせず浮かべて。


カレブの隣に腰掛け、ウイスキーを流し込むのは『ヴァシリー・ソコロフ』。セルビア出身の元殺し屋である。

殺しの腕は立つが常識に欠け、人付き合いが致命的に下手な彼は、文字通り『世渡り上手』なカレブと行動を共にしているのだ。

迫る脅威を排除することがソコロフの役目、そして旅路を開拓することこそがカレブの役目。互いに苦手な部分を補い合っているのである。


そんな相棒たるカレブの問い掛けによってソコロフが想起したのは、まだ記憶に新しい中世ファンタジーの世界。

あの時は喉元に刺剣(レイピア)を突き付けられたか、幻想的な装いとは裏腹に荊棘(いばら)の野原のように厳しい土地であったが。

傷だらけの身体から滴る血、原型を留めぬ程に崩れた教会。差し込む夕陽が割れたステンドグラスを通して何色にも輝いて見えた。


『ヴァシリー・ソコロフ公、貴殿の命貰い受ける

 この世界の為、貴殿は死ななければならない……!』


得られる物は多かったが、代償もまた大きな物であった。カレブとソコロフはこの世界で最大の友を失ったのだから。

刺剣を握る紫水晶(アメジスト)色の髪を持った女騎士は、それと同じ色の瞳に溢れんばかりの涙を溜めていた。


「西部開拓時代に行った時は?」


「殺されかけた」


カレブは続けて西部開拓時代へ行った時のことを掘り返した。ソコロフはうんざりしたように同じ言葉を返すと、グラスを傾ける。

ぶつかる氷の音。グラスの中のウイスキーを飲み干すとまた記憶が蘇る。強いピートの匂いは、あの世界でも何度か味わった。


『あのセルビア人の首に500ドルをかけろ!

 必ず探し出して殺してやるぞ、ソコロフ……』


恰幅の良い髭面の男。ポマードで後ろに流した髪。契約、期待と失望。裏切りとそれすらもまた裏切る不義理。

愛馬のいななきを再び聞くことがもうない事実が、この上なく寂しく感じる。


「俺たちが初めて出会った時は?」


「殺されかけた」


次に思い返されるのは二人の出会い。この旅の始まり。

奇しくもカレブとソコロフは同時に同じ場所ことを思い返していた。


互いにそれを分かっていたようで、二人はシニカルな笑みを交わす。

場末のバーには二人だけ、誰も彼らのやりとりを見ることはない。


『驚いた……時空の難民が、揃いも揃って掟を破っているとは

 残念だが、君らには死んでもらう……』


地面に尻餅をついた二人に輝く光の剣を向ける女。顔立ちは精巧な美術品の如き美しさと冷たさが宿る。

この旅の始まりの場所にして、決して忘れることの出来ない記憶。この三者の出会いが、彼らの運命すべてを大きく変えたのだ。


「じゃあ今はどうなった?」


「殺されかけてる」


ソコロフが答えると同時に爆音と熱風が吹き荒ぶ。まるでハリボテのように倒れたバックバーの向こう側には、夜の荒野と無数の灯火。

彼らが呑んでいた場所は小綺麗な街の酒場ではなく、廃墟と焦土と化した街の跡地で、たった一つ残っていた瓦礫の影に過ぎない。

酒を酌み交わし談笑していた中においても、ソコロフとカレブは現在進行形で命を狙われているのだ。

深紅の軍勢を連れてやってくる彼等は、地獄の扉を開いて地上に現れた異形。この世を焼き尽くさんと大挙する悪魔たちである。

その先頭には悪魔の砲兵たちを引き連れた、一際大柄な体躯を持つ悪魔の将軍が剣を構えていた。


「全く、あと一杯くらい飲ませろよ」


休む暇もない。とカレブが顔をしかめて目を細めると、彼はグラスを掴んでいた手をぱっと空中で放した。

当然グラスはカウンターに落ち、琥珀色のウイスキーを零しながら床へ転がってそれから割れる。


「毎度毎度…………お前が無茶するからこうなンだよ、クソッタレ

 今回は俺の言うことを聞けよ」


「切り抜けたろう……まぁ、わかった」


グラスが落ちた所からそう離れない場所、足元の床に置いてあったバックパックから銃を取り出して。

カレブはソコロフを睨みつけながら(おもむろ)にカウンターの下に潜り込む。ゆったりとした所作に焦りの色は見られない。


それに従うようにソコロフも胸元から拳銃を取り出す。弾数は残り少なく、無駄撃ちの出来ない状況。

タマの切れ目が命の切れ目、大事に使うべし。殺し屋に伝わる教訓の一つである。


「聞こえるかソコロフ!余は貴様の命を頂きに来たぞ!

