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木造校舎にて  作者: 淡月優水
9/13

詠唱

 冷たい風が吹き荒れている。吹き荒れる風は木造校舎の隙間から冷たい空気を送り込んでいた。この古い木造校舎の一室は、見かけは古く見えるが居住性は明らかに違っていた。閉めた窓は微かに揺れるだけで風の侵入をほぼ防いでいる。月の明かりが差し込むその教室の中では、ストーブの火が明るく灯っていた。その側には椅子に座った人影があった。ストーブに乗せてあるヤカンが出す音が大きくなり始はじめるとその人影はヤカンをストーブの端へ移動させた。

「この冬は寒いのだろうか」

 椅子から立ち上がった人影は上履きを脱いで畳の上に絨毯を敷いたところへ上がった。そして奥にあるガラクタの山へと向かった。

「ハンガーと、ぶら下がる感じのを出しておくか。このぶら下がる感じのはこれが正しい使い方なのか不明な気もするけど」

 月明かりの中、ぶら下がる感じの物にハンガーをぶら下げた。

「ストーブからは離れるとやや寒いな」

 ちらりとテーブルの上にあるリモコンを見るが。ストーブの方へ目を向ける。

「たまには机を並べるか。ストーブに近すぎると机も椅子も金属部分が熱くなりそうだ。場合によってはヤケドの危険もあるし位置に気をつけねば。しかし、ストーブを前にすれば背中が。後ろにすればお腹が冷える気もする」

 考えを口にしてから上履きを履き直し、机と椅子を移動する。

「いや、そんなには冷えないか。机は黒板を正面に横一列にしよう。そもそも真面目に授業を受けようとかじゃないし、冷えたらストーブの近くに行けばいいだけだ。いかんな根が真面目というのは」

 机を4つ横並びに用意すると、ストーブの位置を慎重にずらして体感で温度の調節をする。

「このくらいでいいだろう。おっと、明かりも用意せねば。蛍光灯でもいいけど、やっぱり雰囲気は大事だ。特に最初のところは」

 机をもう1つ持ってきて、並べた机の少し前に置くと、ガラクタの山からいくつかのアロマキャンドルと蝋燭を持って来る。その中からアロマキャンドルの一つに火を灯した。

「おっと、そうそう。ガラクタの山から召喚した冷蔵庫に、その他電化製品やコップなどの食器等の皆様方、今回出番があるかはわからないけれど、よろしくお願いします。と、我が魔術の詠唱をしておこう」

