秘密基地っぽくしたいかな
夏の夜、風もなく蒸し暑い空気が佇んでいた。そこにエアコンの室外機の出す風がその佇みを乱した。静かに佇んでいた木造校舎の一室に明かりが灯り、エアコンがその部屋の温度を下げ始めた。
その教室には1人の男がいた。彼はどこから持ってきたのか新品の布団やら何やらを教室の中へ運び込んでいた。その怪しい男の行動を、廊下を曲がって来た女が遠目から見ていた。
女に気付いた男は、手を振って女を呼ぶ。
「おーい、手を貸してはくれませぬかぁ~!」
女はため息を吐きつつ軽く笑うと小走りをしてくる。
「こんばんは、さすがに机の中から色々出すには限界があると思ってね」
「あなたらしいといえば、あなたらしいけどね。こんばんは」
挨拶を返した孤独は魔術師の怪しい行動の手伝いをする。
「とりあえず教室の後ろの廊下側にお願い」
「うん……ところで、なんで布団まであるの? 変態だから?」
「ま、まぁ、君がそう思うのも無理はないかもしれないけど、僕は秘密基地っぽいのとか、仲間ってのに結構憧れてたりするんだよ」
「秘密基地ね……。あ、エアコンついてる。涼しい!」
魔術師を怪しむ表情から、顔がほころび笑顔になる。
「ご都合主義な感じで、設置とかその辺の細かいのはツッコまない方向で」
「いいんじゃない? 私は別に気にしないし」
「ツッコまれても僕は答えられないし、そういうことで済ませよう」
「そういうことってどういうこと?」
「ああいうことさ」
「なるほど、こういうことか」
「そういうこと」
「そういうことだね」
と、言い合って2人は笑う。
「あとどれくらい運び込んだことにすればいいかな」
「確かに、涼しいと布団で横になりたくなるかも」
孤独は畳んである布団に控えめにダイブする。それを見ていた魔術師は、孤独のスカートと太ももの位置関係について思考する。
「この位置関係からすると、しゃがむと……」
「ちょっと!」
「いや、好きな君にそう可愛い行動されると、もっと見たくなってしまうのは仕方ないじゃないか」
「たぶん私じゃなくても変態のあなたなら同じことしそう」
孤独は冗談っぽい口調で言う。
「うーん。いやぁ……うーん」
「真面目に考えないでよ。冗談なんだから」
「実物であるならば、やはり君のだからというのが理由として大きい」
「本当に……変なところも真面目なんだから」
なぜかちょっと嬉しそうに孤独は言う。
「なーに、真面目なフリしただけさ」
「本当かなぁ」
「まぁ、嘘ではないけどね。さてさて、もうちょっと色々運び込んでるって感じにしよう」
魔術師は妙な横歩きでするりと廊下へ出る。
「あ、ごめんごめん、私もちゃんとやる」
孤独も廊下へ出ると2人で色々と教室へ運び込む。
「重そうなのは僕が運ぶから、無理しないようにね」
「うん。……思ったんだけど、虚無さんとエタナルさんにも手伝ってもらった方が早くない?」
「それもそうだ。……人に手伝ってもらうのが苦手という部分が出てしまった」
「私は手伝ってるけど?」
「うん、ありがとう」
「あなたは難しく考えすぎなんだと思うよ。もっと気楽にいこうよ」
そう言いながら魔術師に笑いかける。
「わかってはいるんだけどね……。人見知りが激しかったり、本当に助けて欲しかった時の求めた先の反応が厳しかったりで。怖いっていうやつで。結構距離感を取ってしまうんだよ」
「そうなんだ。でも私には結構……」
「それはなんだかんだで付き合い長いし、好きだし」
照れ笑いをしてから、照れ隠しに物を運ぶスピードが上がった。
「――――これで全部運び終わったね」
「うん。少しペースを上げたせいか暑い。涼まねばね」
「きゃ、ちょ、私は荷物じゃない!」
魔術師は軽く孤独をお姫様抱っこした。
