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木造校舎にて  作者: 淡月優水
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雨音

 雨音を聞きながら教室の戸を開けると、薄暗い教室の中でアロマキャンドルの炎がテーブルと机の2カ所で揺らめいていた。一歩中に足を踏み入れ、かすかに香るアロマキャンドルの匂いを意識しつつ人の気配を探る。そしてすぐに左前方に人影を見つけた。

「こんばんは、今回も蛍光灯はつけない感じ?」

「こんばんは、雨とアロマキャンドルの炎というのも、なかなか良い雰囲気じゃないかなと思ってね」

 畳と絨毯を敷いてある区画にソファーを置いてそこに座っている魔術師は、孤独に挨拶を返しながら答えた。

「なんというか、木造校舎の教室っていう感じじゃなくなってきてるよね」

「そうですな。秘密基地っぽいのを意識してますし」

「そういえばそんなことも言ってたね」

 孤独は畳と絨毯が敷かれている手前で、上履きを脱いで上がると魔術師の座っているソファーの空いているスペースに腰を下ろした。

「結構、雨降ってるね」

「うん。そうだね」

 ソファーの空いているスペースに座った孤独は、やや魔術師に近いところに座っている。

「なんだかんだで夜は肌寒い。もう少し近く来ない?」

「こう?」

 孤独は腰を浮かせて魔術師の方へ寄った。それによってお互いの二の腕が触れ合う。孤独は、あえて近くに座ったのだから、そう思うなら強引に抱き寄せればいいのにと思っていた。が、付き合いから魔術師らしいという風にも思ってた。

「うん。やっぱり君を感じると元気が出るというか癒されるというか、とても良い!」

 顔に照れを浮かべながら、孤独の右肩に手を伸ばして抱き寄せた。

「そうなんだ」

 余裕な口調で声を出した孤独だったが、内心は二の腕同士の触れ合いじゃなくなっちゃった。と、動揺しながら考えていた。それと同時に魔術師から強引さを引き出す方法を学習していた。なんだかんだで解りやすいサインを送ればいいと。

「少し雨の勢いが収まったかな」

「そうだね……。それはそうと、あなたって結構臆病だよね」

「うん、臆病だよ」

 笑顔で答える魔術師に孤独は息を吐くようなため息を吐いた。

「臆病なのに、そいういうところは臆さずに言うのはなんで?」

「……う~ん、自分が臆病だと信じているからじゃないかな。俗にいう自信です」

「微妙に違う気はするけど間違ってはないんだよね、たぶん」

「臆病だからこそ、その先にある今の状況がより心震える感動的に感じるんですよ」

 孤独は魔術師の口元に浮かぶ照れの表情を見ると、つられるよう口元が緩んだ。

「その台詞もそうなの?」

「もちろんさ、好きという気持ちは不思議なものですな!」

「……」

「……」

 首の角度を曲げて自分を見つめる孤独の唇にキスをした。

「急にキスするからビックリしちゃったじゃない」

「好きと可愛いと距離と角度が組み合わさってキスが導き出されていたので」

「そうなんだ。……そうだったかも」

 と、思い直しているそぶりを見せる孤独だったが、自分がそう導き出させた自覚を持っていた。特に角度の辺りに。

「おや、また雨の勢いが強くなって来たか」

「本当だ、雨の音で足音を聞き逃しちゃいそう……」

 孤独のその言葉で耳を澄ませるが、雨音は更に激しくなった。

「これは、足音を聞き取れないな」

 雨音を気にしてか、より耳元で話しかける魔術師にドキりとした。

「も、もうちょっと大きい声で言えば耳元じゃなくても聞こえるし」

 そういう孤独ではあったが、必然的にあった魔術師の耳元にやや小声で言った。そしてこの状況を虚無やエタナルが見たらどう思うだろう? と、考えた。

「さすがにこの降りでは長くは続かないだろうけど」

 そう言って立ち上がった魔術師を見上げる。何か言っているのが口元の動きで解ったが雨音で上手く聞き取れなかった。かすかに聞こえた声と口の動きを思い出して、何を言ったかの推測を始めた時、魔術師の左手が顔の右側の背もたれに置かれた。それを顔を向けて見ている間に、今度は魔術師の右手が左足の太ももの横に置かれてチラリと視線をむける。そして正面に視線を戻した時、再び魔術師と唇が重なった。