 周りを見回してから、窓の方へ歩くと窓越しに月を眺めた。そしてしばらくすると足音が聞こえて来た。その足音から距離とそれが誰なのかを予測して、口元に笑みを浮かべる。

 足音は教室のドアの前で立ち止まりゆっくりと開けた。

「こんばんは。わぁ、暖かい」

「こんばんは。あれ? 思いのほか薄着じゃないか」

「最初から木造校舎の中からだし、必要ないかなって。でも、廊下寒い」

 孤独はドアを閉めながら言う。

「なるほど」

 ちらりと用意したぶら下がる感じの物体を見る。その視線の先に孤独も目を向けた。

「用意してくれたんだ。……健康になれそうだね腕も鍛えられそうだし」

「でしょう! 今、ハンガーを鍛えているところなんだ。更に鍛えてもらうために皆さんのお召し物を掛けていただこうと、ご用意いたしました」

「そうだったんだ。ふふっ、ありがとう」

「はっはっは、まぁ、そういうことですな!」

「そういうことなんだね!」

 2人は笑いながらアロマキャンドルに視線を向ける。

「ほんのついさっきまで月の明かりもあったんだけど、雨が降り始めてる」

 月の光が雨雲で遮られ、教室はストーブとアロマキャンドルの明かりが照らしている。アロマキャンドルから離れるにつれ明るさも弱まっている。

「そうなんだ。雨音が聞こえるね」

 孤独は窓の外を見ようと魔術師の近くへ移動する。

「横顔も可愛いな」

「急にどうしたの?」

 そう尋ねる孤独の口調には、驚いたという類のものは含まれていなかった。魔術師は孤独の両肩に軽く手を乗せる。

 すると孤独は静かに目を閉じた。最近の流れから、魔術師とキスをするという心の準備というか受け入れる気持ちのようなものを最初から持っていたから。

「僕には君が必要だ」

 魔術師は孤独の唇に軽くキスをした。

「どうして?」

「好きだから」

 そう答えると魔術師は孤独の腰に両手を回し、抱き寄せつつ再びキスをする。唇を重ねつつその右手は下へ降りて行った。

「……」

「……」

 唇が離れると孤独は強めに魔術師の二の腕当たりに腕を回して抱き着いて耳元で言う。

「スカートの中に手を入れられたし、触られた。私が相手じゃなかったら人生終わりだからね」

「君の場合はOKということ……なのか?」

 妙にわざとらしい弱気な口調に込められた意味を読み取り、孤独は低い声を出す。

「噛むよ? あなただからなんだからね。冗談でもあまり言わないように」

「ツンデレっぽいような」

「ツンデレじゃないし」

 孤独はいつもの口調に戻っていた。

「しかし、君を求める気持ちが強くて、お尻の谷間に沿って進んでしまった」

「そ、そういうの言わなくていいから」

 孤独の口調は今度は無意識にやや高くなっていた。

「いつもの声も好きだけど、その高い声も好きだな。やばい、もっと聞きたくなってしまう!」

「だ、だめだよ。みんなもうすぐ来ちゃうし」

「大丈夫」

「大丈夫ってなにが?」

「一応、僕も時と場合はわきまえるので」

「あ、うん。そうだよね、わかってたけど」

 孤独は腕の力を緩めて気持ちを落ち着ける。落ち着けつつ、色々思い浮かべていた。

「わきまえるので、もうちょっとこのままで」

「うん……」

 魔術師の手が妙な動きをしないか意識を集中していたけれど、おとなしくしているようなので孤独は力を更に体の力を抜いて魔術師にもたれかかる。妙な動きをしないというのも、それはそれで物足りないと思うところが意識の片隅にあった。

「このまま押し倒されてしまうのも悪くないかな」

「あ、ごめん。重かった?」

「普通に余裕だよ。シチュエーションとして……ぬぅ、足音が聞こえる」

「そうみたい。わきまえないとね」

 孤独は魔術師から一歩離れた。

「でも、まだ」

 魔術師は離れた一歩をつめて、もう一度キスをした。

「キス魔」

「君が恋しくて仕方ないので」

「もう!」

 孤独は軽く素早いキスを返した。

「……」

「……」

 短い一瞬見つめあってから、そろって教室のドアのほうへ体を向けた。その数秒後に教室のドアが開いた。

「こんばんは! 暖かい」

「こんばんは。って、エタナルさんも思いのほか薄着か」

「こんばんは」

 孤独はぶら下がる感じの物体を指さす。

「あたしごとぶら下がっとこうか? それか脱いだほうがいい?」

「うーん、ん? いや、大丈夫。今はハンガーが自重トレーニングしてるので必要ない場合は邪魔しないほうがいい」

 自分を見る孤独の目を意識しつつ魔術師は答えた。

「冗談に決まってるじゃない。ねぇ」

 エタナルは孤独にウインクして見せた。

「本当に変態なんだから!」

 孤独もエタナルにウインクし返してみたが、ウインクがあまり上手く出来なかった。しかしこのウインクは孤独としては、エタナルのウインクの意味の確認でもあった。今の自分の台詞が正解なのか、エタナルからの何らかの挑戦なのかを。

「背後からも一撃食らった感じだ」

 魔術師の呑気のんきな台詞を聞きながら、妙にエタナルを意識してしまっている気がすると思っていた。孤独は意識的なのを切り替えたつもりではいるが、先ほどの影響はすぐに収まってはいなかった。