「なんだかんだで最近筋力が付きまして……軽い! あっ」
「どうした……の、あっ」
孤独をお姫様抱っこしている魔術師を、廊下を曲がってきた虚無とエタナルが見ていた。
「……」
「……」
ゆっくりとこちらに歩いてくる2人を見て、魔術師はそのまま教室へ入り、畳んだ布団の上に丁寧に孤独を下ろす。
「バッチリみられちゃったね」
「とりあえず、何事もない風でいこう」
「了解」
短い打ち合わせを済ませると、2人は机に移動する。
「よお、こんばんは」
「失礼します。こんばんは」
虚無とエタナルが挨拶をしながら教室に入ってくる。
「こんばんは」
「こんばんは」
一通り挨拶を終えると、虚無が口を開く。
「で、この変態の犠牲者に孤独はなっていたということでいいのか?」
「スルーしてはくれなかったか。って、他にも気になるところあるだろ」
魔術師は左手でエアコン、右手で教室の後ろにおいた色々なものを指さす。
「木造校舎にエアコンっていうのもお洒落だね。誰が設置してくれたのかしら」
「なんていうか、そいうことなんです。ね?」
孤独は魔術師に代わって答えつつ同意を求める。
「うん、そういうこと」
「どういうこと?」
エタナルは首を傾げて聞く。
「ああいうことで、こういうことで……」
「そいういうことです」
魔術師に促されて孤独も応えた。
「……深くは聞かないことにするわ。そういうことなのね」
流れに乗ってエタナルも、そういうことにしてくれた。
「で、あのガラクタの山は何だ?」
虚無は面倒くさそうに聞いてくれた。
「一応、新品のが多いんだけど」
「布団まであるし、何を考えてるんだこの変態は」
虚無は椅子に座りガラクタの山を見る。
「秘密基地に憧れてるんだって」
孤独はさっき聞いたことを言う。
「確かに授業を受けるわけでもないし、椅子に座ってってばかりじゃくたびれちゃうわね。布団とかクッションとかあると助かるかも」
「でしょう!」
女性陣の反応をみて魔術師は嬉しそうに言う。
「とかいって、ラッキーなんとやらをこの変態は狙ってるんじゃないか?」
「虚無さんの当たりが厳しく感じる今日この頃」
「お前の目に、何か懐かしさを感じてな。孤独に向ける目はいつも通りのデレデレだが」
そう言いながら虚無は魔術師をじっくり見る。
「台詞の流れから、僕がすごい変態みたいな感じになってる気がする」
「すごい変態だったんだ。驚かないけど」
「引くわね」
孤独とエタナルの視線に、魔術師は変な汗がでる。
「ある意味そうかもしれないけど、そうじゃないって」
「確かにお前らが思っている感じとは違うぞ」
虚無にそんなつもりはないが、魔術師に助け船が渡された。
「基本的に誰も関わらない感じで、なんというか自分を削りつつ研ぎ澄ませていた辺りのってこと、でしゅよね」
魔術師はわざと語尾を変な感じにした。
「まぁ、そんな感じだ。……だがやはり、今のお前はたかが知れた人間だな」
「なんていうか、投げ捨てられてしまった感じだ」
頭を掻きながら、孤独に甘い言葉を求めるように視線を向ける。
「うーん、とりあえず頑張って!」
「うん!」
孤独のあいまいな励ましに魔術師は単純に救われた。
「自分がしたいことに人の力を借りる……というのがプライドがというより経験値がなさ過ぎて、怖くて出来ない臆病者でもあるしな」
「ぐっ!? ……、……確かにもろもろそうですな」
腕を組んで見下すように言う虚無に、うなだれながら同意する。
「そのおかげで不器用なお前も少しは器用さを身に付けられたし無駄じゃないよな」
「否定はできませんな。そもそも僕なんかが自分のしたいことに人の力を借りていいんですなかねぇ?」
魔術師は真面目な顔をして3人に聞く。
「とりあえず、僕なんかがっていうのはよくないと思うよ。それに借りるっていうより一緒にでしょ」