「ねぇ、なんて言ったの?」

「さてね」

 魔術師はとぼけたが、孤独は口元の動きとかすかに聞こえた声とキスから『もう一回キスしよう』だったと導き出していた。

「まぁ、いいけどね」

 孤独はにっこり微笑みながら言った。

「ひょっとして聞こえてた?」

「よく聞き取れなかったよ」

 より笑顔になる孤独に、魔術師は自分が何を言ったのかを孤独が知っていると思って、より照れた。

 頭を掻いている魔術師を見ていると教室のドアが開いた。そこで2人は雨音がいつの間にか静かになっていたことに気付いた。

「よぉ、こんばんは。なんだ、またローソクの明かりだけか」

 虚無は興味なさそうな感じの声でそう言うと、窓辺に置いてある椅子へ向かって歩き出した。

「こんばんは。今回もそんな感じです」

「こんばんは」

 魔術師と孤独は挨拶を返す。そして虚無が椅子に座るのを見てから魔術師は孤独の隣に座った。

「雨の音もあったけど、完全に足音に気付かなかった」

「私も。……虚無さんはいつもの感じだけど、私たちが顔を近づけて何をしてたか怪しんでたりするのかな」

「さて、どうだろう」

 アロマキャンドルの灯りから離れていることもあって、暗くてよく見えない虚無に2人は視線を向ける。

 虚無は窓を少し開けて吹き込み具合を確認していた。

「特に怪しんでる感じはないですな」

「うん」

 応える孤独に視線を向けると目が合った。

「ん?」

 魔術師が笑いかけると孤独も笑い返した。

 雨音が再び大きくなり始めたとき、走る足音が近づいてきた。

「この足音はエタナルさんだね」

「なんとも元気なものだ」

 雨の勢いが増し、走る足音から距離が図り難くなった。そして虚無が少し開けた窓から突風が吹き込み、机のアロマキャンドルの火を消した。

 テーブルのアロマキャンドルの側にいる2人は教室のドアを見ているが、予測していた時間を過ぎてもドアは空かない。

「どうしたんだろう?」

「う~ん、この雨音では……お、弱まってきた」

 雨音が弱まったので足音を探ると、先ほどとは反対方向から走る足音が聞こえてきた。そして一旦、この教室を通り越してから歩く足音が近づいてきた。そして、教室のドアが開いた。

「……こんばんは、外はすごい雨だね」

「こんばんは、本当にね。雨音もすごい」

「こんばんは、雨もすごいけど今すごい風も吹いて火が消えちゃったんだよ」

 エタナルは明かりの近くにいる2人にしか気付いていなかった。その為、急に灯った明かりに飛び上がって驚いた。

「?!」

「おう、こんばんは。悪いな、俺が明けた窓から強い風が入ってローソクの火を消しちまった。まぁ、蛍光灯を点けろって話だが」

「びっくりしたぁ……こんばんは、それもそうだと思うけど。でも、こういう雰囲気もわるくないじゃない。この雨の降り方と相まって、ロマンチックと不気味さが行ったり来たり。あたしも場所を間違えて行ったり来たり……なんちゃって」