「孤独ちゃん、グッジョブ!」

「ど、どうも」

 にこやかなエタナルを見て考えすぎっぽいと思うことにした。

「僕のライフポイントはもうゼロよ……というわけでもないが、悪くないね」

「後どれ位ライフは残ってるの?」

 エタナルは何となく聞いてみた。

「99パーセントくらい残ってるかな」

「ほぼノーダメージじゃない! 変態を自覚しているから変態と言われても効き目が薄いのか」

 少し引いた感じで言うエタナルの台詞を聞きつつ、孤独は魔術師の様子を見ていた。

「僕はこう見えてシャイで小心者で気が弱くて傷つきやすい心の持ち主なので、結構効き目は大ですよ」

「本当にそうな人は、そんなこと言わないんじゃないかな」

「僕は自分を信じているのでね。自分のダメダメなところも信じているので、その辺を正直に言っただけさ。ねぇ」

 魔術師は孤独に同意を求めた。

「ダメなところを信じすぎてるんじゃないかなって思うこともあるけど。たまには俗にいう意味の自信で大胆に攻めてみてもいいんじゃない?」

「それは、そうかもしれない。とはいってもどうすれば……うーん」

 魔術師は孤独の言葉で真面目に考える。

「とりあえず座ろうよ。この4つの机はわざわざ用意してくれたんでしょ?」

「え、ああ、そうそう。立ち話もなんですので座ろう」

 魔術師は孤独の右手をとって誘導する。孤独は一番窓側、魔術師はその右隣、エタナルはそのまた右隣り。一番廊下側の席はまだ空席だった。

「あれ? 雨止んだみたい」

 孤独は黒板が月明かりを受けているのを見て言った。

「アロマキャンドルと月明かりで夜の教室というのは、なんとも怪しげですな」

「最近そんな感じが多くない?」

 エタナルは蛍光灯のスイッチのほうを見ながら言う。

「雰囲気というのは大事だからね」

「夜の木造校舎の不気味さがより一層……なのかな? この教室」

 エタナルがそう言うと孤独は辺りを注意深く見る。

「冷蔵庫なんてあったっけ?」

 孤独は魔術師の顔を見ながら聞く。

「ガラクタの山の力を使えば、大抵は用意できますからねぇ」

「どんどん生活感が出てきてる気がする」

 月明かりの中を見回すと、色々と電化製品が配置されているのことに気が付いた。

「普通に生活出来そう」

「我が魔術を見ましたか!」

「あそこの山から持ってきただけじゃ……」

「それはそうではあるけれど、暗くて見えにくい上に山になっている。……僕はそこからあってもおかしくないモノを取り出すことが出来るのです。ここのガラクタの山はあらかじめ大掛かりに用意したから取り出せる設定の幅は広い」

「……前もそんなこと聞いた気がするけど、そういうことなんだ」

「そういうこと」

「そういうことだよね」

 孤独が合の手を入れる。それが嬉しかった魔術師は孤独に右手の手の平を向けた。その意味を読み、孤独は左手の手の平でタッチした。

「いぇい」

「い、いぇい」

 孤独はちょっと戸惑いつつ応えた。

「仲のよろしいことで……。あ、この足音は虚無君かな」

 エタナルがそう言うと3人は口を閉ざして足音に集中した。

「……」

「……」

「……」

 足音は次第に近づき教室のドアの前で止まった。そして教室のドアが開いた。

「よぉ、こんばんは」

「こんばんは」

「こんばんは」

「こんばんは。虚無君、みんな黙ってシーンとした感じだったけど、気になったりしないの?」

 エタナルはドアを閉める虚無に挨拶をしつつ尋ねる。

「沈黙なんて珍しいことじゃないだろ」

 虚無は周りの様子をうかがってため息をついた。

「虚無さん、エタナルさんの隣にどうぞ」

「どういう趣向だこれは?」

「黒板に向かって座ってみよう……というのはどうかな」

 特に意識して趣向とかを考えていない魔術師はそう答えた。虚無はそれに、そうだろうなという風に上を向いてからエタナルの隣に座った。

「あの、虚無さんは薄着で寒くなかった?」

 孤独は、魔術師が用意したぶら下がる感じの物体を意識しながら聞いた。

「俺は大丈夫だ。お前らこそ、この寒さにしては薄着じゃないか」

「ここはストーブがあるし、外からじゃなくて廊下から来たから……。でも、思ったより結構廊下は寒かったね」

「本当にね、ストーブとか暖房器具がなかったら詰んでたかも」

 孤独の話にエタナルも同意する。

「機会があれば、ぶら下がる感じの物体さんをご利用ください」

 魔術師は後ろにある物体に視線を向けながら言った。

「そうするね」

「さすがに寒いからお願いすること増えそう」

 虚無はそんなやり取りをただ見ていた。

「準備のいいことだな」

「たまたまですよ」

 魔術師はそう応えつつ、隣の孤独の右手を左手の指で軽くつつく。それに対して孤独は魔術師のほうを見てから前に向き直して手を繋いだ。

「で、最近はどうだ」

「運動系はサボりがちかなぁ。体重計に乗るの怖いと思ったりしている。思ったより寒いというのは手強い」

「寒さか。あいつは、自分の体の感覚を意識して安心するために。真冬でも薄着だったがな。死なない程度に」

「あの頃のバイト先の方達には、若いからか……とか言われたが違いますな。自分の精神状態への不安やら絶望で、とりあえず自分がちゃんと存在しているのかを確認していたかったし。寒さで自分の体のイメージを補強したり。そういう意味でも夏より冬のほうが好ましかったなぁ」