 勇ましく戦って死ぬもいいが、諦めて投降したらどうだ?」


カウンターの向こう遥か遠くから、ひときわ巨大な悪魔がその巨体に見合った声量で彼等を挑発する。

悪魔の軍勢を統べる将軍だ。筋骨隆々の巨体に禍々しい鎧を纏い、大剣を背負っている。

ソコロフとカレブは互いに目配せすると、それぞれカウンターの両端へとにじり寄ってゆく。


「いいか?、三つ数えて左右に飛び出すぞ。んで全力で走るんだ。俺たちを恐れてなきゃあんな事は言わない」


カレブの助言にソコロフは黙って頷く。彼らは幾つもの修羅場をくぐり抜け、互いに信頼し合っていた。

こちらが二人に対し向こうは数百。軍勢を携えてやって来ているということは、それだけ悪魔達はこちらの戦力を大きく見ているということだ。

何も恐るるものなし。何時もならばそう言い切るカレブであったが、今日ばかりは少しだけ語気が弱い。


「従う気無しか?……いいだろう

 突撃用意、魔導砲を装填しろ」


痺れを切らした将軍が剣を天に掲げると、二人は覚悟を決めてより固く拳銃のグリップを握る。

二人が隠れるバーカウンター目掛け、移動式の迫撃砲が既にその照準を定めていた。

緊張の糸が張り詰め、空気はピリピリと痛いほどに肌を刺す。


「ソコロフ、お前は(You)死ななければ(must)ならぬ(die)……!

 我が一族の繁栄のため、ひいては魔界の未来の為に……!」


魔導砲の射撃準備が完了し、その砲口が満たされた魔力で赤黒く禍々しく光り始める。

破壊力は先程見た通り、建物一つくらいなら易々と消し飛ばすことのできる威力である。

生身の人間では多少離れた所で消し飛ぶのは同じ。カレブの策は一見して無意味にも見えるが……。


「クソッタレ、あの野郎マジで殺る気だぜ、ソコロフ」


「……考えがあるんだろう、お前を信じる」


それでもソコロフは考えを曲げなかった。

これまで多くの窮地を乗り越えてきた二人だからこそ成し得る友情か、それともただ盲目な愚者なのか。

ソコロフはカレブの策に疑問を呈することもなく、すんなりとそれを受け入れるのだった。


しかして時というものは常に冷酷で、何者の為にもその歩みを止める事はない。

射撃準備の整った魔導砲の射手達が将軍に対して号令を求めれば、将軍はニヤリと溶岩の様に輝く牙を見せた。

そして剣を高く掲げると、悪魔達の期待に膨らんだ胸を斬り裂くが如く、(きっさき)をソコロフ達の方へと振り下ろした。


「死ねぇい!ソォコロォォフッッ!!!!」


「…………死ぬのはお前だ」


カレブのカウントに合わせて飛び出す二人。砲口から赤い閃光が放たれるのと二つの銃声が鳴り響くのは同時であった。


ソコロフとカレブも元々は、我々と何ら変わりのない凡人(パンピー)。しかし紆余曲折の末にこうして世界を渡り歩く旅人となっている。

両者とも世界を渡る切っ掛けは些細なことであったが、それらはまるでバタフライ・エフェクトのように大きく作用しこの結果を引き起こしているのだ。

彼らに何があり、どのような人生を歩んでここに辿り着いたのか。そしてこれから何を成し、どこに向かってゆくのかを記すのがこの物語。


最も多くの世界を渡り歩いた勇者たちと、最も命を狙われた殺し屋の物語である。


           ――SOKOLOV MUST DIE――

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