まっすぐ見つめながら孤独にそういう言われて、魔術師の目が潤む。
「お前は自分が思っているより、ずっと無力で無能だ。しっかり自覚して勘違いするな」
完全に見下して言う虚無に、魔術師は苦笑いを浮かべる。
「過去の記録から、気の利く人という評価があるわね。力を貸す癖に借りないとか……ずいぶん傲慢ね。一方的なことも多い癖に見返りも特に求めない」
エタナルの言葉に、魔術師は不敵に笑う。
「そこら辺は、僕はそこにあって役割を果たしているだけだし、その中でも好きでやっていることは見返りを求めるも何も、それ自体で得てしまっているわけで。そもそも、それに何か返すとかは相手の自由じゃないですか。大切なのは、喜んでもらえたり楽になったり役立ったら良いなぁって感じで。……迷惑になりそうだ、という方が気になったり」
「……頭にお花でも咲いてるの?」
目を細めて訝しがりながら魔術師を見てエタナルは言う。
「精神的なエネルギー変換技術ですよ。僕は魔術師なのでその辺も魔力に変換する感じで。元々そういう所はあったけど、もろもろの事情で再現する必要もあってね。応用の仕方も……そう、器用になったってやつです。意識的にというより自動的にという傾向が強いけれど」
「よくわからないところがあるってことはわかったわ。……良い意味でってことにしとくけど」
「ありがと」
呆れた感じのエタナルにお礼を言う。
「その再現とやらで、無駄な器用さを手にしたのも理由だな。色々と……お前のいうところの魔術で強固に防御されて、解っていても感じ取れないことがあったりもするんだったな」
「どうも把握しきれていないところもあるみたいだ。とりあえず寂しいということに苦痛を感じないけど……」
そう言って胸に手を当てていると目に涙が滲む。それを素早く左手で拭うと孤独に視線を向けて微笑む。
「魔術で防御を固めても所詮は人間の心を持った、ただの人間ということに変わりはない。ますます、人の力を借りることを覚えないと、この先、生きていけないんじゃないか?」
「そこは圧倒的な自由を手に入れれば! ……。……そうはいっても、僕は臆病で……自分から甘えるというのにどれくらいの勇気がいるのか。助け船が欲しいと思ってしまうよ。記憶からすると、船を出してもらうどころか、泳げと言われそうで怖いし」
弱音を吐きつつ、孤独を視界の中から外さない。
「その辺は、魔術師サンならなんとかなるんじゃない?」
「エタナルさん……僕の臆病さを見くびってもらっては困るなぁ」
「そういう所を自信をもって言われても……」
よくわからない自信を纏った魔術師にエタナルは引く。
「私もあなたの臆病さを見くびってたかも」
自分が思う魔術師の性格を少し修正して、結構な遠まわしな言葉で力を貸して欲しいと言っていることもあったかもしれないと探してみる。
「臆病な割に孤独ちゃんには色々と変態っぽい事とかちょっかいだしてるみたいだけど」
なんとなくエタナルは魔術師をからかってみる。
「それは……僕は孤独さんが好きなので」
「ちょっと! 私まで恥ずかしい感じになるじゃない!」
エタナルは2人のやり取りを見て「変なスイッチ押しちゃったわ……」と、遠くを見るような目をした。
「――――で、あのガラクタの山は、あのままにしておくのか?」
冷めた口調で虚無はガラクタの山を指さしながら聞く。
「あぁ、とりあえず使えそうなのを設置しておきますか」
「色々あるし、どこから手をつける?」
尋ねる孤独に魔術師は答える。
「う~ん、とりあえず、そういうことにして。次回に期待ということにしよう」
「そっか、じゃあ、そういうことだね」
「あたしは、その辺は任せるわ」
「この面倒くさがりが」
4人はそれぞれ作業に取り掛かった。