「おまえのドジはスルーとして。不気味……か」

 虚無は、魔術師と孤独に目を向ける。

「す、スルーするんだ」

 エタナルは肩を落とした。

「こいつが前より力を上げているのは不気味ではあるな」

「エタナルさんのも含めて……ちょ、それひどくないですか! えっと、僕は僕なりに、ぐぬぬぬぬぅ!! って感じで頑張ってる感じだけどなぁ~」

 冗談めかした口調で言う魔術師を、孤独はじっと見つめていた。

「もっとも、それでもアイツには到底及ばないがな」

 そう言うと虚無は元の位置に歩き出した。エタナルは会話の雰囲気に自分の台詞を挟むタイミングを失った。

「確かにそうだね。僕にはこの先いくら頑張っても同じ力は持てないと思う」

 虚無は歩みを止めて再び魔術師を見る。

「確かにオマエには無理だな。お前は人間臭すぎる……アイツも晩年は、だんだんとそうなっていってしまったが」

「そもそも望んで辿り着いた力じゃなくて、結果的にそうなっただけだし。僕は僕で得られる力で良い!」

「生意気なやつだ」

 虚無は再び歩き出した。

「えっと、この状況? シチュエーションの不気味であって、魔術師君が不気味とかじゃないんだけど。あたしのドジはもういいか……しょぼん」

 エタナルはちらりと2人に視線を向けたが、虚無の後を追った。

「なんだか強くなった感じがちょっとする」

 以前、同じような話題になった時に魔術師が泣いていたのを思い出して孤独は言った。

「なんだかお恥ずかしい。……力を取り戻してきてるというのもあるけど確かに少しは強くもなったかもしれない。その、照れくさい感じなんだが、君のおかげに思える。ありがとう」

 魔術師は右手を握ると孤独を引き寄せて、左手で背中を優しく撫でた。

「えっと、うん。あ、いや、そう、みんないるよ」

 孤独は魔術師の言ったことを頭の中で反芻はんすうしつつ、状況に意識を向けた。

「大丈夫、エタナルさん達はこっちを見てないから」

「そう?」

 孤独からは見えないが、魔術師の視線の先には虚無とエタナルが話している姿が見えていた。虚無はわからないが、エタナルは完全に2人には意識が向いていなかった。

「ねぇ、虚無君と魔術師君って仲悪いの?」

「さぁな。どうでもいいことだ」

「あぁ、男同士の友情的なやつ?」

「知らん」

「そんなこと言って、2人でしか通じない話とかしてるじゃん」

「……」

「黙っちゃって、ねぇ、図星だったり?」

「……お前のいうことを少し考えただけだ」

「へぇ、で、どうなの?」

「わからん。だが、俺は別にアイツのことは嫌いじゃない。お前のいう2人でしか通じないことだが、あの精神状態に耐え、ソレを自分の力として従えた。そんな奴の今があれでガッカリはしている。失望もした……それが、力を上げてきてる。不気味だ」

 いつも興味なさそうな虚無が、どこか嬉しそうにみえてエタナルは微笑む。そして、魔術師の方へ視線を向けた。

「あの2人何やってるんだろう?」

 視線の先には、右手を繋いだ魔術師と孤独がいた。孤独は座って右手を引かれる感じになっていて、魔術師は立ち上がって左手は天井に向かってあげられていた。

「アイツが妙な動きをするのは珍しくない」

「大丈夫なの?」

「基本的には害はない」

「孤独ちゃんはこっちを意識して恥ずかしそうにみえなくもないけど」

「……」

 虚無は黙った。

 急に魔術師が妙な動きをするので、思わずエタナルたちの方へ視線を向けた孤独は、その動きの意味のようなのを悟った。単に、エタナルたちがこちらを見たから……ということだったが。

「なんていうか誤魔化しきれてないというか、よくわからなくて恥ずかしいような」

 孤独としては今の状況というより、その前の状況を見られていたのではないかという方が気になっていた。

「大丈夫。冷静に見れば僕が君の手を取ってなぜか左手を上にあげているだけだから」

「確かにそうかも……」

 孤独の口調に何か違和感を感じた魔術師は言う。

「今さっきの僕の速さは、かなりのものだったと思いませんかな?」

「たしかに、お、おぉって感じだった」

 魔術師のとぼけた台詞から、なんとなく意味を汲み取って孤独は微笑んだ。

「ねぇ、虚無君と話したんだけど、不気味……怖い話でもしようよ」

 タイミングを計っていたそぶりを見せながらエタナルは提案した。

「別に俺は……。お前が勝手に話を進めただけじゃないか」

「そうだっけ?」

 エタナルは虚無を引っ張って魔術師の方へ向かって歩き出した。

「じゃあ、まぁ、4人でテーブルを囲んで座りますか」

 孤独は魔術師に右手を引かれて立ち上がり、テーブルに向かって座った。4人がテーブルに向かって座ると、グダグダな怖い話が始まった。

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