「自分の体のイメージを補強って……」

 孤独の声に魔術師は繋いだ手に少し力を入れた。

「体の感覚のずれを感じていたり、それはどうにも不安を常に駆り立てるものだったかな。力も思った風に入らない感じで……。そのずれがなくなった時が彼の確立した時といえた。その時は、笑いが込み上げたなぁ。あれは、ぬるい湿った風の中だったか」

「どうした急に」

「なんとなく、鮮明というほどじゃないけど思い浮かんできた。治ったではなく、その精神状態を従えた瞬間か。そこに至るまでにしたこと、努力。あの精神状態で……自分ではあるが本当に恐ろしい奴だ。だからこそ僕は自分を信じているのかもしれない」

「バカだから出来たんじゃないか」

「否定は出来ない。もっと他に手はあっただろうけど。その先にあるのが僕か……なんだか最近サボりがちだったけど頑張れそうな気がして来た」

 魔術師は孤独の顔を見て口元に笑みを浮かべた。

「がんばれ~!」

 孤独は笑顔を返しながら応援した。

「ありがとう。がんばれ……素敵な言葉だと僕は思う。あの頃の自分には、そうだねという言葉と同じくらい欲しい言葉だったのかもしれない。そして今の僕にも!」

 嬉しそうな魔術師が見つめてくるので、孤独は照れつつも見つめ返す。

「あ、またこの2人は妙な雰囲気作ってる。虚無君どう思うこれ!」

「どうでもいい。こいつがやる気を出すならそれはそれで喜ばしいんじゃないか」

「そういうもの?」

「俺としては、アイツ並みかそれ以上のコイツをみてみたい。無理だろうがな」

 虚無は諦めているような雰囲気を出しながら言う。

「でも、頑張るみたいだよ」

「コイツが頑張ろうと努力しようとアイツと同じように辿り着くことはない」

「否定的だね」

 エタナルは咎めるように言う。

「同じようには……だ。アイツとコイツでは同じ人間ではあるが、状況が違う。コイツとしてアイツ並みかそれ以上にを期待だ。重ねて言うが無理だろうがな」

「虚無君って、やっぱり素直じゃないよね。無理と言いながら期待してるの見え見えだよ」

「……期待はしている」

「ほら!」

 虚無は首を軽く振った。

「そちらはそちらで、楽しげじゃないですか」

 魔術師は聞こえていた会話を出汁に茶化した。

「だって、バランスとらなきゃ。それと、虚無君って素直じゃないけど、期待してるみたいだよ」

「せいぜい頑張るんだな」

 興味なさそうな口調で虚無はそう言った。

「確かに、素直じゃない感じがするかも」

 孤独も虚無に対してそう感じた。

「何をしても無駄で、どうにもならないかもしれないけど、それでも……かな」

「何をありきたりなことを言っている?」

「手厳しい。虚無さんを感じて絶望しても、ただただただただ自己を探求……失くした魂を求めて。その方法として無理と感じる運動の繰り返しだったのかな」

「今のお前に必要なのは探求というよりは……」

「よりは?」

「わかっているだろう」

「まぁ、前々から言ったりしているけど、力というやつだね。か弱い僕には酷なことだ」

 魔術師はおどけた感じに言う。

「だからこそ、オマエとしてアイツ並みに……無理だろうがな」

 虚無の『無理だろうがな』にに対してエタナルは口元に楽しそうな笑みを浮かべた。

「虚無君の口癖を発見! 無理だろうがな。あはは!」

「……っ……」

 虚無は何か言おうとしたが、黙った。

「まぁ、頑張るしかないわけですな。ところで、寒さがまたちょっと増したのか微妙に寒いような。どうですかな、お嬢様方」

 魔術師は孤独とエタナルに尋ねた。

「うん、ちょっと寒いかも」

「虚無君観察は面白いけど、ちょっと寒い。場所を移動したりする?」

「なるほど。では、今後も考えて寒さ対策をしますかね」

「うん。そうしよう! ふふっ、いつも1人で進めちゃうから一緒に出来て嬉しいかも」

 孤独は嬉しそうにそう言った。

「俺はどうでもいいんだが……」

「どうでもいいなら一緒にやろう」

 虚無は面倒臭そうな雰囲気を出しているが参加するらしい。

「ではまぁ、やりますか」

 今後の寒さ対策のため、4人は椅子から立ち上がった。

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